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14.真実はいつも

 金木犀の花言葉は謙虚、気高い人――真実。


 ……何と言うべきか。

 ただの偶然にしては出来すぎだろう。今はもう葉だけになってしまった樹を見上げながら、私は遠く想いを馳せる。

 もしも、という仮定は現実世界では意味を持たない。やり直しが効くのは何度もパターンを変えて繰り返せるゲームの中だけだ。


 あの日、私たちの運命は分岐した。


 どうしたら惨劇を止められたのか、今となっては考える必要もない。罪と偽りに相応の報いがあればいい。

 そうは承知していても、やはり微妙にやる瀬ない気持ちになる。


「……先生」


 ぼんやりと旧校舎の中庭に佇んでいると、背後から声が掛かった。

「ギル君……」

「オリーブが……来たよ」

 振り返ると、ギル君から半歩離れてオリーブ嬢の姿があった。風が強いので、長い黒髪が乱れないよう片手で押さえている。ちょっとした仕草も可憐なんて、生まれながらのヒロインってのはまったく羨ましい。


 現時刻は十五時を少し回ったところだった。今日は全学年とも遅くまで拘束される授業はない。いや、一部選択授業はあったかな。でも必修じゃないから融通は効くはず。

 食堂で解散したとき、私は放課後に旧校舎を調べると明言した。すでにギル君以外にサボった生徒はいなかったことを確認している。

 私とギル君は犯人当て推理の刷り合わせをした後すぐに旧校舎に来てしまったから、何か細工ができる時間はない。まあ今更どうこうするとも思わないけども。


「先に来てくれて良かった。オリーブさんはしばらくの間、ここでギル君と一緒にいてほしいの」

「アニー先生……?」

 オリーブ嬢は怪訝そうだった。不安に満ちた黒瞳は、どこか小動物を思わせる。私の指示する意図が捉えられず、混乱しているのだろう。

「言いたいことはわかる。でもお願い、必要なことなの。後でちゃんと聞くし、説明するから……ちょっとだけ待って」

 戸惑うオリーブ嬢をその場凌ぎにもならない言い訳で制する。教師の言いつけなら理不尽でも聞くというタイプだとは思わないから、納得するかどうかは賭けだ。


「オリーブ、先生はあんまり頼りにならないように見えるかもしれないけど……意味もなく言ったりは、しないから」

「そう……そうよね」

 ギル君が助け船にもならない発言をする。何故ここでディスられるかな、っていう私の複雑な気分は置いといて、オリーブ嬢は自らに言い聞かせるように幾度か頷いた。

「わかりました。アニー先生を信じます。何かお考えがあるんですね」

「ええっと……まあ、一応」

「いえ、先日からの一連のことで、先生がちゃんとした方だとわかっていますから。あ……生意気を言ってすみません」

「ははっ……あの、その、ありがとう」

 オリーブ嬢はさすがヒロインなだけあって基本的には素直な性格だったので、新任教師の乱雑な言い分でも容易に受け入れてくれる。

 深慮遠謀とは程遠い自分がむしろ申し訳ないけど、信用がなさ過ぎてもやりにくい。でも期待され過ぎても困る。矛盾を飲み込んだまま、私は誤魔化し笑いをした。


 それを見て、ギル君はあからさまに不安というか不満そうではあった。

 知っている。

 ギル君が気に掛けるのは飽くまでも――自分が興味を持った相手だけだ。だから内心では私の指示に従うのはあまり本意ではないんだろうなぁ。頼りない先生でスマン。


「私たちがここにいるとして、アニー先生はどうなさるのです? これも訊いてはいけないことでしょうか?」

「うーん……」

 オリーブ嬢の疑問に答えず、私は言葉を濁す。どこまで言っていいものやら。

「シオン王子たちと一緒に、現場をもう一度見たいと思ってるの。美術室……と、最後にローゼ嬢が目撃されたところ」

 金木犀の樹より上方を人差し指で示すと、オリーブ嬢は首を傾けるた。真上に近い場所だから、意識していなければ目を遣ったりしない。


 あのとき――もしも今みたいに白いバルコニーを見上げていれば、()にも別の選択肢があったのかもしれない。


 無意味な仮定が脳裏をよぎったが、私は敢えて考えないよう軽くかぶりを振った。



 + + +



 オリーブ嬢が来てから五分も経たないうちに、当事者というか攻略対象者全員が揃った。

 私が何を始めようとしているのか、困惑した、或いは剣呑な表情で待っている。ローゼ嬢の婚約者で遺体の第一発見者シオン王子、実弟だけど腹違いだからか距離感が微妙なカイト君、表向き反目していた幼馴染のユーハ君、同じく幼馴染で生前の最後の目撃者ルッツ君――。

