ep.1(前編)
「ただいまー」
玄関の扉を開けるがいつもの母の声が聞こえない。
不思議に思いリビングに向かう。
リビングの扉を開けると部屋は、一面真っ赤に染まっていた。
鼻に鉄の匂いがつく。
ソファの向こうには真っ赤に染まった足が覗いている。
ソファの向こう側に大きな影が動いている。
頭の中では警報が鳴っているのに体は言うことを効かない
恐る恐る影へ近づいていく
「お母さん?」
声を掛けるとその影がゆっくりとこちらを振り返り……。
――ガバッ
「っはぁ、はぁ」
布団から起き上がった俺は汗でシャツがびっしょりと濡れていることに気づきタオルで拭きながら新しい物へと着替える。
時刻は朝の6時。
もう一度寝なおすには遅い時間だ。
俺はそのまま朝の準備に取り掛かる。
兄さんがなくなってからこの夢をよく見る様になった。
俺が5歳のころ、両親は家に押し入った強盗に刺されて殺された。
俺は何故か助かり、病院で意識が戻った時にはすでに両親の葬儀は済んだあとだった。
両親が亡くなってからは兄さんが俺の面倒を見てくれた。
その兄さんもトラックとの正面衝突で一年程前に亡くなった。
遺体はひどい損傷のため見せられないということでDNA鑑定で身元確認をされた。
悪夢を見たせいか少し体がだるかったが、準備を終えた俺は高校に向かう。
満員電車に揺られながら高校に着く。
俺は赤月高校に通っている。
教室に入ると友人の真がこちらに気づいて近寄ってきた。
「よう、海斗。気分は……悪そうだな。今日帰った方がいいんじゃね?」
「おはよ。大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪かっただけだから。」
でもよ、とそれでも心配してくる真に本当に大丈夫だからと言って俺は自分の席に着く。
なおも真は何か言おうとするが、ちょうどその時チャイムが鳴って先生が入ってくる。
いつもの点呼が始まる。
「鈴木海斗」
「はい」
自分の番が終わり、ボーっとしていたら真が肩を叩いてきた。いつの間にかホームルームは終わっていたようだ。
「ボーっとして大丈夫か?次体育だけど出来そうか?」
「あぁ、悪い。大丈夫だ。すぐ行く。」
そう言って素早く着替えを持ち、真と一緒に教室を後にする。
廊下を歩いていると兄さんにもらった月をモチーフにしたブレスレットのチェーンが切れてしまった。
俺が中学に上がる時にもらったものだ。
俺はブレスレットを拾い制服のポケットに突っ込み、待っていてくれる真のもとに急いでかけていく。
「悪い。」
真に謝りながら近づいていくが、真の目を見て背筋に寒気が走った。
その時の真の目はまるで何の感情もない人形の様な目をしていた。
「真?」
俺が声を掛けると真はハッとして、ボーっとしてたよ。と笑った。
そこにはさっき見た目はなかった。
更衣室で着替えた後、体育館で準備運動をする。
種目はバレーボールだ。
俺はここでも少しボーっとしてしまっていたらしい。
田中が打ったスパイクを俺は顔面でキャッチしてしまい保健室に連行された。
真が付き添ってくれたが、その時に先生に朝から具合が悪そうだったと言っていたらしく、俺はそのまま保健室で休むこととなった。
最近よく眠れていなかったので正直ありがたかった。
ベッドに入ると眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。
目を覚ますともう放課後だった。
悪夢も見ることなくぐっすりと眠ってしまったらしい。
先生にお礼を言って保健室を出る。
教室にはもう誰もいなかった。
俺は荷物を持ち、更衣室で制服に着替えてから学校を出る。
外はもう日が沈みかけていた。この分だと家に帰るころには真っ暗になっているだろう。
家へと続く真っ暗な道を歩く。
住宅街なのに今日はやけに静かだ。
その静けさが少し不気味で家へと足を速める。
やっと、家の前に着くと壁に寄りかかるようにして真が待っていた。
時刻は夜の8時
この時間に?家の前?
待っているなら校門の所でもよかったのでは?
それともちゃんと家に帰れたのか心配してきてくれたのだろうか?
