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11.騒動の波から

 ギル君の攻略ルートでの展開を語る。


 ヒロインの恋の相手と悪役令嬢を殺す犯人が別の人間になることは、先に説明した通りだ。

 ただしギル君だけは例外である。

 むしろ、だからこそ私は彼を端から容疑者から除外していた。ゲーム通りならギル君は全くの無関係なので、安心して一緒に事件を追えると思った。


 安易な判断だったのかもしれない。

 よくよく考えてみれば、実のところギル君ルートにおける顛末が最も残虐かつ救いがなかったのを思い出す。

 被害者が()()()()()()()()()()()()()のだから。


 有体に言うと――ヒロイン以外の名あり登場人物が皆殺しされるのだ。


 ギル君は恋愛対象に対する独占欲が強い。好意のバロメーターが上がるにつれ、かなり病的な執着を見せ、自分以外の男をヒロインの視界から排除しようとする。

 ハッピーエンドの行き着く先が実はメリーバッドエンドとでもいうのか……ヒロインと結ばれると二人で祖国に駆け落ちするのだが、その前にギル君がヒロインを傷つけたローゼ嬢に報復し、ついでとばかりに他の攻略対象者ライバルたちも殺害してから出奔する。


 現実ではギル君の周囲はまだ平穏で、ローゼ嬢以外の被害者が出ていない以上、彼のルートではないものと推測していた。先日見た限りではオリーブ嬢にも普通の態度で接しており、異常値は見受けられなかった。

 無論、私の個人的な印象に過ぎず、わざと思惑を隠されていたとしたら、果たして見破ることができるかどうか。


 ゲームのストーリーを踏襲していれば、ギル君の虐殺は時間差なく、ほぼいっぺんに起こる。つまりイレギュラーが起こっていない限り、ギル君ルートの可能性は低い。

 それだけでなく、私自身が今までの付き合いから彼をある程度信用している。まあ確かに、ゲーム内での性格を鑑みれば、危険度の高い人物には違いないのだが。


 少なくともユーハ君はあからさまに不審を抱いている。理由は理解できる。

 おそらくは事件当日、ルッツ君が金木犀の樹の下でギル君を目撃したせいと思われた。きっとギル君が()()()()()()()と疑ったのだろう。


 私は――未だ何も確信を持てないままでいる。

 






 ◆ ◆ ◆



 聞き込みをした数日後、突然騒動が起こった。

 昼休みの時間帯だった。


 生徒たちの昼食は揃って食堂で取ることに決まっている。収容人数に限りがあるため、学年ごとに時間が異なる。一学年から三学年(十二歳から十四歳)は前半、四学年と最高学年(十五歳から十六歳)は後半、というように。大雑把に成人以上と未満を分けた感じだ。

 教師は別室なので、食堂の生徒の様子はわからない。まあ余程の騒ぎでも起こらない限りは、だけれど。


 だから最初は今日はやけに生徒たちの声が煩いなぁ、くらいの感覚で、まったく気づかなかった。

 残念ながら、教師は我関せずタイプが多い。貴族の子女ばかりの学園で下手に口や手を出すと、とばっちりを受ける率が高くなるのは誰でも知っている。教師自身も貴族階級出身とはいえ、ねぇ……家も継げず国政の主だった地位にも就けない男か、マトモな嫁ぎ先に恵まれなかった女しかいないからねぇ。例に漏れず私もそうだけどさ。


 しかし事なかれ主義だとしても、目に見えて管理不行き届きの事態は避けたい。ただでさえ先月、不穏な事件があったばかりだ。

 食堂からヒステリックな悲鳴が上がったため、上司や先輩に強制され、私を含めた若手教員が連れ立って見に行くことになった。


 昼休み中はほぼ閉め切っている食堂の大扉を開けた瞬間、目に入ってきたのは意外な人物だった。

 学園内の、いや国中の誰もが知る相手である。


「シオン殿下……?」


 単純に驚いた。

 昨日特別男子寮に赴いてようやく会えた引きこもり王子様が、実に一ヶ月ぶりに学舎に現れた訳か。いったいどういう心境の変化だろう。午前の授業には出てなかったよな。


 シオン王子の対面位置にギル君とオリーブ嬢がいた。少し離れてルッツ君とユーハ君が並んでいる。他の生徒たちが畏れと好奇心を綯い交ぜにした視線で遠巻きに彼らを見守る。

 どうしたもんかと思案していると、不意に背後から声が掛かった。


「何かあったんですか、先生方?」

「カイト……様?」


 下の学年のため、とっくに昼食を終えて教室に戻っていたはずのカイト君だった。騒ぎに勘づいて様子を見に来たようだ。この子も事件後復帰したばかりで、周囲の空気に敏感になっているのかもしれない。


