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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その日、聖剣は折られた

作者: 語部創太

 毎朝15分、通勤してる電車の中でチマチマ書いてたのが完成したので。

 すごい!(自画自賛) 頑張った!(自己称賛) 誰か褒めて?(嘆願)

 その日、聖剣は折られた。


 1000年前に初代勇者が魔王を討ち果たした時から、護国の象徴とされてきた剣だった。


 白銀に輝く刀身は、先代勇者が岩に突き刺してから当代の勇者が抜くまでの100年間、雨ざらしにされていたとは思えないほどの素晴らしい輝きを放っていた。

 真っ二つに折られた刀身は、先程までの輝きが嘘のように鈍く、あちこちが錆び付いている。


 その柄に埋め込まれた7色に輝く宝石は、装飾品としても一級品でありつつ、使用者の魔力を大幅に増幅する魔石でもあった。

 聖剣が折られた今、宝石は一切の輝きを失い、全ての光を飲み込まんばかりの漆黒へと変貌してしまっている。


 その鞘には、世界で最も硬いとされる鉱石が使われていた。いかなる攻撃からも聖剣の刀身を守り、斬るべきでない相手に対峙した場合には、相手を無力化する鈍器としても効果を発揮した。

 真っ二つに折られた刀身を守っていたその鞘は、その使命を果たすこと叶わず、木っ端微塵となって地面に散らばっている。




 聖剣を折った犯人は、狂ったように笑い続けていた。


 場所は玉座の間。世界最大の大国、その王が座るはずの玉座には、物言わぬ死体が鎮座している。何を隠そう、この死体こそが史上最高の名君と言われた大国の王、その成れの果てである。

 眉間から背筋にかけて中央で分断されたような切り傷は、真っ二つに折られた聖剣ごと貫かれたことによって出来た。つい先程まで泣き叫び命乞いしていたのが嘘のように黙り込んでいる。


 出入口から玉座まで一直線に敷かれた深紅のカーペットは、その本来の色よりドス黒い血飛沫によって染め上げられている。周りには数十の死体が転がっている。

 鎧を着込んでいるのは王族を守る近衛兵たちだったものだ。女人が入隊すること敵わぬ貴族男子の精鋭騎士のみで組織された部隊は本来の務め、主を守ろうとしたのだろう、そのどれもが手に剣や槍を握っている。

 金糸が刺繍された上等な衣服に身を包んでいるのは、王族の面々だろう。王妃・王子・王女。そのいずれも、首から先が胴体と切り離されている。




この惨状を産み出した張本人は、なおも狂ったように笑い続けている。


 死体の中には、王妃と王女以外にも女性の姿があった。


 近衛兵よりも上質な鎧に身を包んでいる女性は、この王国随一の強者である大将軍の愛娘だ。近衛兵を簡単に屠る剣の腕は国内外に知れ渡り『剣姫』と呼ばれていた。


 ゆったりとしたローブに身を包んでいる少女は、この王国の宰相の一人娘だ。膨大な魔力と圧倒的な研究量によって新しい魔法を数多く産み出したその才媛ぶりは他国にまで知れ渡り『賢者』の異名を欲しいままにしていた。


 純白だった衣を身に纏っているのは、神に愛された少女だった。貧しい出自でありながら数多くの奇跡を実現し、弱き者に救済の手を差し伸べ続ける慈愛に満ちた姿はまさに『聖女』そのものであった。


 王国が誇った才媛の3美少女は、王族同様に物言わぬ死体に変貌してしまっている。見る者すべてを虜にしていたその顔は、もはや目鼻口の判別がつかないほどに焼き爛れている。




 狂ったように笑い続けている男の左手には、赤々と辺りを照らし続ける松明が握られていた。


 何がそんなに可笑しいのか、ただひたすら高らかに笑い声を響かせる。この世のものとは思えない恐ろしい惨劇を産み出しておいて、なおも歌うように嗤い続けるその姿は、とても正気とは思えない。


