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3.休みの日モフモフに出会う

「あっ」

「初めてだと痛いですよね」

「それはっ…」

「かなり加減してるんですけど」


初めてだから身体に力がはいっちゃうな。

あっそうだ、先に。


「朝から何をしている!!」


いきなり怒鳴り声と同時に扉が乱暴に開かれた。

ビリビリとお高そうな年代物の本棚のガラスがその声でふるえる。


仁王立ちの中年男性を見れば、驚いたように目を開いて固まっていた。しかも背後にも何人かの若い騎士さんが隙間から顔を出している。


「お腹から声を出すってこういう声のことかなぁ」


私もあまりの大音量に違う意味で感心した。


「おい、密室で何をしていた!」


先にフリーズが解けた中年男性、彼も騎士なのか制服の色は青。袖は金色の刺繍が映える。

顔の彫りが深いから色に負けないんだろう。

年はいっても渋みがいい感じのスパイスになりカッコいい。彼は、ブーツの音を響かせ近づいてきてまた大声を出した。


「答えろ!」

「ネクター様! 女神様の化身に失礼です!」

「ヴィン! お前は黙っていろ!」


なにやら私を挟んでにらみ合いが始まったが、ヴィンさんは、うつ伏せ状態。しかも私の片足が腰を跨いで上にある為に身動きができず。


「あっ、じゃあネクター様にもサービスしますよ」


長引きそうな予感がし提案をしてみれば。


「私は、そんな如何わしい事はしたくない!第一お前のその容姿で生意気な…」


あれ?


 目の前が白い。ヴィンさんのシャツの色だ。私が無理やり制服を脱がせた為にシャツ1枚の着崩れしている彼の背中は思っていたよりも大きくて。


 なんだかカッコ可愛い。顔は見えないけど。それより君、どうやって私の足から抜けだした?


あと、この私の顎辺りにある薄茶色のフサフサは。


「それ以上女神の化身を辱しめるなら報告しますよ。我が家の名を使って」

「な、ただ私は、部屋から如何わしい声がすると言われて…。わ、分かった。何か誤解があったようだ」


私の疑問をよそに二人の会話は終わりに向かっているようだ。


「……すまなかった。おい! お前達は訓練中じゃないのか? 付いてこい! 鍛え直してやる」

「げっ!」

「さっき終わったばかりなのに!」


間違いなく八つ当たりだ。


でもなぁ。おじさんは、言いたくない!という気持ちを抑え謝罪を口にしたのはグッド。


ある程度の年齢になっていくと謝るって難しくなっていくよね。プライドがかなり高そうなのに頑張ったよ!


そして心の中でとはいえ上からの物言いになった私もどうなの。


「早く外へ出ろ!」

「「ひぃ~!」」


ドアも閉まり、悲壮な声をあげた野次馬も消え静かさが戻った。私の興味は俄然この前にいる人物だ。


猫だったら、おそらくイライラしている事を表すように、いまだ左右に大きく揺れている茶色のしっぽにそっと触れてみた。


「あっ」

「ごめんなさい! 誘惑に勝てなくてつい」


くすぐったかったみたい。そんなヴィンさんに謝るも手は止められず、その触り心地の良さに私のテンションは上がっていく。

私は質問というか願望を話した。


「もしかして、変身というか姿をかえられたり?」

「…出来ますが、人前ではしません」

「そこをなんとか!」


明らかに嫌がるヴィンさん。

しょうがない。

こんな言い方したくないけど。


「肩や腰、動かしてみてどおですか?」


私の言葉に、彼はゆっくりと軽く肩を動かしたり腰をひねってみたりした後、少し驚いた様子で私を見た。


「軽いです。腰も楽になっています」


その言葉にニンマリしながら彼に囁く。


「ケガは治っても庇う癖のせいで、歪みがでていたからです。もう少し他も調節しましょうか?」


だから、見たいな。

じっと彼をみつめる。

彼は左右に瞳を動かし悩んだあと。


「…分かりました。ただ、また人に戻ると問題…」

「じゃあ!お願いします!」


無言の攻防戦の後、ヴィンさんは、私の願いを叶えてくれた。


「わー!! モッフモフ~! おっきいけど可愛い! 巨大メイクーンだ!」


ヴィンさんは、薄い茶色と白が混じった巨大猫だった。しっぽを見た時に実家の元野良猫達とは違い長毛だとは思っていたけど。


「いいっ!超癒される!」


大型犬よりも大きい猫さんを抱きしめ、スリスリとその豊かな毛に顔を埋める。

いわゆる獣臭はない。

無だ。


「にゃにゃ!」

「あっ馴れ馴れしいですね。ごめんなさい」


思わず首あたりに抱きつけば抗議するような鳴き声。


それよりも。

にゃにゃって!

