虹色破壊光線
「いたゾォ! 大きい女ダァ〜〜」
「ヒャッハー! ニクツボワッショイ!」
数匹のゴブリンが前方の通路から走り寄ってくる。
身体は子供ほどに小さく緑色で、顔は嗤っているのか怒っているのかよく分からないほど醜悪に歪んでいる。
『ひいいっ』
「さあ、きなさい!」
怯えるロザリーをよそにライガーがしいたけ袋を置き、前に出る。
「よしきた! ボクも出るよ」
スライム君も肩をぐるぐると回しながらゴブリン達へ立ち塞がる。
「が、がんばれー!」
狭い通路なので並んで戦うには二人が限界である。ベティは後方待機だが、念の為にいつでも交代できるように身構えた。
「ケケー! 一番ノリ――」
「ふんっ」
ごすっ、と鈍い音と共に飛びついてきたゴブリンの顔面へライガーの十文キックが突き刺さった。
「こいつら強いゾ! もっと仲間をヨベ〜〜」
騒ぎが大きくなっていく。
「オラオラァ! 低級モンスターがぁ!」
「ギョエーッ」
スライム君も飛び掛かってくるゴブリンへ鉄拳制裁を加え、ダウンを奪っていた。
「まだまだイクゾ〜!」
倒れたゴブリンを足掛かりに更に跳躍して次のゴブリンが飛んでくる。
「むうん、むうん」
「オラァ!あははは!」
蹴る。殴る。頭突き。蹴る。
全身を使って効率良く仕留めていく。
「二人ともすごい……。能力値は大差ないのに」
<経験の差ですね。二人とも踏んでいる場数が違うようです。しかし。>
『あ、ああ……! 向こう側まで見える限り緑色の……。なんですの? これは』
敵を観察するために天井ぎりぎりまで浮遊していたロザリーが怯えている。
無理もなかった。
彼女が見ていたのは、少なくとも40匹を超えるゴブリンの群れ。まるで氾濫した緑色の川である。それが怒涛の勢いで通路を埋め尽くし、こちらへ流れ込んできているのだ。
「ギャハーーーッッ」
ライガーが蹴り倒したゴブリンの背後から、別のゴブリンが襲いかかる。手には鋭利な刃物を持っていた。
「先生、あぶないッ!」
スライム君がライガーと凶器の間へ割って入った。
勢いよく突き出されたゴブリンナイフはスライム君の背中に吸い込まれていく。
「んグゥ……」
「スライム君!」
「ぼ、ボクはいいから。逃げ……いや、戦略的撤退を。先生、ここはボクに任せてくれるよね……?」
「ふふっ……。男をあげたな? スライム君! 生きて戻るんだぞ!」
ライガーたちは通路を反転し、走り始める。
『こっち側にはゴブリンはおりませんわ。 はやく!』
「スライム君! あなたの熱い思いは私にも届きましたよ」
ライガー達の撤退に気付いたゴブリンが後を追おうとすると、フルスイングされたしいたけ袋に吹き飛ばされた。
「アア! 女がいっちマウ――ごふっ」
「さあて。ようやく本気が出せるよ。舞台演出のご協力、たっぷりと感謝させてもらうよ?」
スライム君が振り返る。ふわりと銀髪が逆立ち、虹色の瞳が煌々と輝きだした。
「オマエ! 刺して動けなくなったハズ……?」
「愚問。 スライムに刺し傷は通らないよ」
「デモあの刃にはドクガ……」
「愚問。毒草なんてとっくに食べ飽きてるよ」
スライム君の右手が虹色に輝く。
まるで周囲のエネルギーを吸い込むかのように、きらめきが右腕に集っていく。
「これは誰にも見せたくなかったからね」
全身全霊を込めた一撃。あの時ライガーに放ったものよりも、もっと上。細胞単位で、周囲のマナをも使い果たす最後の一撃。
装填は完了した。
「ナ、ナニをする気ダ!?」
「愚問! 吹き飛べぇーーーーッッ!!!」
直後、通路を埋め尽くしていた緑色の川は一瞬にして干上がった。
…
……
………
ライガー達は曲がり角を曲がり、最初の別れ道まで戻っていた。
『まさか本当に二手に分かれる事になるなんて……』
その時、背後から強烈な閃光と共に凄まじい轟音が鳴り響いた。
『な、何事ですの?』
「スライム君がっ」
ベティが動揺して足を止める。
「……いけません。このまま進みましょう」
ライガーは誰よりもスライム君が心配であったが、彼の顔を潰すことだけは絶対にしてはならないと考えていた。撤退の成功、それが彼の示した勝利条件なのだ。
『そうですわ。生体反応はどうなっていますの? スマ本さん』
<はい。ロザリー、ライガー、ベティ。以上三名のみです。>
スマ本の声がいつもより更に無機質に聞こえることをその場全員が感じていた。
『単に距離が離れただけかもしれませんわ』
「はい……」
重い沈黙。道を行く足音だけが響く。
しばらく歩くと、スマ本が反応した。
<新たに生体反応有り。ノームです。複数体います。>
『こ、今度はなんですの!』
<比較的温厚な妖精族です。平均的な能力値を表示します。>
*ノーム*
筋肉:C
体力:C
知能:E
運命:F
【土いじり】【妖精】【温厚】
「能力的にはゴブリンとあまり変わりませんね」
『真っ直ぐこっちに向かってきますわ。どうしましょう!』
「いたしかたなし」
とりあえずファイティングポーズで待ち構える事にした。
「うおぉぉおおおい!! アンタらぁーーー!!」
子供くらいの背丈で白髭を顔中に生やした小人が真っ直ぐに走ってくる。
茶色い頭巾を深くかぶっているので表情が全くと言っていいほど読み取れない。
「うぉおおおおぉおお……うおぅ!? アンタらデカイなまた!」
全力で走っていたノームは、ライガーの僅か数センチ前で急ブレーキをかけて止まり、ライガーを下から見上げた。
「はい。よく言われます」
『て、敵じゃなさそうですわ』
「よかった……」
緊張から解放され、ベティは大きく息を吐いた。
「アンタらさっきのデカイ音はゴブリンとドンパチやったんぢゃろ? なに向こうから歩いてきたんぢゃ言わずともわかるわい。 とにかく緊張を解くにはちと早い。 ワシらについてくるんぢゃ」
ノームの一人が畳み掛けるように喋るとライガーの腕を引っ張った。
『あ、でもスライム君が……』
「そいつは戦士か? 助けに行くのは後ぢゃ。こちらも軍備を整えねばならんのぢゃから。ワシらの国に案内するのぢゃ」
「今は彼らを頼りましょう。ゴブリンの数は我々の手に余ります」
三人はゴブリンたちと敵対するノームの国に向かう事となった。




