21.似非ミステリのwhydoneit
「さて……カイト様の失策を指摘するにあたり、語るべきは裏庭のことです」
本当はあんまり、いや全然語りたくない内容だけれど、事ここに至っては仕方がない。
もうバレちゃってるしねー。バラしちゃってるしねー。これ以上かく恥もなしと開き直るとする。
「四時頃から五時にかけて、裏庭にいたのがギル殿下と、その、わたくしだったことは先に申し上げた通りです」
「あァ、あんたら逢引してたんだよな」
「あい……」
ユーハ君が無遠慮に突っ込んでくる。
いやいやいや、まあね。別に違くはないんだけどね。否定する気はまったくないんだけどね。
言い方ァ!
「まあセンセイとギルが前からデキてたとしても、別に興味ねェんだがな」
「……そう、でしょうね」
身も蓋ないことを言われて私は汗をかく。対して、もう一方の当事者であるギル君は平然としていた。
「デキたのは……前からじゃない。あのとき。中庭で。僕が先生に、告白した」
「あ? まあ、どうでもいいが……」
「え、じゃあ抱き合ってたというのはそういう……」
ギル君が超あっさりと認めると、ユーハ君は辟易と眉を顰め、オリーブ嬢が年頃らしく真っ赤になった。その辺はもっと流してくれないかなー。逆に恥ずかしいわ。
「倫理的な面はさておき、アニー先生がギルと一緒にいたのはさすがに理解した。だが、カイトも気づいていなかったのか?」
生真面目なルッツ君が疑問を呈した。
「カイトも裏門から入ったのだろう? 俺と違い、普段から眼鏡で視力を矯正している。オリーブと先生を見誤るか?」
「そこは結果から逆に考えて……カイト様がご覧になったのは私の後ろ姿だけだったとか、自分の姿を我々に見咎められないよう急ぎ足で通り抜けたから人違いを認識できるほどよく見ていなかったとか、そんな説も考えられますが」
「違うのか」
「そうですね。カイト様は四時半と仰っていましたが……確かに美術室に入ったのはその時刻なんでしょうが、低学年の終業時間からすると、校舎にはもっと早くに到着されていたと見るのが妥当でしょう。おそらく四時丁度くらいかと。カイト様が旧校舎に入った直後に、ギル殿下とわたくしが中庭に出たのかもしれません」
そんな都合の良い入れ違いがあるんかい、と自らツッコミを入れたくなるけど、私とギル君が一緒にいたのも概ね四時過ぎから五時くらい程度の適当な認識だ。時刻表トリックでもあるまいし、日常で一分一秒までの正確な時間をカウントしてはいない。
「わたくしも別に本校舎から制服姿で恥を晒していたのではなく、旧校舎の用務室で着替えたのです。ちなみに我々が旧校舎自体に入ったのは四時よりもずっと前です」
「生徒をサボらせて旧校舎で賭け札遊びしてたってか? 良い身分だな、先生」
あーあー聞コエナイ。
まあ否定はしない。つーか積極的だったのはギル君の方だからね。わざわざ罰ゲーム用の制服まで用意してたんだよ、この子。負けが込んでその場で着替えさせられただけで、私は悪くない。嘘です悪いです。まじスマンです。
「えー……コホン。まあ兎も角、我々が中庭に出る直前、カイト様が裏門から到着された訳です」
「ユーハとは四階でかち合わなかったのか?」
「だったら良かったのですがね。無意味な仮定ではありますが、もしもお二人が遭遇していたら、と思わずにはいられません」
「……ちッ」
意味を悟ってユーハ君が舌打ちした。
本当にこれだけに限って言えば、犯行前のタイミングだっただけに残念でならない。さすがに第三者と遭遇してたら、カイト君もスレスレで躊躇ったのではなかろうか。
