後日談
今年のお約束は今年のうちにということで後日談です。
――俺が冒険者になって2か月
「おっさん、そっち行ったぞ!」
「わかった、任せろ。うおおおおぉぉぉぉぉ~~~」
――ズシン
俺は突進してくるワイルドボアを持っていた大盾で受け止める。
「え~いっ」
足を止めたワイルドボアに対してアンジェが一撃を加えるとワイルドボアは絶命した。
まあ、ワイルドボアはDランクの魔物で今や個人ランクがBランクとなったアンジェにとっては倒すこと自体造作もないことだろう。
ヒーラーとして冒険者になったはずの俺だが今は大盾を構えてクエストであっちへ行きこっちへ行きしている。
何故か?
「おじさん、お疲れ様」
そう俺に声を掛けてきたのは『炎獄』の二つ名を持つSランク冒険者。
レイアことフレイアだ。
事の起こりは俺が冒険者になってちょっと経った頃に遡る。
俺が一人で酒場へ行くとたまたまフレイアと出会った。
正直な話、失礼ながらまだこの街にいたのかと思ったんたが、フレイアは例の事件が終わって、他のパーティーのメンバーたちが地元の街に戻ってもこの街に居続けているとのことだった。
どうやら、自分の魔法で傷つけてしまった連中のことが気になってある程度目途がつくまでこの街に逗留するつもりらしい。
まあ、ガルムの奴からせしめた賠償金でしばらく仕事をしなくても生活自体は全く問題ないみたいでうらやましい話でもある。
で、そんな話のついでに俺が冒険者登録したことを話したら何かすごい食いつかれてしまったってわけだ。
今は俺に合わせてEランクとかDランクのクエストを中心に受けているって話したら何と自分も加わりたいと言い出したのだ。
フレイアにとっては冒険者としての勘が鈍らないようにということなんだろうけど、EランクやDランクといったクエストにBランクのうちの娘たちに加えてSランクのフレイアが保護者でついくるとか完全に過剰戦力でしかない。
いやマジで。
流石にそれはどうかと思ったがフレイアに「ね~、いいでしょう?」と言われて腕を掴まれてその立派なお胸様を押し付けられたら断ることはできるはずがなかった。
そんなこんなでフレイアは俺たち『華乙女団』に臨時で加わることになった。
しかし、そこで生じた問題が一つ。
「パーティーの編成、というかバランスが悪すぎますわ」
ルージュがそう指摘した。
それは、うん、俺もそう思う。
華乙女団点呼!
【前衛】
剣士 アンジェ
【遊撃】
斥候 ユリア
【後衛】
魔法使い ルージュ
弓使い サーシャ
ヒーラー 俺
魔法使い フレイア
……何というかこれは酷い。
ということで臨時メンバー会議が開かれた。
で即結論。
「おっさん、『盾持ち』な」
確かに戦闘中に俺がヒーラーとして活躍できるかといえば実は疑問もある。
なぜなら俺のヒーラーとしての能力はマジックペンに完全依存なので他のヒーラーみたいに離れている味方に魔法を掛けて回復させるということはできない。
どうしてもマジックペンで直接対象に触れる必要があるのだ。
そうなると俺のヒーラーとしての役目は戦闘と戦闘の間がメインとならざるを得ず、そうすると「じゃあお前戦闘中は何すんの?」って話になる。
俺はおっさんとはいえ男だし、みんなと比べれば力は多少なりとも強いはずだ。
身体はそこそこ大きいこともあってか、何ともあっさり『盾持ち』となることになった。
まあ、自分が怪我したら即座に自分で回復できるからということも理由みたいだが、俺はヒーラーとして冒険者になったものの、即座に盾役にジョブチェンジすることになってしまったのだ。
「おっさん、今だ! 突っ込め~」
今日も俺は大盾を抱えて俺よりも大きな体躯を持つワイルドベアーに体当たりをかます。
俺よりも大きな体躯で2メートルを大きく超えている。
ワイルドベアーも負けじと太い腕を振りかざし,俺が抱える大盾を「ガンガン」と叩いてきた。
く~、盾越しなのにすごい衝撃だ。
一発一発重たい振動が俺の身体中に響く。
ちょっとでも油断したら一気に持っていかれそうだ。
「ほら、おじさまっ。もうちょっとですわ。頑張って下さいまし」
ルージュの声に押されて俺は目の前のワイルドベアーに盾を押し付ける。
く~、美少女の声援はあっても身体は痛いし手はしびれるし、近い距離にいるから獣臭いしもう泣きそうだ。
しかもここ最近、気温が上がって汗はだくだく、だからといって装備は外せないのでもう何というか勘弁して欲しい。
ああっ、専業の事務職であったあの頃がなつかしい……。
こうして冒険者として最前線で戦っていると、たしかにパーティーハウスで書類仕事だけしている奴がいたら一言何か言いたくなる気持ちもわからなくもない。
冒険者は冒険者の、事務職は事務職でやはりそれぞれ大変なことはある。
人間、どうしても自分が体験することしか身をもってわからないから、他の奴が楽してるように思えてしまうんだよな。
隣の芝生は青く見えるってやつだ。
ガルムが俺に対して不満を抱いていたのも結局はそういうことだったのだろう。
しかし、だからといってやっていいことと悪いことがある。
特に組織のトップになるのであれば、あらゆることを想定し、あらゆる立場に立って考える想像力と度量が必要だろう。
トップがそれをできないとうちの古巣のようにあっという間に潰れてしまいかねない。
「おっさん、お疲れ」
戦闘が終わってようやく一息。
冒険者は冒険者で大変なことはあるが、それでも充実感は一入だ。
特に俺は昔から冒険者に憧れていたわけで、こうしてみんなとクエストに行けること自体がやはり嬉しいものだ。
冒険者としての俺の活動は始まったばかり。
さあ、明日はどんなクエストが待っているのやら。
約1か月の間、この作品から離れていたから余計に思うのかもしれないんですが書きやすいんですよね、この作品。