 いや、実際に男は狂っていた。それが何時からかは分からないが、何が原因かは不明だが、たしかに彼は狂っているのだ。




 男は『勇者』と呼ばれていた。


 100年ぶり10回目の魔王復活。歴史に類を見ない魔族の大軍勢。その猛進攻に打つ手がなくなった世界各国が協力して異世界から召喚した『勇者』こそが、彼だった。


 まさに一騎当千。いや、それ以上。数十万の魔族をただひたすらに屠り続けるその姿は、敵味方に恐怖心を植え付けた。


 剣姫、賢者、聖女を従えて各地を転戦。彼に救われた命は、彼が屠った魔族の数を遥かに超える。


 そして成し遂げた魔王討伐。過去最強とまで言われた魔王軍を歯牙にもかけず。召喚されてからわずか半年、歴代勇者の中でも最速で成し遂げた偉業は大いに称賛された。


 魔王城から転移魔法で王都へ帰還。その日のうちに王城へ赴き、国王と謁見。




 そして、惨劇は起こった。


 勇者を待ち構えていたのは完全武装の近衛兵たち。聖剣を手にして玉座に座る王。王女から渡された祝いの杯には、酒に混じって毒薬が仕込まれていた。王妃から手渡された祝いの品であるネックレスには魔法封じの呪詛が込められていた。

 常日頃、背後に付き従ってきた3賢女は、勇者の背に向けて武器を構えた。

 味方であるはずの者たちに牙を剥かれた勇者はしかし、大胆不敵に口角を持ち上げた。




 やがて笑い疲れたのか、勇者は小さく息を吐く。

 自分以外が動かなくなった謁見の間。その中央に佇む。そしてポツリと呟く。


「……ツルハシに、栄光あれ」


 そう言うと、右手に持っていたツルハシを自分の首に突き刺した。


 異世界に召喚されてから今日まで、片時も放さず携えていた相棒は。数十万の命を奪いその血を吸ってきた凶器は。最後に自分の命を刈り取った。






 歴史に名を刻んだ大国は、この惨劇から間もなくして滅びた。

 王が居なくなったからではない。もちろんそれも理由の一端ではあるが、本元は違う。

 勇者が自らの命を絶ったその瞬間から、王城を中心に樹木が伸び始めた。それは徐々に大きくなり、その数を増やし、一夜にして王都を森に変えた。

 王都に住む貴族、市民は逃げだした。しかし、森の拡大は留まらなかった。豊かな土壌に恵まれ、農耕が盛んだった平原が。金銀宝石が発掘される鉱山が。すでに存在していた森すらも呑み込み、原因不明、名称不明の木々は増殖し続ける。王国全土を覆うように森は拡大し続けた。

 そうしてどこまでも広がり続けると思われた森は、王国の領地をすべて呑み込んで、その動きを止めた。隣接する諸国は、自国の領土手前で侵攻が止まったことに深く安堵した。


 王国の民はそのすべてが隣国へと逃げ込んだ。百万を超える民を受け入れなければならなくなった諸国は頭を抱えた。食糧が足りない。住まわせる土地が足りない。何もかもが足りない。

