追放、ダンジョン送りの刑
王国から遠く離れた辺境。
ライガーはその地の薄暗い地下室へと連行されていた。
「王子の暗殺未遂に暴行……とんでもない犯罪者だな? 受刑者ロザリー。それから……ベティだったか」
がたん、と太い鉄格子が降りた先で看守が続ける。
「長生きしたければ、くれぐれも奥深くに進もうと思わない事だ」
一行に課された処罰は国外追放……もとい、<ダンジョン送りの刑>である。
「ま、長生きしたところで何かが変わるわけでもないんだが。それじゃ、息災でな」
王国兵の高笑いが徐々に遠ざかっていく。
この国において、その内容はほぼ終身刑と変わらなかった。
戦い方の知らない者達にとってはそれよりも過酷な刑かもしれない。
普通の刑務所であれば、最低限の食事や寝床が用意されているものだが、このダンジョンはそうではない。
ただ囚人を放り込んで入り口に鍵をかけて終わり。それがこの刑罰である。
囚人に出来る事は、食料を求めモンスターと戦いながら地下へ進んでいく事だけ。当然、出口が地下にあるとは到底考えられず、ここを抜け出せた者は一人としていない。
『もう何もかも終わりですわ……』
「すみません」
ライガーからは悪鬼のような顔は抜け落ちて、またいつも通りの真面目な態度に戻っていた。
「な、なんで私まで……」
「出されたワインは宿屋のものですので。毒物混入の犯人と思われたのでしょう」
ベティへ真面目に説明するライガー。
当然、ロザリーの姿でそんな説明をすれば返ってくる反応は一つである。
「ロザリーさんがやったんでしょう! そのような搦め手で……いったいどれだけの人たちを蹴落としてきたんですか!」
「はい。すみません」
ライガーは真っ直ぐベティの方へ向き、頭を下げた。
「あれ? そんなキャラでしたっけ?」
『貴方、そんな娘に謝まる事は……』
謝る必要はない。本当にそうだろうか。
ロザリーは思い出していた。
純粋で真っ直ぐな瞳と、悪魔的な虐げる者の瞳。
どちらも自分の姿だった。
『わたくしが……間違っていたというの……?』
ロザリーは今まで己を俯瞰して見る事などなかった。鏡の中の綺麗にまとまった自分しか知らなかったロザリーは先程の凶行を振り返り、初めて怒られた子供のように動揺し、葛藤していた。
「ロザリーさん! 後ろ、何か光ってます」
「む。なにやつ」
ライガーが振り返ると、ロザリーの人魂が激しく点滅し輝いていた。
『う、ううぅ……わたくし……わたくしはぁ!』
「きゃあ! まぶしい」
光がどんどん強くなる。やがてあたり一面が真っ白に塗りつぶされて皆の視界を奪い去った。
『はぁ……はぁ……。認め……ますわ』
ロザリーの呟きを聞いたライガーはゆっくりと目を開く。
地下室は元の薄暗い空間に戻っていた。
そして、ロザリーの人魂に新たな変化があった。
「新たな筋肉……。お嬢様の魂に私は無限の可能性を感じます」
『何を言っていますの?』
「うさ耳です」
ライガーは両手を頭に乗せてうさぎのポーズをして状況を伝えた。
『まさか、生えてますの?』
「はい。ご立派です」
ロザリーの人魂からうさ耳のようなものが生えていた。
およそぼんやりした人魂なので明確にうさ耳だとはいえないが、シルエット的に中々のうさ耳である。
「あ、あの……。 その喋り方、もしかしてロザリーさん?」
『ベティさん!? 貴方、わたくしが見えていますの?』
「ああやっぱり! でもそれじゃあ、このロザリーさんは……??」
ライガーに視線が集まる。
ライガーはうさぎのポーズついでに、ウサギ跳びをするかどうか悩んでいたところだった。
何故悩んだかというと、ウサギ跳びは古くからある鍛錬方法の一つではあるが、とても危険な鍛錬法だからである。膝を曲げてしゃがんだ状態からジャンプをして前に進んでいく動作は、下半身全体の筋肉、瞬発力を鍛える効果は抜群である。しかしジャンプという動作を挟む都合、本来の体重以上の負荷が膝に集中し、故障の原因となりやすいのだ。
まだまだ運動に不慣れなこの身体でやるにはあまりにも危険だとライガーは結論付けた。
「つまりは素人にはオススメ出来ない鍛錬と言えよう」
「えっ、なんですか?」
『悪魔のライガーですわ。変だけど、まあ……実はいい方でしてよ。多分』
「悪魔……。ああ! という事はロザリーさんは本当は悪い人ではなかったんですね」
『い、いえ……それは――』
「はい。全て私の企みです」
『なっ……』
「なぜあんな酷い事をしたんですか」
「悪魔ですから」
これほど便利な言葉はない。
諸悪の根源。理由を求める必要のない悪。
ただ、これから行動するにあたって少しでも打ち解けないといけないタイミング……と考えれば悪手かもしれない。
それでも、哀れなロザリーには友人が必要であるとライガーは考えていた。
『と、とにかく。わたくし達は生き延びなければいけませんわ』
「……そうですね」
一同は取り敢えずの目的の為に、今だけは同じ方向を向いている。
重々しい鉄格子に背を向けて歩き始めた。
ややぎこちない空気で三人が曲がりくねった道を進んでいくと、二手に分かれた道が現れた。
「二手に分かれましょう」
『ええ! 何故ですの?』
「そこに分かれ道があるからです」
「却下ですよ! 悪魔の言葉に耳は傾けません」
ライガーの提案は全力で却下された。
この時ライガーは嫌われ役を買って出た事にちょっとだけ後悔したとか。
『ま、まあ場合によっては有りかもしれませんわ。でも今回は左のほうから水の音がするから左にしませんこと?』
罪悪感か成長か、やんわりとフォローを入れてくるロザリーを見たライガーはこの時、やっぱりこれで良かったのだと満足げに微笑んでいたとか。
「水の音……ですか?」
「私には聴こえません。まあ左に進みましょうか」
『あら? こんなにはっきりと聴こえますのに……』
左方向に進むとダンジョンの壁はぬるぬるつやつやとしたものに変わっていった。
そして、全員に聴こえるくらいの水音がにじり寄るようにこちらへ近づいてくる。
『立体的な水? がこちらへ近づいてますわ』
人魂ロザリーがやんわりと発光して辺りを照らすと、水の塊のような不定形の存在が、手探りで歩く盲人がごとく壁にぶつかりながらこちらへ近づいてきていた。
「ああ……っ! 大変、モンスターです、スライムですよ!」
「む。皆さん下がって」
未知の存在。人類の敵。モンスター。
数多くの戦いを経験したライガーでさえ、まともに相手取れるか分からない異形の存在。
スライムがあらわれた。