 前世持ちじゃなくても卒倒したくなる面子だよ。私はこれから、ひとりでこいつらと相対しなければならない。必要に駆られてとはいえ、ちょっとばかし陰鬱な気分になる。


 ギル君とオリーブ嬢には外で待っていてもらう、と話したとき、皆一様に不審がった。


「どういうつもりだ?」

「まあ、それは追々」

 一番切れそうだったのはシオン王子だ。こいつ人の上に立つ立場にしては沸点低くない? 微妙に我が国の行く末が心配になる。

「落ち着けよ、シオン。この教師が意味もねェことをさせるような性格か?」

「……ほぅ、お前にしては珍しい。随分と買っているんだな、ユーハ」


 昨日の酒場でのやりとりが効いてるのか、ユーハ君は私を侮らない。

 今この場ではありがたいんだけどねー。百パー評価ミスだからねー。勘違いが続いてるうちに話を進めなければ。

「よろしいでしょうか、シオン殿下。日が暮れる前に終わらせたいと思いますので、とりあえず参りましょう」

「どこに、だ? 昼のときは旧校舎を再調査するとか言っていたな」

「その通りです。今一度、現場で確認したいことがございまして。まずは……」


 私は金木犀の樹から離れて歩き出す。戸惑いながらもシオン王子たちが続く。居残り組二人の不安気な視線が背に痛かった。

 危険なことはない……と思うけど。


「まずは、最初の地点からです」


 一度裏門のところまで戻り、歩を止める。

 すると迂遠だと言わんばかりにシオン王子が眉を上げた。そんな反応は想定済みなので、きっぱり無視シカトする。

「事件の日、皆様のうち……殿下とルッツ様はこちらの裏門からいらした。逆にユーハ様とカイト様は正門から。お間違いないですね?」

「各々時間は違うが」

 抑揚なくさらりと答えたのはルッツ君だった。

 あの日彼がやって来たのは四時半過ぎ、ここで遠目から生前のローゼ嬢を目撃している。

「疑っているのか? 言った通り、確かに俺はローゼの姿を見た。それにギルとオリーブも」

「ええ、ですから皆様の証言の真偽をはかるためにも、わざわざお集まりいただいたのですよ」


 証言の信憑性に対する問答なんか、いちいちまともに取り合ってはいられない。放っておいたら何度だって続くだろう。だから敢えて冷たい態度を取ると、ルッツ君は渋々と引き下がった。

「……いや、失礼した。当面はそちらのやり方に従う。それが筋だと思う」

「ご理解いただいて何よりです」

「それで? 校舎内を一周でもするのか?」

「ご明察です、殿下」

 口を挟んできたシオン王子への返答を、私はこの先の説明に利用する。

「正確には、皆様の立ち寄った場所を順に回っていきます。と言っても被る部分も多いでしょうが、各人しか赴かれていないところもあります」


「例えば殿下は狭い校舎脇を通って、正面入り口側まで抜けられたのですよね?」


「っ……ああ、そうだ」

 昼休みに聞いた通りの経路を繰り返すと、黒歴史が恥ずかしいのかシオン王子は頬を紅くする。

 思春期の葛藤を気の毒に思いながらも、私は真っ直ぐに次の行動に移った。

「参りましょう。あの日と同様に」


 再び歩を進めながら、私は聞いた通りのシオン王子の行動と視線を辿る。


 裏門――から、裏庭の金木犀。

 ギル君とオリーブ嬢。


 うん、今も待機してもらってるから、風景はほぼ変わらないはず。当時の方が時刻が遅かったけど、今の時期より少し日が高かったから、多少薄暗い程度だろう。

 ルッツ君は美術室のバルコニーを見上げてローゼ嬢らしき姿を捉えた。シオン王子は気がつかなかった。タイミングや視野の問題だから、両名ともそこまで不自然じゃない。


 私は校舎の裏口の方に向かう。施錠された扉はそのままにして、次に壁伝いに塀の隙間に入った。

 広くはない。人間二人が限度くらいの幅だ。

「よくここを通られましたね、殿下」

 薄暗くて、正直お世辞にも綺麗とは言えないスペースなので、通る通らない以前に王子様みたいな立場のひとの認識下にあるのが不思議なくらいだった。まあでも、一階の窓は大人であれば外から教室内が覗ける高さだから、旧校舎で課外授業を受けたことがあれば知ってるか。


