前編
馬鹿みたいなアイデアから生まれた短編です。
こちらは前編。
西村;
さあ始まりました。全日本怨霊大決戦・決勝。
日本に存在するあまたの魑魅魍魎たちがその王者を決める大決戦。その最後の最後、最終戦にしてついに夢のマッチが実現いたしました。最終マッチ【貞子vsトイレの花子】。日本を代表する呪いの代名詞がその称号をかけて激突します!
空には月も星も何一つ見ることのできない暗黒の夜空となっております。この漆黒の夜を舞台に、これまで多くの者たちを地獄の底に叩き落して来た両者が激突いたします。
呪いvs呪い、それぞれが呪いという言葉の代名詞といってもおかしくないものが今宵、どちらが本物であるのかをここで決着をつけます。
実況は私西村と、本田アナウンサーの2人でお送りしていきます。いやー、本田さん。ついにここまで来ましたね。
本田;
ずっとこの戦いを待ちわびていましたよ。AブロックとBブロックそれぞれの戦いは、全てこの2人の圧勝でしたからね。
西村;
そうでした。お互いがこの決勝にしか敵はいないと言わんばかりの勢いで、トーナメントを勝ち上がってきていました。戦いの中では制限時間10分の中で、わずか30秒も満たない間に決着をつけてしまった試合もありました。その姿はまさに凄惨という言葉がふさわしい。地獄の主は自分なのだと観客たちに思い知らせていました。
今宵、その地獄の主がついに決定するのです。今ひっそりと戦いの舞台となる学校のトイレに、呪いのビデオが入ったテレビがセットされております。
本田;
どうやら、準備が整ったみたいですね。
西村;
戦いの火ぶたはついに切られました。あとは力と力のぶつかり合い、呪いと呪いをぶつけ合うだけです。
制限時間は15分。その時間の中で対戦相手を自分の世界の中に連れ込んでしまったものが勝ちとなります。お互いがお互いの得意な分野で戦いに挑戦できるこのルールでありますが、あらゆるからめ手を使ってくる猛者たちの中でも、勝ち残ったのはこの二者のみでした。
結局はどれだけ力が強いのか、それだけが頼りなのだと己の姿を通して示してきました。最強vs最強。この戦いの結果がどうなるのかはもう人間のちからでは予想することができません。
さあ、いまゴングが鳴りました。地獄の門が今開かれました!
本田;
まだどちらも姿を現してはくれませんね。やはり両者とも様子をうかがっているのでしょう
西村;
この戦い、両者を強制的に呼び出す関係上選手は対戦相手が誰なのかをその場に出てくるまで知ることができません。リング上で顔を合わせてしまったが最後、その運命に従って最後まで戦うしかないのです。
しかし、きっと両者ともに対戦相手はわからなくともそこからあふれ出てしまっている力を感じ取っているのでしょう。この先には化け物が待っている。互いに化け物としての勘がそう叫んでいるのでしょう。
刻一刻と過ぎていく時間。呪いのビデオは再生され、花子さんの名前はレフェリーの手によって今呼び出されました。もう後はお互いにその場から出てきて戦うしかありません。さあ、どっちが出てくる……!
おおっと、これは?!
本田;
花子さんの方が先に姿を現しましたね。
西村;
今トイレの花子さんが呼び出された声に従ってトイレの個室の中に顔を出しました。
生前たくさんのいじめに遭い、トイレの中に閉じ込められて死んでしまったというこの亡霊。彼女はいったいどれだけの期間呪いをためてきたのでしょうか。
おかっぱ頭に白いシャツ。生前の大好きだった服装だと言われております。そして赤いスカート、彼女はいったいそのスカートの中にどれだけの人間の血を染め上げてきたのでしょうか。その真っ赤に染まったスカートの上に今日は貞子までも取り込んでしまうのでしょうか。
トイレの花子さんが今、うつろな目を携えながら姿を現しました!