「美術室へはユーハ様の方が先に着きました。カイト様は先客に気づき、帰るのを待った……そう、隣の空き教室には痕跡がなかったから、屋上へ向かう正階段の影とか、その辺りに隠れてたのでしょう」
「なるほど。で、俺が帰ったのを見計らって、カイトはローゼと会った訳だ。……殺すために」
ユーハ君は怒気を抑えている。
ずっと隠していたとは言え、彼にとってのローゼ嬢は親しい友人だった。冷静を装っていても、実は他の誰より動揺していてもおかしくない。
「……んでだよ、畜生!」
酷く押し潰した声音で、ユーハ君は呻いた。
「カイト、なんでお前が実の姉を殺す!? いくら不仲でも、あいつがお前にそこまでのことをしたって言うのか!?」
キツく責められても、未だ拘束されたカイト君は反応を見せなかった。暖簾に腕押し……動揺を誘っても無駄なのか。
いいや、私は別に自白を求めてはいない。当て推量でも何でも、この場を収める義務があった。
「何故――と、問うのであれば」
どうして事件が起こったのか。
誰が駒鳥殺したか――何故、駒鳥が殺されたか。
二つの問いは同時に解かれなくとも答えは導き出せる。現に私は最初のうちは動機までは思い至らなかった。前世の乙女ゲーム内での顛末を知ってたしね。
でも結局、創作は虚構に過ぎず、私がギル君からの情報を得て辿り着いた現実とは、大きく異なるものだった。
もちろん真相は未だカイト君の胸の中だ。
一同にもそう前置きをしたうえで、私は説明を続けた。
「事件の始まりは……先程申し上げました通り」
「オリーブさんの腕輪――です」
+ + +
「オリーブさんの腕輪の由来を公から隠すためにローゼ嬢を殺害し、シオン殿下に罪を擦り付ける。それがカイト様の当初の目論見でした」
断言した瞬間、カイト君の身体がほんの僅かにピクリと動いた気がした。
どうだろう。これは正解……かな。
何もかもマルっとお見通しだ、と言い切るのは、自信家でも何でもない私にはハードルが高い作業なんだよ。これでもヘタレが露見しないよう注意を払いながら喋ってる。ここしばらく、ずっと気が張ってる感じだ。
その甲斐もあった。皆ちゃんと私の発言を聞き流さず、耳を傾けてくれていた。
「腕輪の由来?」
持ち主であるオリーブ嬢が首を傾げる。わかってはいたけど、彼女自身には何の心当たりもないようだった。まあ私も最初見たときは、何の変哲もない普通のアクセサリーだと思っていた。
「何か曰くのある品なのですか? 祖母は……母方になりますが、実家から持ってきたと言っていただけで、私も仔細は知りません」
「オリーブさんの家は比較的隣国に近い領でしたね」
「田舎の小さな所領です。お恥ずかしながら、私を学園に入れるのがやっとの弱小貴族です」
「お祖母様のご実家は?」
「駆け落ち同然で祖父に嫁いだので、勘当されて絶縁したと聞いています。祖母が亡くなったときも慰問すらありませんでした。母も祖母の素性はよく知らないのだと思います」
おそらくオリーブ嬢に嘘はない。
彼女は知らなかった。
もし腕輪の出処を認識してたら、最初から隠匿していたはずだ。或いは多少狡猾な人柄であれば、利用していたかもと思う。
その価値と意味に気づいたのは彼女ではなかった。逆に言えば、持ち主以外の者が察してしまったために、今回の悲劇が起こったのだとも言える。
「ギル君――ギル殿下」
「この腕輪のことを話してください」
「……いいけど」
あまり興味なさ気にギル君がオリーブ嬢を一瞥する。この子がもうちょっと友人に関心を払うタイプだったら、もっと早くに判明していたのになぁ。ヤンデレ系攻略対象者は好感度上がると執着がヤバくなるけど、低空飛行時の態度が塩過ぎるのが難点だ。