「殿下……先輩方も、いったい……?」

「ええっと……わたくし共も今来たところで、まったくよくわからないのですよ」


 変に誤魔化しても仕方がないので、私は正直に答えた。実際、説明を求められても困るしね。

 むしろカイト君が訊いてくれるなら都合がいい。いくら教師陣がいても、畏れ多くて王子殿下に直接何かを尋ねられる雰囲気じゃあなかった。


「カイトか……丁度いい。お前はこちらに来い。そして関係ない者は全員去れ。教師もだ」

「殿下……」

 慣れ切った命令口調で、シオン王子がギャラリーと化していた大勢の生徒たちに退出を促した。入れ替わりでカイト君が食堂に入室する。王族に命じられては、教師陣も身動きが取れない。

「あー……その、個人的な問題でしたら関与するところではありませんが、午後の授業には支障がないように」

「ふ……貴様、先日とは違い随分と日和ったことを言うものだな。所詮は下っ端教師風情か」

「え」

 他の教師の手前もあり無難なことを言って立ち去ろうとした私に、シオン王子が鋭い眼光を向けた。

「だが、致し方ない。貴様だけは残れ。任じられた職責を全うせよ、アニー教員よ」

「はあ!?」


 唐突に残留を求められ、私は思わず裏返った声を上げてしまった。とても王族に対する礼儀には適っていない。いやいやいや、だって何言ってくれちゃってるんですか、この王子様!?


 食堂に残ったのは――シオン王子に、ギル君、ルッツ君とユーハ君、今加わったカイト君、それにオリーブ嬢だ。つまり件のゲームの登場人物たち全員だった。

 要するに現在のゴタゴタっぽい状況は、例の事件が原因なのだろう。もしかしなくとも、この間の私の聞き込みのせいか……。


「この教師はお前の気に入りでもあるのだろう、ギル。お前が妙な真似をしないための質になるかもしれんな」


 一歩先んじたとばかりの余裕を讃えて、シオン王子がくっと笑う。対照的に、ギル君の表情は凍えるほど冷たく険しかった。

「……先生に、手を出したら、殺すよ」

「はっ。本性を現したな」

 シオン王子は芝居がかった仕草で、大仰に片腕を手前から払った。うっわぁ、なんてわざとらしい。


 ていうか、何血迷ってんの!?

 私が人質だとか殺すだとか冗談でも勘弁してください!!


「ちょっと……皆様、落ち着いて」

「扉を閉めろ、女」


 最早、教師に対しても不遜な態度を取り繕おうともせず、シオン王子は傲然と言い放った。

「ここからは内密の話だ。いや、そもそも貴様、不祥事が国外に知れる危険性があるのに、ギルと行動を共にしていたのは何故だ? 軽率とは思わなかったのか?」

「……お言葉ですが、ローゼ様のご不幸についてはとっくに知れ渡っておりますよ」

 うへぁ、と私は内心で辟易する。

 ただ変な疑いをかけられては堪らないので、私は昨日から続くハッタリの仮面を被り直して、なるべく冷静な印象を与えるよう努めた。

「ギル殿下にご一緒いただいたのは、あの日旧校舎にいらっしゃった方でもあり、かつローゼ様との付き合いが短く最も遺恨がないと判断したからです。昔からのご友人であり――事件当日周辺にいたであろう方々にもっとご協力を仰ぐことができたのであれば、その必要もなかったのでしょうが」

「……っ」


 あからさまな嫌味に、シオン王子は言葉を詰まらせた。そうだろう、何しろ非協力筆頭だもんね。


 少しだけ溜飲を下げてから、私はシオン王子の指示に従い食堂の扉を閉めた。

 昼食の片付けも終わっていない広い部屋に、今はもう七人しかいない。ヒロインと攻略対象者たちとモブの私。


 ……いや、本気で場違い感半端ないわ。


「それで……ご説明はいただけるのでしょうか?」

 所在がなくとも面倒でも致し方ない。私は話を進めるべく尋ねた。

「アニー先生だけでなく、僕もおうかがいしたいです」

「カイト……」

「シオン殿下とギル殿下の間に、いったい何があったのですか? オリーブ先輩も関係あることなのでしょうか?」


 幼さの残る面立ちとは裏腹に、毅然とした口調でカイト君が追求する。成人前の下級生のくせに、シオン殿下や――ギル君よりもずっと大人に感じた。

 さらに年上であるはずのルッツ君やユーハ君が、互いに困惑顔を見合わせる。客観的に語る分別があるなら、お役目は誰でもいいんだけどなぁ。

 唯一の女子生徒であるオリーブ嬢は、微かに涙ぐんでいた。胸元で握った手が震えている。ヒロインとしての性格を熟知している訳ではないけれど、軽々しく涙を武器にするタイプではなかった気がする。余程酷いことを言われたか、屈辱的な場面でもあったんだろうか。


