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6.幼馴染の言い分

「事件の調査? 冗談じゃねェよ」


 女子生徒たちと分かれて単独行動になったユーハ君を捕まえたはいいものの、殆ど何も話さないうちに、苦虫を潰し切った表情で吐き捨てたられた。

 剣呑さを孕んだ瞳が、不機嫌そうに細められる。


 美形の怒り顔って迫力あるね……!


「俺がなんで学園の犬に協力する必要があるよ? 関係ねェだろ」


 侮蔑と苛立ちの感情をそのままぶつけられて、私はさすがに反論も怖くなり押し黙った。

 うわぁ、これは無理めだ。あんまり刺激しちゃいけないタイプだ。


「ギル、お前もなんで茶番に付き合ってんだ? 勝手にオリーブまで巻き込むんじゃねェよ」

「僕は、好きでやってる。オリーブも……自分の意思じゃない? 多分ね」

「ちッ。ざけんな」


 舌打ちひとつを残して、ユーハ君は立ち去ろうとする。

 止めようとしたギル君を、逆に私が制した。どうせ訊いてもちゃんとした答えは得られないだろう。


 その様子を横目で視界に入れながら、ユーハ君はもう一度舌打ちをした。

「くだらねェな。俺はルッツに聞いたぜ? お前はあの日旧校舎にいたんだろ」

「いたけど……なんでルッツ?」

「知らねェのか。あいつ、お前……いや、()()()が裏庭にいたのを見てるんだよ。()()()()()()()

「ええっ!?」


 声を上げたのは私だ。

 ギル君とオリーブ嬢は一瞬虚を突かれたように目を瞠いていた。

 ユーハ君はふんと鼻を鳴らす。


「容疑者にでもなってんのか? だからって無能教師に何ができるよ? つまらねェことで時間を無駄にすんな」


 まるで善意の忠告だ。

 当人はそのつもりかもなぁ。後輩たちを慮っての助言ってヤツか。


 一方的に言い放つと、ユーハ君は取り巻きの女の子たちを連れて去って行く。進展なし……と言い切るには、まだちょっと判断が早いように思えた。



 + + +



 前述の通り――我々は特別男子寮の中庭にいたユーハ君に突撃して、敢えなく撃沈した。


 実物のユーハ君の外見は、さすがに色気のある美しさだったけれど、如何せん性格がいただけない。口調は乱暴で威圧的だし、学園に対する敵意丸出しだし。まったく反抗期の子どもですか。