「腕輪……ね。僕もこないだまで、忘れてたんけど」
「ギルの国に縁がある、ということか? 待てよ、一度だけ会ったことがあるギルの妹姫が、似たような腕輪をしていた気がするが」
「そう。王族の……女児が生まれると、作る腕輪。成人するまでは、いつも身に着けてる」
シオン王子が首を傾げると、ギル君が変わらずつまらなそうに答えた。
「私もそれなりに外交には出ているつもりだが、その慣習は初耳だ」
「別に……家の中のことで、吹聴することでもないから。それに、王族は未成年のうちはあんまり表……公式行事に出ないから、知らなくて当然だよ」
「確かにギルの国はそういう文化だったな。未婚の姫君は園遊会や晩餐会にも滅多に顔を出さぬので、私でも殆どお目にかかったことはない。王子でも、ギルのように留学することは稀だろう」
「まあ……僕は所詮七番目だから、わりと好きにできるだけだよ。この国みたいに、学園で自由に学べる……って感じじゃあ、ないよ」
こうやって聞くと、我が国の方がギル君の母国よりリベラルな風土なのかもしれない。何しろ王子様が大っぴらに恋愛を告白したり、気楽にバケツに水を汲んできてくれたりするしなぁ。いや、それもどうよ。
メタ的に言えば、乙女ゲームの舞台となる国だから、私が前世いた世界とかけ離れた価値観ではない訳だ。逆に隣国はちょっと閉鎖的でミステリアスって感じの「設定」なのだろう。
友好国とはいえ、隣国に赴いた経験のある一般貴族は多くない。況してや王族と交流を持てる者は限られている。王族由来の腕輪なんてオープン情報だけじゃ辿り着けない。私だってギル君に聞くまでは知る由もなかった。
秘密の腕輪なんて如何にもイベントアイテムっぽいんだけどね。ただ乙女ゲームの記憶を遡っても、印象の薄さからして可能性は低いと考えていた。
下級貴族のファッションアクセサリーと見れば特に違和感もなく、王族の所持品にしてはあまりにも普通だった。むしろ気づいた人間の観察眼が凄過ぎるのだ。
「つゥか、マジでそんなのが王家の腕輪なのか? 安物とは言わんが、紋章もなけりゃ凝った意匠もねェ。なんか目印でもあんのか?」
「付いてる宝石……小さいけど、ちょっと珍しい種類なんだよね。国では王室しか扱わない。色や配置、数の組み合わせで……腕輪の持ち主の、名を示す。王家しか知らない暗号、みたいな」
「オリーブの腕輪の……持ち主の名前は、ネリネ」
「!」
「……祖母の、名です」
オリーブ嬢が片手で口を覆った。
「大丈夫か」
よろけた身体をシオン王子が後ろから支える。
「落ち着くんだ、オリーブ。ギル、今の名前は――」
「祖父……前王の妹、僕からすると大叔母の、名前」
ギル君はふぅと小さく息を吐いた。
「そっか……やっぱり、ね。若くして亡くなった……って聞いてたんだけど、駆け落ちしたの、隠匿されてたんだ。腕輪は死ぬと遺体と一緒に埋葬するから、普通、外には出回らない。つまり」
「オリーブの祖母が王族の姫君だった……のか」
シオン王子のみならず、ユーハ君もルッツ君も愕然としている。最も驚いたのはオリーブ嬢には違いない。
「そんな……私、そんなの……全然知らないです!」
「お祖母様は王族の地位を捨て祖国を出奔されたのでしょうから、無理からぬことです。孫である貴女にも事実を明かさず、今までこの国の誰にも悟られることはなかった」
しかし、と私は続けた。
「ローゼ様が気づかれてしまった」
「……ローゼ様が?」
「女性にのみ適用された慣習なので、ローゼ様の方がシオン殿下よりお詳しくても不思議はありません。未来の王子妃としてギル殿下のご姉妹とも交流されていたのでは?」