 そこで目をつけたのが、広がり続けた森だ。この森を切り開けば、土地が手に入る。なんなら統治者がいなくなった土地を自国の領地にしてしまえばいい。

 そうして、元王国在住の難民たちに開拓を命じた。難民たちも、自分たちの故郷に帰りたい一心で斧を手に取った。




 森の木を切り倒した者は、三日三晩の高熱にうなされた後、例外なく息を引き取った。医師が調べても原因は不明、如何なる治癒魔法でも快方せず。

 木を切った数千の難民が死亡したことを受けて、諸国は開拓を打ち切った。難民による反乱を恐れたためだった。


 次に諸国は、手を組んで調査隊を結成した。かつての勇者パーティーほどではないが、それぞれの国で英雄と呼ばれた者たちで構成された、選りすぐりの調査隊だ。

 最初の調査隊は、開拓を打ち切った翌月に出立した。

 次の調査隊は、その半年後に出立した。

 最後の調査隊は、さらに1年後に出立した。




 そして、誰一人として帰ってこなかった。




 諸国は調査も打ち切った。いたずらに自国の優秀な人材を浪費したくはなかった。

 そして、森は立入禁止と定められた。狂った勇者の呪いだと噂が流れた。春夏秋冬、彩ることもなく枯れることもない深い森は『死の呪海』と呼ばれるようになった。




 呪海が発生してから100年の時が流れた。


 魔王は復活した。100年ぶり10度目の復活であった。

 世界の各国は頭を抱えた。勇者を輩出し続けた王国は既にない。当然、予測できた事態を打破するべく10年前から元王国民の血を持つ者たちを一斉に検査した。各地の教会は偉大なる神からの御告げがないかと祈りを続けた。

 異世界からの召喚も試みられた。

 しかし魔王が復活しても未だ、勇者となる者は現れない。


 魔王を討伐できるのは勇者のみ。ましてや魔王は復活する度に力を増している。100年前ですら『勇者』が召喚されるまで為す術なく蹂躙されていたのだ。今回はとても耐えきれないだろう。


 万事休す。諦観に世界が包まれている最中、魔王軍は進軍を開始した。

 しかし、その様子がどうもおかしい。すべての魔物、魔族を従えた魔王はゆっくりと進む。人間を襲うこともなく。各国の軍と激突することもなく。

 やがて魔王は歩みを止めた。それは『死の呪海』の手前だった。

 魔王は高らかに宣言する。


「忌々しい王国は滅びた! あの憎き勇者の手によって! 今日よりこの地は我々魔族のものとなるであろう!」


 魔王軍から歓喜の声が上がる。1100年越しの復讐は成されたのだという自分たちの王の宣言、士気は大いに上がった。

 そうして威風堂々と呪海に消えていった魔王軍は、100年前の調査隊と同じように二度と森から出てくることはなかった。




 魔王軍が消えたのと同時に、世界中のマナは消失した。


 マナとは魔法を使うため人の体内に宿る魔力の、その更に源となるものだった。空気中に漂うマナがなければ魔法は使えないし、魔道具は動かない。

 人々はいままで通りの生活をすることが難しくなった。3代目勇者が考案・発明した魔道具は開発された当初は高価なものだったが、数百年の時を経て安価になり、庶民はおろか奴隷にまで普及するほど一般的なものとなっていた。

 魔道具が使えない世の中は大混乱に陥った。諸国は総力を挙げて調査にあたったが、結局はこの現象もまた、原因不明のままだった。魔法使いは公職民間問わず軒並み失職し、討伐対象である魔物がいなくなった冒険者は、存在そのものがなくなった。


 政治は乱れ、経済は崩壊し、世界はそれまでとは大きく様相を変えた。いくつもの革命が起き、何度も戦争が行われ、数十、百を超える国の興亡を繰り返した。






 そうして、さらに920年が過ぎた。


 木々がうっそうと生い茂る中で、未だ絢爛豪華なままの人口建造物がそびえ立っている。

 その建造物のとある一室。深紅のカーペットが敷かれたとても広い部屋に足を踏み入れた人影があった。

 10を超える骸骨があちらこちらに散らばっている中を、迷うことなく歩んでいく。


 そのまま部屋の中央まで歩くと、足元に落ちている、紅く輝くツルハシを手に取った。


 そして、口角を上げてこう叫んだ。



「ツルハシに、栄光あれ!」



 勇者生誕歴2020年7月1日。世界に再び魔法が蘇った瞬間であった。


Q. なんでツルハシ?


A. ツルハシっていいよね

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