いずれにしろ、家の前で待っていてくれた友人に声を掛けないという選択はないだろう。
「真、こんな時間にどうしたんだ?」
そう問いかけると真は薄闇の中でゆっくりとこちらを向いた。
真がこちらに向かって一歩足を踏み出したとき、雲に隠れていた月姿を現し、真の姿を照らし出す。
「し、ん……?」
月に照らされた真の目は赤く光っていた。
頭の中で警報が鳴り響く。
―逃げろ。
だが、足が地面に埋まってしまったかのようにまるで動かない。
逃げようと頭は回転を始めるがうまく回らない。
その間にもどんどん真は迫ってくる。
「なぁ、海斗。お前、今までよく隠れてたよな。」
ゆらゆらと歩きながら真は意味の分からないことを言う。
俺は今まで隠れていた?何から?
いや、今はそんな事より逃げなければ。
その時、俺のスマホに着信が入った。
その音で足が動くようになり、一目散に逃げだす。
角をいくつも曲がり、公園に辿り着いた。
人がいない公園の中にある遊具を月がうっすらと青白く照らし出す。
ここなら隠れるところがありそうだ。
そう思い隠れるところを探そうと足を踏み出すと目の前にいきなり炎の壁が出現した。
驚いて後ずさると、後ろから足音が聞こえた。
背中を嫌な汗が伝う。
からからに乾いた喉でつばを飲み込みながらゆっくりと後ろを振り向く。
公園の入り口には真が立っていた。
炎の壁は俺と真を取り囲むように丸く広がる。
「真、どうしたんだよ。冗談もいい加減にしろよ。」
「……この炎の壁を見てお前は冗談だと思うのか?」
ゆっくりと首を傾げながら真はこちらに近づいて来る。
「なら、夢か。夢なら早く覚めてくれ!」
俺がそう叫ぶと真は瞳に何の感情もうつさないまま笑い出した。
「この炎の熱さを感じながら夢だと?海斗、頭がいかれちまったか?」
俺は真の答えに呼吸が荒くなる。
恐怖で何も言えなくなった俺を笑いながら真は、溶け出した。
顔が崩れ、ボタボタと白いペンキの様な物が落ちていく。
俺は声を失ってその様を見ていた。
そして、真の立っていた場所には
―化け物がいた。
俺はその化け物の姿を見て脳内に夢の映像がフラッシュバックした。
いつもと同じ夢、同じところで途切れるはずの夢の続きが見えた。
ゆっくりとこちらを振り返った影は今目の前にいる奴と同じような姿の化け物だったが、目は黒く、光っていなかった。
化け物の口には赤い血がベットリと付いていた。
化け物は俺を見ると嬉しそうに目を細め、ゆっくりと近づいて来る。
俺はその時も恐怖で動けなかった。
そして、化け物が目の前に来て俺の目の前で大きな口が開けられた時、兄さんが見たことも無いような剣でそいつを貫いて俺を助けてくれた。
俺はあまりの恐怖でそのまま気を失った。
そうだ、両親は強盗に殺されたんじゃない。
―あの化け物に喰い殺されたんだ。
俺は今まで封じ込めていた記憶が戻ったことと、あまりの気分の悪さにその場で戻してしまった。
「オエッ、ゴホッゴホッ」
「おいおい、人の姿みて吐くとかひどいなぁ」
と目の前の化け物は笑う。
俺は口を拭いながらなんとか逃げようと、尻餅をつきながらも後ずさる。
だが、それさえも面白いのか化け物はさっきよりも更にゆっくりとこちらに近づいて来る。
俺はここで両親のように喰われて死ぬのか?あんな風に死ぬしかないのか?
せめて何か武器になるものとポケットを探ると指先にほのかに温かいものが当たった。
それを取り出して確認すると兄さんにもらったブレスレットだった。
そういえば、これをくれた時に兄さんは肌身離さずつける様に言っていた。
お守りだからと。
よく見ると、ブレスレットは薄く光っているような気がする。
俺はそのブレスレットを一度握り締めると化け物に向かって投げつけた。
数メートルの距離にまで迫っていた化け物にブレスレットはまっすぐに飛んでいく。
ブレスレットが化け物に当たったその時、
パンッ
と光ったかと思うと緑色の薄いガラスの様な壁が俺と化け物の間にできていた。
だが、その壁はところどころノイズが入っており、少しの攻撃で壊れそうに見える。
化け物は目がだんだん慣れてくると怒りに震え、緑の壁を殴りつける。
攻撃を受け、耐え切れなくなったのかポロポロと緑の壁が剥がれ落ち、ついには壊されてしまった。
「かいとぉ、遊びはもう終わりだ。ここで、お前は俺の体の一部になれぇぇぇぇぇ」
先ほどのスピードとは比べ物にならない程の速さで迫ってくる。
化け物の口が大きく開き、喰われると思った瞬間―
ドカンッ
辺りに爆発音が聞こえ、目の前は土煙に覆われた。