ていうか本来ギル君が真っ先に気づくべきなんだけど、そこはオリーブ嬢自身への関心の違いなのだろうか。
私……私はねぇ、オリーブ嬢が隣国王家の血筋って隠し設定があったことを、忘れてた訳じゃないんだけどねぇ。だって物語本編には出てこない、設定集にチラッと書いてあったというレベルの話なんだよ。そんなのが事件に絡むだなんて簡単に思いつくかっつーの。
「ローゼ様はオリーブさんの出自を疑い、機会を窺って腕輪を盗みました」
「嫌がらせ……ではなかったのですね」
「ええ、単に確認するのが目的だったのでしょう。ローゼ様は弟のカイト様にだけ、そのことを漏らしていた。おそらく特別な意図はありません。遅かれ早かれローゼ様は、オリーブさんの素性を明らかにするおつもりだったはずですから」
「どうして、ローゼ様が……」
「その理由は……ユーハ様ならおわかりになるのではありませんか」
この中で最もローゼ嬢と懇意にしていたであろうユーハ君は、渋面のまま答えた。
「あァ、わかった。そういうことか。ローゼは……本当はシオンとの婚約を解消したがっていた。オリーブにそれなりの身分があったなら、そりゃ渡りに船と思っただろうよ」
「な……婚約解消? 馬鹿な。あのローゼが?」
ローゼ嬢の本心にまったく思いも寄らなかったのか、シオン王子は愕然としていた。
無理もない。性格的に向かないのもあるけれど、残念ながらシオン王子は婚約者との間に、心理の裏が読めるような関係性を築いてこなかなかったのだ。
「そんな話は一度も聞いたことがない」
「知らねェよ。普通に考えろ。煙たがって邪険にしてた相手が、幸せになれねェのを承知で結婚を望むと思うのかよ」
ユーハ君は容赦ない。まあ正論だ。
いや、八つ当たりも入っているかな。結局ユーハ君はローゼ嬢から腕輪のことを知らされなかった。確証を得てから、とローゼ嬢は口を噤んでいたのだろうけど、友としてユーハ君が落胆するのはわかる。
「……ユーハ様、わたくしは先程『ローゼ嬢には特に意図はなかった』と申し上げましたが、訂正しましょう。彼女がカイト様だけを選んで先に話したのは、彼女なりの考えがあったものと推察します」
「考え?」
「ローゼ様は婚約解消のため……ええと、オリーブさんをシオン殿下に宛がおうとしていました」
この言い回しは私にしては大分気を回している。
だってオリーブ嬢の目の前でシオン王子の恋心を暴露するのは、さすがに気が引けるというか。シオン王子がオリーブ嬢に惚れてたからローゼ嬢がこれ幸いと熨斗つけて押し付けようとしていたんだよー、とは言い難い。
案の定、オリーブ嬢は面喰った様子だった。
「私を……シオン君に?」
「いや、それはその……まあ確かに、ローゼが婚約者を退くのであれば、当然代わりが必要になるからな」
咳払いしてシオン王子が誤魔化す。
「しかし、だ。王族の婚姻は血筋や身分の問題だけではなかろう。政治的な思惑もある。如何にローゼが望んだとて、いや、たとえ私自身が望んでいたとしても、実際に婚約破棄は容易いものではないぞ」
「シオン殿下のご指摘は尤もです。が、そこは今まで巧く立ち回ってきたローゼ様です。何とでもする気概はあったのでしょう」
恋愛に浮かれているようでも、シオン王子はそれなりに冷静だったみたいだ。意外だ。もと無謀な人柄だと思ってた。失礼ながら見直した。
そういう意味ではローゼ嬢の方が夢見がちで、だからこそ婚約者を辞めたかったのかもしれない。
「ローゼ嬢が望んだように婚約を解消するためには、シオン殿下がオリーブさんと結ばれることが大前提となります。そこで障害になる可能性があったのは、オリーブさんの周囲にいる他の男子生徒たちでした」