 彼の協力は仰げそうにない。

 立ち往生しても時間の無駄なので、さっさと次のターゲットに移らないと。


「そうすると、ルッツ君だよねぇ……」


 ユーハ君がいなくなった後の中庭のベンチに腰を掛けて、私は自分の両隣に座ったギル君とオリーブさんに相談した。

「ルッツ君、いつも鍛練してるんだったっけ? 確か、白兵戦向けの近接格闘技みたいなのの」

「陸軍が……講師を派遣してる、希望者講習。僕もたまに、参加する」

「ギル君が?」

 これは意外だ。陸軍元帥の息子で細マッチョのルッツ君は当然にしろ、見た感じ繊細で暴力と縁のなさそうな王子様なのにねぇ。

 まあ折角留学してるんだし、この国の技術を学ぶ機会を逃しはしないか。マイペースっぽいくせに、そういう点は結構しっかりしている。


「ルッツ君は毎日出てる、かぁ」

「……事件の日は、除いて」


 そうなのだ。

 よりにもよって、狙い済ましたかのようにその日だけ、ルッツ君は講習を欠席している。彼が鍛練をサボるなんて、年に何度もある話じゃない。

 そうして空いた身体がどこで何をしていたか、おおよそは判明している。

 旧校舎――つまり件の現場近くにいたのは確かだった。


「さっきのユーハ君の話だと、ルッツ君はあの日、裏門から旧校舎に出入りしたみたいだね。で……裏庭を見た、とか」

「ルッツ先輩がギル君と……私を見たって」

 オリーブ嬢が悩まし気にギル君に視線を寄せる。

「どうして……私はあの日、ルッツ先輩に会ってもいないんです。なのに、おかしいです!」

「……ギル君は、気づいてた?」

「全然。裏門から少し距離、あるし。あの……()()()のところは。ルッツも遠目……だったんじゃ?」


 言われてみれば確かに、裏庭と言ってもそこそこ広い。敷地内でも気づかない可能性もあるか。


「遠目でもギル君は目立つもんねぇ」

 流れる綺麗な銀髪を愛でながら、私は苦笑した。

 なるほど、よく見知っているルッツ君なら簡単にギル君だと判別できるだろう。

「行きか帰りかはわからないけれど、ルッツ君は裏庭にいるギル君を目撃してる。何時頃なのかな」

「四時から五時の間……」

「って、結構長いよねぇ」

「あの日は……時間が経つの、早い気がした」

 事件の日を思い起こしたのか、ギル君は双眸を眇めた。おそらく瞼の裏には金色の花粒が浮かんでいるに違いない。


 ルッツ君が裏庭にいるギル君を目撃できる時間の範囲は決して短くない。彼が旧校舎に行ったのは、果たしてローゼ嬢が殺される前なのか、後なのか。

 各人のアリバイは確かに気になる。とはいえ、そもそも大前提としてこの事件、密室殺人でも本格ミステリでも何でもないからなぁ。

 私は前世ゲームの知識から攻略対象者が容疑者と睨んでいるとはいえ、実のところ無関係の暗殺者や行きずりの犯行でも、一応説明はつく。

 学園に関係者以外が立ち入ること自体がそもそも困難というのはさて置いても、一度敷地内に侵入してしまえば監視の目は緩い。現場の旧校舎の出入りも制限されてはいなかった。美術室だって密室でも何でもない。攻略対象者たちのほかに旧校舎に行っていて、黙秘している生徒や教職員がいる可能性もある。

 万が一そうだったら、真相の解明なんてお手上げだ。どっちにしろ、私は自分の持つ情報から糸口を探すしかできないんだけどさ。


「ルッツ君に直接訊くしかない……か。でも鍛練場って、女人禁制だったよねぇ。この寮よりも管理が厳重だった気が」


 ルッツ君と話をするには、彼が寮に戻るまでに待たないといけない。でも夜になっちゃったら難しいよね。どうすっかなー。

 他の生徒の目もあるから、日中の学園でっていうのはなるべく避けたい。

「仕方ない。夜に私だけ出直しますか。ごめんギル君、ルッツ君が戻ったら伝えてくれる?」

「え……このまま待ってればいいのに。先生だけ僕の部屋、いればいいよ」

「いや、そういう訳には……」


 躊躇する私に構いもせず、ギル君は立ち上がって手を引こうとする。強引だな、おーい。

「駄目だよ、ギル君。とりあえずいったん解散してさ、ルッツ君が戻る頃、もう一度来るから……」




「――俺が、何か?」




 そのとき、不意に――本当に吃驚するくらい突然のことだった――低いながらも魅惑的な声音が唐突に耳を掠める。

 私は呆けたように口を半開きにした。


「……!?」


 全然気づかなかった。

 気配もなく近づいていて、いきなり視界に飛び込んできたのは、長身で均整の取れた体つきをした、如何にもスポーツマン風の男子生徒――。


「ルッツ……」

「ルッツ先輩!」


 ギル君とオリーブさんがそれぞれに名を呼ぶ。私も容姿だけはよく知っている。

「ご……機嫌よう、ルッツ様。鍛練だとうかがっていましたが、お早いお戻りで」

「……なるほど。随分と冷静な方のようだ、アニー先生」


 えええ? 動揺し過ぎて巧く反応できずに、適当に挨拶なんかしてしまっただけなんだけど。

 な、何だかなー。どうやら声に抑揚がなかったせいで、相手には逆の印象を与えたようだ。


「学園から調査を任されることはある」

「……何故それを?」

「途中でユーハに会ったので」


 私たちが座っていたベンチの斜め後ろの死角から来たらしきルッツ君は、先に立ち去ったユーハ君と入れ違いで遭遇したと告げた。同学年で仲良いのは知っているけど、筒抜けですか、そうですか。


「それで……ユーハ様は何と?」

「先生が事件の日の聞き込みをされている、と。くだらないから協力するなと言われただけだ」

「なのに、こちらに?」

「……俺はユーハとは違う」


「学園内にローゼを殺した犯人がいるならば、早く捕まえてほしいと思っている。でなければ、無惨に殺されたローゼが浮かばれない」


 ルッツ君はやけにきっぱりと言い切った。精悍さと凛々しさを兼ね揃えた相貌には、憂いはあっても迷いは見えない。ローゼ嬢に向けられた感情は安っぽい憐憫ではなく、本心からの悲哀を感じさせる。


「あのぅ……もしかして、ルッツ様はローゼ様に好意的でいらした、とか?」

「――……」

 黙秘は肯定のように思えた。

「大変失礼ですけれど、その……ご友人のユーハ様はローゼ様に否定的で」

「仰る通り、確かにユーハはいつの頃からか、ローゼと反目していた」

 子ども時分に想いを馳せたルッツ君の表情は、とても暗く悲しそうだった。

「気性の激しいローゼを、ユーハも……婚約者のシオンさえも持て余していたのは事実だ。確執はあった。その死を悼むことすらできないほどに」


「ルッツ、正気? まるで……彼らが怪しいって言ってるみたいだ」

 ともすれば疑心を生み兼ねないと、ギル君は躊躇いもなく指摘する。ルッツ君は苦く笑った

「そう……言っている」

「なるほど、疑ってたんだ」

「……え、マジで」

「……!」


 私が教師らしからぬ素の呟きを零したのとほぼ同時に、オリーブ嬢が大きく息を呑んだ。


 彼らは親友同士、或いは信頼し合うべき主従のはずだ。確か脳筋……もとい裏のない性格設定だったルッツ君が、そんな殺伐とした感情を近しい人間に向けていたなんて、俄かには信じ難い。