「おそらくないと思いますが、殿下が通り抜けたとき、中に誰かいた様子はありましたか?」

「ないな……いや多分、だが」

 シオン王子は否定するも曖昧だった。

「私がそのとき、殆ど周囲に気を留めていなかったのは事実だ。ただ、裏庭でギルとオリーブを見て以降は、ローゼのいる美術室まで誰も見ていない」

「なるほど、そうですか……では、次は正面入り口の方に参りましょう」


 日影の脇道は狭いとは言っても障害物もなく、すんなりと抜けられた。シオン王子の申告は今のところ特段おかしな点はなかった。


 そして、正門――。


 裏門から対角線上の真逆にある、もうひとつの旧校舎出入り口も今は固く閉ざされている。

 今は夕方寄りの時刻のため、東側に位置する正門は日影になる。西日が当たる裏庭とはまさに対照的に、校庭っぽいスペースもあった。

 本校舎から正門と裏門へは、それぞれ別の道を使ってでしか辿り着かない。


 そこをイレギュラーでショートカットしたシオン王子は、校門の方には行かず、校舎沿いに右折して正面入り口から建物内に入ったんだよね。そのまま表階段から四階へ……というコースだ。

 ここでちょっとだけ矛盾、というか気になる点がある。五時を回った後の正門側は決して()()()()()()()()。少なくとも――ローゼ嬢の遺体を発見された時刻、私が美術室で叫んだ時点では。


 そう、ギル君とカイト君の二人が正門のところにいたはずなのだ。


 偶然会って世間話をしているところで私の悲鳴を聞きつけ、第三、第四の遺体発見者となった経緯がある。

 ちなみに、直前の五時の時点での各人の位置関係はというと……ギル君がまだ裏庭、シオン王子が校舎脇の隙間道、カイト君が二階調理室、ルッツ君が四階美術室隣の空き教室、ユーハ君はすでに旧校舎を後にしている。

 物理的にここからローゼ嬢を殺せる人間は、多分いないと思う。いや、全く不可能だとは言い切れないけれど……。


 結論に至るのは、まだ早い。


 私はゆっくりと身体の向きを変え、シオン王子から次の証言者へと向き合った。

「カイト様――」

「……はい」

 姉のローゼ嬢によく似た面立ちの美少年が、緊張を隠せず小さく息を呑む。


 私は敢えて気を遣わず淡々と尋ねた。

「五時過ぎ、カイト様はこちらの正門から帰ろうとなさって……ギル殿下と遭遇した。間違いありませんか?」

「ええ、その通りです」

 眼鏡の奥の瞳の色に揺らぎはない。カイト君は最初に寮を訪れた際と同じ内容を答えた。

「ギル殿下とは校門前で会って……ちょっと立ち話をしていたら、先生の悲鳴が聞こえたので校舎に戻りました。以前お話しした通りです」

「……おい、待てよ」


()()()()()()()


「?」

「……ユーハ先輩?」

 口を挟んだのはユーハ君だった。

 問答をしていた私とカイト君だけでなく、ルッツ君とシオン王子も訝しげに眉をひそめる。

「どういう意味だ、ユーハ?」

「まさか……正階段から上った私とカイトがすれ違っていないのは不自然だとでも言うのか?」

「違ェよ」

 ユーハ君は粗野な口調でシオン王子の言葉を否定した。

「確かにご都合過ぎると言えなくもねェだろうが、シオンおまえが上階に行った直後にカイトが下りただけなら、たまたま鉢合わせなくても、そこまでおかしかねェよ。……なァ、センセイ?」


 含みのある言い方だった。

 やっぱりユーハ君は他の子たちよりは頭の回転が早いんだろう。時系列と空間を再構成して、()()()()()()()()()()()()()を把握している。

「あんた気づいてるはずだ。なんで――」


「オリーブと裏庭にいたはずのギルが正門にまで移動している? それこそ不自然だろうよ」


 鋭い視線が疑心を露わにする。

 私はその迫力に怯んで、上体を軽く震わせた。

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