「オリーブさん、大丈夫……?」

「アニー先生」

 オリーブ嬢は縋る目で私を見た。

「シオン君が……殿下が、ローゼ様を殺した犯人はギル君と私だ、と。二人で共謀したに違いないって……」

「!?」

「そんなはずありません!」


 私が吃驚してシオン王子を振り返るのと、カイト君が声を荒げたのはほぼ同時だった。

「オリーブ先輩に限って、あり得ません」

「お前は何も知らないんだ、カイト。オリーブがどんな女なのか」

「……ご自分が何を仰っているのか、わかっておられるのですか、シオン殿下」

 オリーブ嬢に好意的なカイト君は、シオン王子の発言を咎めた。いきなり何を血迷ってるのかという主張には同意するけど、よくよく聞くとかなり無礼でもある。


 カイト君と同様に、私だってシオン王子の考えは理解し難い。ただ……無視するには声も存在感も大きいし、こうも断言するからには根拠が皆無ではないのだろう、とも思う。


「仰るからには、理由がおありでは?」

 喧嘩腰スレスレの線で相手の顔色を窺いながら、私はぐいぐいと探りを入れた。

「昨日今日思い至った訳でもありますまい。一月も沈黙を守った末の結論、臣として、まずは最後までお聞きするのが筋かと存じますよ、カイト様」

「アニー先生、しかし」

「相変わらず不愉快な口を利く女だ。が、いいだろう。いずれにせよ公にすべき事実だからな」


 不快さを露わにしつつも、シオン王子は真顔になって頷いた。普通に立っていれば結構、いや相当な正統派美形イケメンには違いないんだよなぁ……と、私はどこか能天気な感想を抱く。


 それは兎も角、自国と他国の王子様の対立なんて、下手をしなくとも国際問題になり兼ねない。なのに敢えて声高に叫ぶからには、シオン王子には確信があるということだ。

 オリーブ嬢を庇うカイト君も、私の指摘を否定し切れないようだった。


「では……お教えください、シオン殿下。何故、よりもよってお二人をお疑いなのですか?」

「知れたこと。あの日、私は()()()()()()()()()


「……え?」

「は?」

「なっ……」

 

 幾人かの声が被った。

 驚愕と不審と反発と――声のトーンは異なるが、シオン王子の唐突な告白が予想外過ぎたのは間違いない。


「先におうかがいした際は、どなたにも会わなかったと仰られた。少なくともわたくしはそう記憶しておりますが?」

「それは……嘘、だ」

 当然の問いに、シオン王子は眉を顰める。

「方便と言ってもいい。私とて、あの場で容易に持ち札を切ったりはしない。何しろギルもオリーブも同席していたのだからな」

「ああ、なるほど」

 一応その理由は納得がいく。

 と、同時にもうひとつの事実も知れた。

「シオン殿下は先日の時点で……いえ、もっと以前から、彼らを犯人と見做していらっしゃったのですね?」


 引きこもりにも拒絶にも、原因はあった。

 シオン王子は誰も彼もを避けていたのではない。ギル君とオリーブ嬢だけを自分に近寄らせまいとしていたのか。

 二人を目撃した――そう言ったのはシオン王子だけでない。ルッツ君もだ。

 別に不思議ではない。ギル君は事件の日、わりと長い時間あの金木犀の樹の下にいた。でもイコール即座に犯人とは結びつけられるだろうか。


「……お前は何を見たんだ、シオン? 第一発見者だったよな。まさかとは思うが、決定的な……犯行の現場でも見たっつゥのか?」


 私が突っ込むよりも先に、ユーハ君が疑問を口にした。彼はもともとギル君に対して警戒心を抱いている。だから確証がほしいのだ。

 尤もそんな決定打があるのなら、最初から未解決事件にはなってないし、目撃者が他ならぬシオン王子であれば、いくら友好国の王子でも追及されてると思う。

 事件のあったあの日あの時間――シオン王子は本当はどういう行動をして、どこで何を目にしたのか。パズルのピースを探すように、我々は答え合わせの材料を待っていた。


「あの日、私は――」

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