表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

24.最後の挨拶

「カイトの理屈からすると……僕が君を消しても、問題ないよね。そもそもあの日からずっと、ローゼを殺した奴が気に入らなかったんだよ」

 溜まった鬱憤を晴らすかのように、ギル君は吐き捨てる。普段と比べても随分と乱暴だった。

「あの日さあ……帰りも一緒にって思って、折角正門まで行って先生を待ってたのに。カイトが事件なんか起こしたせいで……先生を巻き込んだせいで、台無しにされたんだよ。腹立つ」


 えぇぇぇえ。

 何だろう……やっぱりこの子、価値基準が大分おかしい。

 倫理的に殺人を忌避するでもなく、正義感でもなく? これマイペースで片付けられるのか?

 ていうか今更だけど、遺体発見時に正門に移動してたのってそんな理由だったの?

 確かに旧校舎の当直は校舎内を見回った後に裏門、裏口、正面入り口、最後に正門を閉めて帰ると決まっているから、待ち伏せできなくはない。ないんだけどさあ。

「何だ、そりゃ。ギルを疑ってた俺が馬鹿だったのか……」

 あまりのくだらなさに、深読みしてたユーハ君の呆気に取られた声が聞こえた。うん、めっちゃ同意するよ。


 でもギル君は周囲の反応なんぞどこ吹く風で、カイト君を責め続けていた。

「今なら……お誂え向きだよね。危害を加えられてるから、正当防衛が成立する」

「ま、まさかそのために……わざと、負傷を? オリーブ先輩を庇ったのではなく」

「庇う?」

 颯爽とヒロインを守ったヒーローにしては熱のない口調で、ギル君は反復した。

「庇った……かな、うん。そういう意図もなくはなかった、かもね。さすがにオリーブが死んじゃったり重症を負ったりしたら、先生が気に病むだろうから」

 本音ではオリーブ嬢がどうなろうと些かも気にしてない。ギル君はいっそ潔いほど悪びれもせず言い切った。

「オリーブは女の子だし……先生が構っても、許すよ。嫌だけど。男よりは全然マシだから。うん、仕方ない」



「本当は等しく全員、邪魔――だけどね」



 至近距離で脅迫めいた戯言を聞かされているカイト君は、いったいどんな気分だろう。事態の元凶とはいえ、ちょっとだけ同情する。それ以上に私の精神に対する破壊力が強烈なんだけどね……。


「カイト、聞いてる……?」

「……ぼ、僕は」

「ギル君――」


「もういいよ。多分彼はもう抗う気はないし、責めても意味はないと思う」

 カイト君は最早憑き物が落ちたかのように自失していたので、私はギル君を止めた。

 道理が通じないタイプにはもっと世間ズレした相手をぶつけるべし。

 ……って別に狙った訳じゃあないけども、効果は抜群だった。もちろん嘘偽りない本気の科白だったからこそ、良い意味でも悪い意味でも響いたのだと思う。


「人殺しとか普通に嫌だからね」

「……そう。先生が言うなら、止めとく」


 ギル君はあっさりと引き下がった。一瞬でカイト君に興味をなくして立ち上がる。

 何だかなー。私、将来ずっとこの気まぐれヤンデレ系男子の手綱を握っていかなきゃいけないんだよなー。自業自得なのか。いやいやいや、しんどいでしょ。

 心無しか、オリーブ嬢や他の攻略対象者(みなさまがた)の私に対する眼差しに憐憫が混じってるような。何ともはや。生温かく見守ってください、と言うしかない。


「カイト様」

 私は今更と思いつつも、カイト君に語りかけた。機嫌が悪いままのギル君を放置するのは後で面倒くさそうだけど、教師として最後の役割だ。致し方ない。

「裁くのはわたくしの仕事ではありませんし、今更反省を促したりはしませんが、カイト様、貴方が他者に及ぼした理不尽とは――こういうものなのですよ」

 説教じみた言い回しは、普段だったら誰も感銘を受けなかったかもしれない。でも今だけは皆が皆、神妙に私の話を聞いていた。

「貴方も……ローゼ様も、別の方法を模索するべきでした。力になれなかったわたくしども学園側の人間が言うのは烏滸がましいですが、貴方たちはきっと、独りでいたから行き詰まってしまった。そう思います」


