29 そのころの古巣5
※ 第三者視点です
「ヴィクトールさん、あなたのところの報告書が出ていません。早く提出して下さい」
Sランククラン『鋼の戦線』が誇る4つのパーティー。
うち1つのパーティーを率いるヴィクトールは冒険者ギルドから呼ばれ、受付嬢のカレンにそう釘を刺された。
「いったい何の話だ? 報告書ならクランから出てるんじゃないのか?」
「いえ、ガルムさんのところからは出ていますがあなたのところのはまだです。行き違いがあるのかもしれませんね。内部事情についてはわかりかねますが、確認いただき早くご提出下さい。こちらは処理ができなくて困っていますので」
ヴィクトールは首を捻りながらクランハウスへと戻ると、足早にマスタールームへと向かった。
「おい! 俺のところの報告書が出てないって今冒険者ギルドから文句を言われたぞ! いったいどうなってるんだ!」
ヴィクトールはマスタールームに入るやクランマスターのガルムにそう詰め寄った。
「何だ、ダニーに任せたはずだがやっていないのか? わかった、やるように伝えておこう」
「早く出すように言っておけ、下手すりゃペナルティだからな。絶対だぞ!」
ヴィクトールはそう念押ししてマスタールームを出た。
「ちっ、めんどくせー奴だ。だが、ダニーの奴はいったいなにをちんたらやってやがるんだ?」
そのとき、件のダニーがマスタールームにやってきた。
「おお、ちょうどいい。今、ヴィクトールから報告書が出てなかったとか文句を言ってきたぞ。いったいどうなってるんだ?」
「それがボス、ヴィクトールの旦那が聞き取りに協力してくれないもんですからね。俺としては早く作りたいんですが、現実的に作ろうにも作れないんすよ」
「まったく、しょうがない奴だな。まあ、その辺は上手くやってくれ。なに、報告書なんて所詮は形だけのものさ。多少事実と違っていたって誰にもわからねーよ」
「はぁ、そういうもんですかねぇ……」
話は終わりとガルムはダニーを部屋から追いやろうとした。
「ボス、待ってください。実はご相談がありまして……」
「相談?」
「ええ、実は魔道コンピューターですが、ものすごく魔力結晶を食うんですよ。で、予算を追加してもらえないかと思いまして」
「いったいどのくらい必要なんだ?」
「そんなにかかるのか!」
ダニーの言葉にガルムは気色ばむ。
まさかそれほどの支出になるとは予想していなかった。
「でしたら手書きの報告書に戻しますかい? そうすれば支出も元に戻りやすが?」
「いや、それはダメだ! それだけは許さん! あのおっさんが役立たずということを証明できなくなる。何としても魔道コンピューターで報告書を作れ」
「しかし、予算が……」
「安心しろ。実はこのクランには隠し財産がある」
ガルムがクランマスターになってから、このクランには通常の会計資産以外に何かの積立金があることが判明していた。
クランの金庫の中に小分けにして厳重に保管されており、それはかなりの金額だった。
「わかりやした。では引き続き魔道コンピューターで作業します」
「おう、頼んだぞ」
この選択がクランだけではなくガルム自身の破滅の原因となるとはこのとき2人は思いもしなかった。