天地抱擁
正面から組み合うライガーと、ヒトの形へと進化した虹色のスライム。
「んぎぎぎぎぎっ」
「ふふふ! 楽しい! ふふふ!」
『ライガー! がんばれですわ!』
「押されてる……このままでは……」
いよいよ堪えられなくなったライガーがバランスを崩した。
「隙ありだよお姉さんっ」
スライムが手四つを離さぬまま、思い切り頭を振りかぶる。
『ヘッドバッドですわっ あぶない!』
ずどんっ、と鈍い音と共にライガーの頭が揺れた。
「ぐあ……ぁ……」
ライガーの意識は朦朧として白目を剥いたままふらふらと首を揺らしている。
「さあ、まだまだだよ……美味しく、なってねっ!」
スライムが手四つを解いて、右拳を振りかぶる。
ずどん。
『うっ……おえぇ』
「ロザリーさんとダメージがリンクされているのですか……。 これでは二人とも危険です」
ライガーの腹にスライムの鉄拳が突き刺さっている。
「く、ククク……いいぞ。しばらくぶりだ、この感覚は」
腹部の苦痛により意識を取り戻したライガーだが、相変わらずニヤニヤと笑っていた。
「ボクに腹を打たれてそんな反応をする人、初めてだよ」
スライムが再度、拳を振り上げる。
ライガーには見えている。次も腹だ。スライムは執拗に腹を狙ってくるのだ。
内臓へダメージを与えて、獲物の動きを制限して捕食する。それがこのスライムが確立した狩猟方である。
無論、ライガーもスライムの狙いには気付いていた。内臓のダメージはそう短時間で回復出来るものではない。それならば、この打撃を貰う機会は少しでも減らすべきである。
しかし、ライガーは避けない。
ガードもしない。
「ふん……ッッ」
再度、腹に鉄拳が突き刺さる。
ただし急所は外す。意識して呼吸を止めて、一番ダメージの少ない部分で受ける。
『うぐぐ……さっきより全然痛くないけど、出来れば避けてほしいですわ……』
「な……なんで避ける素ぶりも――」
ずどん。
「──んがっ!?」
ライガーは鉄拳を腹に受けたまま攻撃動作に入っていた。
至近距離ならではの死角、スライムの頭上からライガーのハンマーパンチが降り注いだのだ。
「さあ。もっと打ってこい……それとも逃げるか?」
「ボクが逃げるだって……? おやつのくせにッッ」
ずどん。
「ああ、なんて戦い方をするんですか! 私がなんとかしなければ……でも」
ベティからはライガーの背中が見えていた。
鈍い殴打の音とともにライガーの背中が振動する。
ライガーはその場から一切足を動かさずにひたすら拳を振り下ろす。
ずどん。
ずどん。
ずどん。
スライムも守る事をしなくなっていた。
「逃げるか……逃げるものかッ……このッ……ふふ、あははは!」
「楽しいだ……ろッ? ハハハハ!」
『ちょ……ごふっ……くるしっ……』
足を止めて拳を突き上げる。
足を止めて拳を振り下ろす。
「あ、ああ……」
ベティはライガーの背後から聖域を見つけてしまっていた。
一人の戦士と一人のモンスターが作り上げる聖域は何人たりとも、不可侵。
ただ呆然とその光景を、暴力の聖域という矛盾を、熱くなる気持ちのままに見守ることしかできない。
互いの激しい乱打はいつの間にか、一発ずつ交互に行われていた。
力を溜めて、一撃を放つ。
息を吸い込み、次の一撃に備える。
避けてはならない。手を抜いてはならない。
徐々に一撃の間隔は開いていく、お互いの疲労がピークに達しているのだ。
だが動きが鈍ってなお、両者の一撃の威力は重くなっていった。
「これで……っ」
スライムの虹色が眩いほどの光を帯びる。最後の力を振り絞っているのだ。
ライガーは両手を広げて応える。
スライムは全身全霊の力を、この後の事など何も考えない力を拳一つに託し、ライガーの懐へ飛び込んだ。
それを真っ向から見据えるライガーの瞳には、心から笑うスライムの姿がうつっている。
そして、スライムの瞳には心底嬉しそうなライガーが。
「全力でこい……!」
「うおおぉぉおぉぉぉッッ!!」
キィィィイン。
「まぶしっ……ライガーさんっっ……!」
暴風のような光の奔流が沸き起こる。
聖域の中の二人は夢を見た。
それは二度目の走馬灯。
あるいは二人の理想郷。
共有された心象風景の中で二人は短く会話をした。
「楽しかったかい?」
「うん……うん!」
まるで親子。はしゃぐ子と、それを抱きしめる父のよう。
閃光が止み、元の薄暗い洞窟に戻る。
『うっ……おぇっ……カウント1……』
子は下に、父は上に。
『カウント2……』
既に二人は脱力して笑い合う。
『カウント3!! 勝負あり!……ですわぁ……がくり』
ぐるん、とスライムの上から退いて仰向けに寝転がるライガー。
「なんて良い世界なんだ……!」
歓喜の声をあげてそのまま寝息を立ててしまった。続けて大の字になったライガーの胸へロザリーがぽふりと収まった。
「はぁ……」
ベティは夢心地で一部始終を反芻するように、うっとりとした表情のまま固まっている。
「本当に楽しかった。 ボクが疲れてもヒールをかけて続行なんて……逃げられるわけないじゃないか」
スライムは人知れずその場を去る。
小さな虹色の宝箱を残して。
「また来るからね」