本田;
あの目はいつ見ても怖いですねえ(笑)
西村;
いつも変わらぬ呪いの目を携えながら、彼女は人間だけでなく多くの魑魅魍魎すらもトイレの中に引きずり込み、幽玄の闇の奥へ閉じ込めてしまいました。彼女の対戦相手のうめき声を、対戦後に聞いたものは一人たりとも存在しておりません。
さあ、彼女は便器から出てきてじっと呪いのビデオを見つめ続けております。自分の視線の先には対戦相手が存在している。「早く出てこい」そう訴えているようでもあります。
呪いのビデオはそれでもなお変わらずに暗い井戸をじっと映し続けています。さあ、貞子はこの状況にいったいどう出てくるのか……!
本田;
やはりトイレの花子さんの妖力とやらに押しやられてしまっているのでしょうね
西村;
カメラ越しにいる私たちにもしびれるような恐怖がトイレの花子さんから伝わってきております。貞子はこのまま出てこない場合には不戦敗として呪いのビデオは永遠に焼き払われ、彼女は二度とこの世界に姿を現すことができなくなってしまいます。それだけはきっと避けたいはず。
呪いの代名詞がここで歴史を終わらせてしまうのか?!
本田;
おや、ビデオの映像に何やら変化が起きましたね。
西村;
これは……なにやらビデオの砂嵐が急に始まりました。これは貞子出現の予兆でありましょうか? 本田さん、これをどうみますか?
本田;
おそらく貞子の方も出てくる準備をしているのではないでしょうか。あの井戸の映像は彼女のテリトリーみたいなものですから。その映像が乱れるということは、貞子がそちらを離れているということではないですかね。いよいよ試合が動きそうです。
西村;
ゴングが鳴ってからすでに90秒が経過しようとしています。あと30秒で貞子のタイムリミットが訪れてしまいますが……
おおっと、これは?!
本田;
貞子、動き出すだけでなくいきなり仕掛けてきましたね
西村;
さっきまで呪いのビデオの中に存在していると思われていた貞子は、一瞬のうちにトイレの花子さんの後ろに回り込みました。そのまま花子さんの首を絞めた!
白いワンピースに長い髪の毛で顔を覆った貞子、その髪に隠れた表情の裏にいったいどれだけ呪いを込めてきたことでしょうか。呪いのビデオをちゃんと見てしまえば最後、決してその呪いから逃れることはできません。その対象は人間だけでなく妖怪たちに対しても向けられ、彼らを呪いの井戸の底へと引きずり込んできました。あの暗闇の底にはいったいどれだけの骸が眠っていることでしょうか。
そして、目の前にいるトイレの花子さんさえもその一つとして引きずり込んでしまうのでしょうか! 状況は依然として貞子が有利です!
本田;
貞子はこれまでの試合のほとんどで、このように首を絞めてきていましたからね。きっと対戦相手がだれであっても同じようにいくのでしょう。
西村;
相手の呪いがどれほどであっても関係ない。お前は私の獲物なのだ! 言葉にせずとも、首にかけたその手からしっかりと花子に向かって伝えています。花子さんも必死に抵抗していますが、その手はまだ離れません。
それにしても本田さん、いくら怨霊といっても首を絞められると苦しいものなんですね?
本田;
やはり元は人間ですからねえ。怨霊になってしまってもそういったつながりはあるのかもしれませんね。
西村;
呪いvs呪いの戦いは人間の姿をほうふつとさせる試合風景となってまいりました。
呪いの力で締め上げられているトイレの花子さんは、生前のいじめの記憶でも思い出しているのでしょうか、必死の抵抗をしながら首にかけられた貞子の手を引き離そうとしています。花子さんの手が貞子の手を触れ首から離れろと力を込めます。
貞子もそれには応じずに首を絞め続けます。髪の毛で表情までは見ることができませんが、その奥底ではこの光景を楽しんでいるのでしょうか。絶対に除くことができないその闇の中で、呪いの主が花子を深い深い闇の底へと沈めて行こうとしています。
さあ、このまま試合は貞子の一方的な勝利で幕を閉じてしまうのでしょうか?!
全日本怨霊大決戦・決勝戦はまだまだ続きます!
お読み下さりありがとうございます!




