1話 「蚊」
……あれ?
生きて……る?
俺は……確か、トラックに轢かれて死んだ筈だ。
なのにこうして生きている。
体も無事だという感覚もある。
ここは病院か?
いや、妙に薄暗いし、壁が石でできていて病院と言うには難しい。
ではここは何処なんだ?
俺は歩き出した。
「「「プゥゥゥゥゥン」」」
蚊だ。
どこかに蚊がいる。
ウザいな。
「おらっ」
俺は手を使い周りにいるであろう蚊を捕まえようとした。
しかし、手だと思ったものは手では無かった。
「えっ……なんだこれ」
めっちゃ細くて黒くないか。
明らかに俺の手じゃない。
マッドサイエンティストに身体を改造されたのだろうか。
こんな腕じゃ正に「蚊」じゃないか。
「ちょっと待て」
さっきの蚊の羽音……
そしてこの蚊のような腕……
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
じょ、状況が理解できない。
俺は、蚊になったのか?
確かにおかしい。
今、足が地面に着いているという感覚がない。
すると、俺は宙に浮いているということになる。
「ここは現実なのか? 頬をつねってみ……あっ、腕が無いんだった」
俺はどうやら蚊に転生してしまったらしい。
認めるしかないようだ。
しかし、周りがよく見える。
ここは洞窟らしいな。
これが複眼とやらの効果か?
「……!!」
人間だ。
おっさんがいる。
ホームレスなのだろうか。
洞窟なのに真っ暗じゃなくて薄暗いだけだったのは、こいつが電灯を……電灯じゃ……ない?
男の側に置いてある透明な容器。
その中には……火の玉のような物が入っている。
あれは魔法か?
いや、そんな訳がない。そうだと信じたい。
蚊に転生した上に、そこが魔法の世界の世界だなんて……
「それにしても」
なんだかあの男を見ていると無性に血が吸いたくなってきた。蚊の本能というやつだろうか。
男は今寝ている。
吸うなら今がチャンスだ。
……俺は何を考えている。
血を吸うことなんて気味が悪い。
吸う必要なんてないんだ。
もし近づいてバシッと叩かれたらどうなる。それこそ「死」だ。
でも……一回だけならな。
少し興味がある。
俺は男に近づき腕に止まった。
そして、口から伸びた棒を突き刺し、思いっきり吸い上げた。
「……マズい」
言うなれば鉄だ。
小さい頃鉄棒を舐めた時の味と同じ。
二度と吸うことはないだろう。
《スキル『吸収』を発動。『火球』を取得しました》
えっ?
誰だ?
頭の中から聞こえたような気がするが。
《私はあなたで、あなたは私です》
ごめん。ちょっとよく分からない。
けど……新しい情報が沢山入ってきたな。
スキルなり魔法なり……頭の中から聞こえるこの声だったり。
試しに『火球』を使ってみるか。
えーっと……念じればいいのか?
「『火球』!!」
「「「ボゥッ」」」
す、すげぇ……本当にスキルとやらを使える……
まぁ蚊に転生した俺からすれば些細なことだかな!!
質問していいか?
スキル『吸収』って何?
《血を吸った相手の能力をコピーすることができる能力です》
強くね?
《はい。蚊系統の生物は全てこの能力を持っていますが、脳が発達していないため、普通は使うことができません》
そういえば俺の脳はどこにあるんだろう?
蚊のちっちゃな奴じゃ変わりは無理だろうし。
まぁ、こんな世界だし考えるだけ無駄か。
それよりも……吸えば吸うほど強くなっていく。
魅力的だ。
「よし。そうと決まれば」
出口を探すついでに血でも吸って回るか。