 すでに取り戻しのつかない現実があり、仮定を過去に問うても虚しいだけだ。なのに、今は考えずにはいられない。


 もしもローゼ嬢がひとりで虚勢を張らず、婚約者のシオン王子や友人のユーハ君やルッツ君に心を開いていたら。もしもカイト君がちゃんと恋心を明らかにして、ライバルたちと真っ向から勝負していたら。

 もしもシオン王子がもう少し婚約者に寄り添っていたらいたら。もしもユーハ君が表裏なく最初からローゼ嬢の味方として振る舞っていたら。もしもルッツ君が諍いの芽に気づいて止めることができたなら。

 もしもギル君が腕輪の秘密を先に暴いていたら。


 もしもオリーブ嬢が――愛される者(ヒロイン)ではなかったら。


 とりとめのない思考に溺れそうになる。

 同じような想いを全員が共有しているだろう。


「貴方がこれからどうなるのかは存じません。処断され破滅するのか、温情を掛けられ更生を目指すのか。どちらでもわたくし個人には関係ありません。ですが――」


「わたくしはひとつだけ、望んでいます」


 いくら教師でも、取って付けたように上から諭すなんてよろしくない。けれど私が彼に何かを伝えられるのは、おそらくこれが唯一の機会になる。

 教師として、というより、追い詰めた者としての責任を感じていた。余計なことだ。むしろ傲慢な言い草だ。でも。


「月並みなことを申し上げますが、人間(ひと)は、生命というのは、喪われたら戻らないのです」


 こんなこと、転生者の私が言うのは皮肉だな。

 違う。だからこそ、だ。

 同じ生は二度とないのを、私は知っていた。カイト君が軽はずみに奪ったものの価値を、きっと、この中で私だけが知っていた。

 現実はゲームのように、繰り返したりやり直したりなんかできやしない。もしも、なんて背中に意識を凝らした瞬間には何もかもが遅過ぎる。


「だから――わたくしは望みます」

 誰にとっても救いにならないと自覚しながら、私は残酷な終幕を下ろす。カイト君だけでなく、ここにいる全員、或いは自分にも向けた言葉だった。


「貴方がこの先ずっと――永遠に、後悔し続けることを」











 ◇ ◇ ◇






 悪役令嬢殺人事件と仰々しく銘打ったところで、蓋を開けてみたらお粗末様だった学園のスキャンダル――が、一応の解決を見てから一月が経った。


 結末を学園に委ねてから後のことは殆ど知らされていないし、世間にも広まっていない。被害者も犯人もお偉いさんの身内同士だから、まあ色々あるんだろう。隣国も絡んでるようなそうでないような微妙な匙加減だしねぇ。

 少なくとも私ごときがこれ以上立ち入る話じゃあない。野次馬根性はあっても、面倒事はごめんだ。ただでさえ報告書だか始末書だかを山盛り書かされて辟易してるのに。


 思い返せば、先日の旧校舎ではかなりヤバイやらかしをしてしまった教師(わたし)だけど、どうやらシオン王子が口添えしてくれたらしく、学園からもお国からもお咎めはなかった。

 何しろ王子様をはじめとする上流階級の子弟を連れ回した挙げ句、乱闘したり小火出したり窓硝子割ったりしてるからね……責任問題じゃ済まされないよ、普通。

 シオン王子は最初は尊大な態度が鼻につく、いけ好かないタイプだったけど、随分と変わったというか。それなりに恩義は感じてもらってるようだ。


 あの日以来、彼らとは授業以外では顔を合わせていない。ギル君を除いては基本的に接点がないので、当然っちゃあ当然だ。

 ただ傍目で見てるだけでも、先述のシオン王子を筆頭に、それぞれがどことなく変わったような印象はあった。

 顕著だったのは、彼らが馴れ合いでなく行動を共にし、何かと協力し合っている点だろうか。ユーハ君は遊びを止めて授業に出てくるようになったし、ルッツ君は鍛練を控えて周囲に目を配るようになった。そんな二人を従えて、シオン王子がリーダーシップを発揮しているように見える。

 気のせいかもしんないけどね。


 オリーブ嬢は現状変わりなく過ごしているようだ。出自の件をどうするかは彼女本人の意思では如何ともし難く、両国間の調整待ちなんだとギル君は言っていた。

 当人は教職に興味があるから大層な身分は要らないと、できれば市井に落ち着くことを希望しているらしい。

 教師になりたいとはまた奇特な。シオン王子が手ぐすね引いて待ってるだろうに。私からしたら、この国で貴族の娘が職業婦人道を邁進するのはオススメしないけどなー。


 ともあれ――彼らが私と関わったのは、短い青春時代における、さらに数日間の出来事だった。それぞれに相応しい生き様があり、将来がある。多少の影響は与えたかもしれないけれど、一教師として以上の心配はしていない。