「本当にお二人のいずれかが……凶行に及んだ、とでも?」

「可能性はあると思っている。口に出すのも憚られるが……或いは、身内の者かもしれない」

「身内……カイト君、いえ、カイト様が?」

 学園内にいるローゼ嬢の身内といえば、実弟の彼しかいない。調査中の私は兎も角、ルッツ君まで礼儀正しい後輩を容疑者のひとりと見做しているのは意外だった。

「我々の中でローゼからの抑圧と支配を一番に受けていたのは、他ならぬカイトだからな」


 言われてみれば、立場的には違和感はない。高飛車な姉に理不尽を強いられる弟という構図自体、一般家庭でも見掛けるくらい普遍的だし、ましてや腹違いだったら尚更だ。

 いや、だからって殺意に結び付けるにはちょっと飛躍し過ぎな気もする。

 それに弟は一先ず置いても、同年代の幼馴染たちは女王様の独裁に従う義理もないだろう。


「うーん……しかし少なくとも王子殿下の方が上位でしょうに、どうして皆様、ローゼ様の横暴を許していたのか」

 素朴な疑問だったが、ルッツ君はちょっと考える素振りをした。

「それは……ローゼの立ち回りが巧かったから、としか言えないな。彼女は大人の間ではすこぶる評判が良かった」


「ローゼは優秀で、国王陛下のお気に入りでもあった。周囲で何か問題が起きてもローゼが正しく、他の者が間違っている、誤解している。そう思わせるのに長けていた」

「……何それ怖い」


 私の本音は口の中でくぐもって小さく響く。多分外には漏れなかったと思う。

 正直ルッツ君の主張が事実なのか中傷なのか判然としないけれど、学園の教員の間でローゼ嬢の評価は高かったと認識している。私みたいに悪役令嬢だーなんて色眼鏡で見てなければ、才色兼備の完璧な生徒で、淑女の手本のような存在だった。

 サイコパスとかモラハラとかする人間って、外面は良くて周囲を欺いている場合が多いと聞く。ふとそんな前世の知識を思い出した。

 ローゼ嬢がその手の輩かどうかなんて、ほぼ面識のない私が軽々しく断定できないけどさ。


 そして、気になるのはそれだけじゃあない。

 そう、どうにもルッツ君の発言は――わざとらし過ぎる。

 若輩教師と侮られるのは致し方ないにせよ、私だって大人としてそれなりに考えてはいるのだ。


「そこまで仰るのに、ルッツ様ご自身はローゼ様に対して敵意はなかったと? 本当に?」

「……違うな、俺だけは別に」

「そうやって……ご自身から疑いの目を逸らすために、他の方を貶めていらっしゃる?」

「心外だな」

「ああ……それとも逆ですか」

「……!」


 ルッツ君は一瞬瞠目し、すぐに目を細めた。どうやら図星だったらしい。

 自分だけ潔白を主張するような怪しい素振りを見せることで、容疑を向けられていそうな仲間を庇った訳だ。


「……アニー先生、だったか」

「はい」

「ギルの気に入りだったな。さすがに本質を見抜く目を持っているようだ」

「そんな大したものじゃ……」

「学園からの信頼も厚いのだろうな」


 オリーブ嬢に続いて、何故かルッツ君にも買い被られた。普通の対応でいいんだけどなぁ。

 仕方ない、ハッタリでもかますか。

「ルッツ様」


「ご懸念の通り、学園側はこれから本腰を入れるでしょう。無論、シオン殿下、大公家のカイト様からもご協力をいただけるとのこと」

 ただ触り程度の聞き取りをしただけなのに、すでに彼らから言質を取ったかのように告げてみる。


 ……うう、ギル君とオリーブ嬢の視線が痛い。確かにあからさまですよねー。

 いいえ、毅然とした対応は大事です。


「反抗的な態度は後々問題になる可能性もあるでしょう。もしご自身を、或いはご友人を心配なさるのなら、どうか正直にあの日の行動を話してください」

誤字のご指摘ありがとうございます


【攻略対象者】

シオン…王子。悪役令嬢の婚約者

カイト…悪役令嬢の弟

ユーハ…外務大臣子息

ルッツ…陸軍元帥子息

ギル…留学生の隣国王子



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