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虹の宝箱

 

「む。ベッド」


 ライガーは目を覚ますと、ふかふかのベッドで寝ていた事に気付いた。

 確かスライム君と戦って熱い抱擁を交わしてそれで……。

 とそこまで考えたがベッドで寝た記憶はまるで無い。


『ふぁ~あ。もう朝ですの? 誰かおりませんの〜? 熱いコーヒーを飲みたいですわぁ~』


 頭上では寝ぼけたロザリーがふわふわと周囲を漂っている。

 そして、ライガーが寝ていたすぐ隣にも同じようにベッドがあり、掛け布団がこんもりと盛り上がっていた。


「もしもし」

「んあ〜……からだがいたい〜」


 そのベッドへ話しかけてみると、なんとも苦しそうな声が返ってきた。


「失礼します」


 掛け布団を捲ると、身体をくの字に曲げたパジャマ姿のベティが現れた。


『ベティさん、何をやっていますの?』

「昨日皆を運んでベッド作って、ってやったから筋肉痛で……」

「なんと。心遣い感謝致します」

『でももう朝でしてよー! おほほほ』


 ロザリーが元気よくがぴかぴかと発光する。

 実際のところ、ライガーも身体に快調感を覚えていた。


「ぎゃーー眩しい……まだねるぅー……」


 ベティは再び布団に包まって動かなくなってしまった。


「ここまでして下さったのです。休ませてあげましょう」

『ライガーがそう言うのなら……あら? あれはなんですの?』


 ロザリーが耳で指し示した先、部屋の隅に虹色の小さな宝箱が置いてあった。


「スライム君と同じ色ですね」

『さっそく開けるのですわ!』


 ライガーが宝箱に触れると、仄かな温もりと微妙に振動している事に気付いた。


「すごく怪しいのですが」

『何か飛び出てきそうな……そうですわ、貴方、反対側から開けてみてはどうかしら』

「なるほど。こうですね」


 ライガーは宝箱の反対側にまわり、蓋にかけた手をゆっくりと持ち上げる。

 すると、しゅわしゅわ、と何かが泡立つような音と共に虹色のきらめきが勢いよく噴き出ててきた。


『わっ なんですの!?』

「普通に開けていたら直撃していましたね」


 宝箱の罠のようなものだろうか。あれにぶつかっていたらどうなっていたのだろうと不安になりながら、ライガーは噴射された虹色の先を見た。


『あ……』

「む。ベッド」


 こんもりと盛り上がった虹色の掛け布団を捲ると、虹色になったベティが寝息を立てていた。


『と、特に問題はなさそうですわ!』

「はい。問題ありません」


 そっと虹色の布団を掛け直し、何事もなかったかのように宝箱の中を覗く。


『こ、これは……』

「本です」


 豪華な内装に鎮座していたのは一冊の薄い本だった。

 本は小綺麗で真っ白の革装丁で、表紙には赤いりんごが一つだけ描かれている。


『うーん。魔導書ともちょっと雰囲気が違いますわ』


 頁をめくると真っ白な紙に文字が浮かび上がり、同時に無機質な声が聞こえてきた。


<初回起動中。>

<初回起動中。>

『本が喋った!?』

<声紋認証登録完了。>

「不思議な本ですね」

<こんにちは、ロザリー。 私はスーパーマネジメントブックです。>


 全てを読み上げると文字が消えて、すぐさま次の文字が浮かび上がり、読み上げる。


『なぜわたくしの名前を知っているんですの……?』

<その答えは次頁をご覧下さい。 空間認知は現在、最大半径の二十メートルに設定されています。>


 ライガーが言われるまま頁をめくると、次のような項目が表れた。


 ・ロザリー

 ・ライガー

 ・ベティ


『わたくしたちの名前! 不思議な本ですわ』

「近くにいる人の名前が分かるのですか」

<はい。生物がスーパーマネジメントブックの半径二十メートル以内に入れば、この頁に名前が載ります。>

「スーパーマネジメントブックさん、すごいですね」

『……貴方ちょっと名前が長くありませんこと?』

<はい。ではお好きに。例えばSMBとでも略していただいて構いません。>

「スマ本というのはどうでしょう」

『いいわね。では貴方は今からスマ本よ』

<……。>

『ねえスマ本。他にどんな事ができるのかしら?』

<はい。どれか名前を触ってみてください。>

『こう、かしら?』


 ロザリーが耳を器用に使い、自分の名前に触れた。

 すると頁が一瞬真っ白になった後、文字がずらっと羅列された。



 *ロザリー* 健康

 筋肉:F

 体力:ライガー依拠

 知能:F

 運命:A

 【特異魂魄(進化可能)】【悪役(先天)】


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『……なんですの? これは』

<マネジメント機能です。体調管理や身体トレーニングにご利用いただければ効果的かと思われます。ちなみに筋肉の項目に触れると慎重・体重・体脂肪もご覧になれます。>

「ハイテクですね」


 流れるように、筋肉の項目を触ろうとするライガーをロザリーの耳がはたく。


『知能Fってのが相当頭にくるけれど……この進化ってなんですの?』

<ヒトは大小関わらず経験を経て成長します。それはモンスターやお化けも変わりません。ロザリーの場合は進化という形で成長するのです。>

『わたくしは人間ですわ!』

<はい。ですが、現在は特異魂魄という区分になっています。人魂でありながら物理的な干渉を受ける特異な存在ですので、順調に進化していけば人間になれるかもしれません。>

『なんだか納得いきませんわ……』

<自分がどうなりたいか、強く思い描き、力んでください。それで進化できます。>


 ごくり、と生唾を飲むロザリー。


『やってみますわ。……人間……人間にわたくしは、なりたぁぁぁあああいですわー!!!』


 ロザリーが激しく発光する。

 まず今の身体から人間になるには何が足りないか。何というかもう殆ど足りないけれど、手が欲しいとロザリーは考えた。

 耳だけついてたってしょうがない。足はなくとも浮いて移動出来るから大丈夫。

 だけど手が無くては制限される行動が多すぎるのだ。


『はあ……はあ……やりましたわっ』


 光が収束すると、ロザリーは確かな"手"を実感していた。

 目の前にそれを持ち上げて確認する。


『右手! まごうことなき右手ですわ。指も自在に動かせる!』

「おめでとうございます。立派な"尻尾"です」


 ロザリーは少しだけ現実逃避をしていた。

 右手があるのは間違いないのだが、それは背中から生えた尻尾の先であった。


『珍妙すぎますわー……』


 それからしばらく。

 ロザリーは自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回る遊びをひとしきり楽しんだ。

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