 いや、もうすぐその資格もなくなる。

 何故なら私は学園を辞する予定だからだ。


 理由は……まあ()()()()()()で。

 学園側にも公表を控えてもらって、残った日数の授業を淡々とこなしながら荷物の整理をしていた。

 なのに、どこから漏れたのかなあ。

 最終日の前日、距離を置いていたはずの彼らが各自挨拶に来た。吃驚だった。






『私は王族故に無闇に頭を下げることはできない。だが学園に残りたいと言うなら、便宜を図ってやってもよい。そもそも一教師が負うべき咎はないからな』

 何故か私が放逐されると誤解して、的外れな気遣いを見せてくれたのはシオン王子だ。

『一応……感謝はしている、アニー教員。形としては私への嫌疑を晴らしてくれた訳だからな。学園を出た後で何かあれば申し出よ。悪いようにはしないつもりだ』

『恐れ多いことに存じます』

 未だ成熟できない王子様は、それでもちょっとデレを覚えたのか、真摯に告げてきた。私は気持ち良く礼を返すことができた。

 思い込みが激しいのは欠点だけど、彼の内面は本質的には善性に寄っている。軽挙を戒めれば、存外まともな政治家に成長するかもしれない。






『俺は卒業後は軍に入るつもりだが、ただ家の指針に従っていただけで、他人に対する責任について、深く考えたことはなかったと自覚した。ご指導いただき感謝する』

 クソ真面目に謝辞を伝えてきたルッツ君は、どこか吹っ切れた表情だった。

『国を離れるのであれば、何かと不便が多いだろう? 餞別だ、アニー先生。非常時に使えそうな携帯保存食や備品一式を揃えたから、持っていくといい。いざというとき役に立つはずだ』

『助かります。ありがとう』

 何故か非常時持ち出し袋をいただいてしまった。礼儀正しいというか義理堅いというか。

 まあ彼のことは実はあまり心配していない。情が深くて普通に立派な人物になりそうだ。ただし軍が台頭するような波乱の時代はごめんだから、ルッツ君が閑居できるくらいの平和な未来が望ましいとは思う。






『仕事辞めてギルと一緒に行くのか? あんた本当に食えない女だよな。あんなののお守りを一生引き受けるなんて逆に尊敬してやるよ』

 ユーハ君はひとしきり皮肉を口にして、事件のことには触れなかった。

『あれでも王族だぜ? あんた大した身分もねェし、初婚じゃねェし、年上だし、苦労すんじゃねェの? 物好きだな、センセイ。嫌になったら我慢せず帰ってこいよ。ま、ギルの奴は追い掛けてくるだろうがな』

『ご心配痛み入ります』

 女寡のババアで悪かったな。鋭いんだけどさあ。

 派手な見てくれや粗雑な態度のわりに人付き合いの裏表を知っている彼は、いずれ外交官あたりに収まる気がする。地頭が良いからちゃんとしてれば学業だって優秀だろう。意外と遠くない将来、国境を越えて会うような予感がした。






『先生には……たくさん教えていただきました』

 一番たくさん話したのは当然オリーブ嬢で、彼女は何故か私に対して幻想を抱いてしまったらしい。

『本当は私がやらなければいけなかったことを、アニー先生に肩代わりしてもらったのではないでしょうか』

 乙女ゲームのヒロインとしてなら、彼女の感想は多分正しい。実際、モブの私がお節介をしなくても、オリーブ嬢はいずれ真相に辿り着いたんじゃなかろうか。攻略対象者たちと協力し合って事件解決って、わりと創作っぽいよね。その中の誰かが裏切り者っていうのも……。

 これまでも考えなくはなかった。

 今、私がいる世界はよく知る仮想世界ではなく、似た要素を持つ、まったく別の物語じゃないかって。


 いいや、どうでもいい話だ。

 主観においては物語も現実の生も変わらない。モブだろうがヒロインだろうが同じ立ち位置になる。


『ありがとうございました』

『……ご機嫌よう、お元気で』


 私とオリーブ嬢はお互いに深くお辞儀をして、最後の挨拶を交わした。それは私にとってはゲーム世界――前世との惜別に違いなかった。

誤字のご指摘ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