可愛いよー!

言いたい!叫びたい!


「あ~!言いたいけど絶対怒るし!」

「みゃ?」

「あっ、こっちの話です」


だってね~。彼はきっと可愛いとか言われたらふて腐れそうなタイプだもん。


でも可愛いすぎる。


こんな近くに最大の癒しがいたのは驚きだよ。もっと早くに気がつけばよかった!


ああ。

もっと撫でくりまわしたい。でも本気で嫌われそう。ただでさえ距離置かれてるし。しょうがない。


私はモフモフから泣く泣く手を離した。


「未練たらたらですが、変身して頂きありがとうございました」


とりあえず今は諦めよう。そうだ。次回のマッサージの時にお礼はいらないから変身してと提案しよう。これでいくしかない。


ん?


「元に戻らないんですか? あっまさか戻る為には時間がかかるとか? え? これですか?」

「みゃ」

「どうぞ」


なんだか悩んでいる様子の後、椅子に掛けてあった制服を取ろうとしたので、その猫の手では難しいかもと私がとり、ヴィンさんの前に出せば。


ぱくりと服を咥えて、じっと私の目をみたかと思えば、また悩んでいる素振りにじれったくなってきた。


どうしたんだろう。


「元に戻れるならお願いします。帰る時間も多分迫ってきていると思うので」


誠に勝手ながら、ちゃっちゃとお願いしたい。

彼は私の圧に耐えられなくなったのか、ボンと音をたて人に戻った。


「あー?!」


彼は全裸だった。

いやこの年にもなればね。

でも凄いイケメンよ?

うん。


「無理だわー! 急所隠しても眩しい!」

「だから人前では嫌だって言ったじゃないですか!」


涙目になりながら更にシャツやズボンを引き寄せるヴィンさん。


「何事~?」


また勢いよくドアが開き今度は、あの副団長さんが登場した。


私とヴィンさんを交互に見て。


「あっ、邪魔しちゃった? そうだ、ここじゃなくて寝室ある部屋用意させようか?」


何を言ってるんだこの人は!

思わず叫んだ。


「「違います! 事故です!!」」


声が綺麗にハモった。

そして…なんか私が襲ったみたいに見えるからやめて。


服を抱きしめながら真っ赤な顔のヴィンさんを横目で観察しながらそう強く思うのだった。




* * *




「飽きましたか?」

「んー。なんだろう。変わらずの癒しのはずなんですが」


とある水曜日の朝。

私は副団長さんに見返りとしてお願いした、訓練中の騎士様達を間近にウォッチングと、これまた追加でお願いしたアイスを作って欲しいという要望が難なく通りまして、その最中なのである。


「う~ん、あの彼の筋肉のつきかた理想よね。でもなアレをみちゃうとなぁ」


数週間前の猫に変身したヴィンさんには敵わない。あの大きな肉球やモフモフの毛。


いや、筋肉も勿論いいのよ。

普段職場では、スーパーの中に店舗があるせいか年配の方の来店率が高くて。力を入れすぎないように気を遣うくらい。だから、こう、ちょっと力入れたくらいじゃ大丈夫そうな美しい筋肉をそれも大勢の人を見放題。


楽園よ。


「なんと言いますか。モフりと筋肉は、またジャンルが違う癒しです」

「…残念ながら理解が」

「まぁ、私の好みの話ですよ」


君には理解ができまい。私は、騎士様達を観察しつつもう何回目になるのか分からない試作品アイスを口にいれる。


「おっ、結構いいかも」


こっちのミルクは濃いのでとても美味。

あとは。


「甘さがもう少し」

「ヨシダ様。召し上がった後、少し寄り道をしてもよろしいでしょうか?」


護衛さん、ヴィンさんに珍しく誘われた。


表情をみれば男性にしては大きな猫目、いや猫だったけど。その表情をみる限りは悪い事ではなさそう。「時間にはちゃんと帰れるようにしますので」と言われて異論はなく誘いにのってみた。


「ここです」

「えっと失礼します…」


何故か案内してくれたヴィンさんは私の背後に移動していた。


「「お待ちしておりましたわ!」」

「え?」

「じゃあ、お願いします。ヨシダ様、終わる頃にお迎えにあがりますので」

「ちょ、ヴィンさん?」


笑顔で去るヴィンさん。

どういう事?


「さあ、急いで仕上げましょう」

「あの、何がなんだか…」

「大丈夫ですわ。我々にお任せ下さいませ」

「えっと…」


何がお任せかを聞く前に、若い女性に両腕をがっちり掴まれ部屋の奥へと有無をとなえる間もないままズルズルと引きずられた。


「…なんか別人みたい」


鏡の中にいる人物は、私なんだけど、私じゃなかった。


いわゆるAラインと呼ばれている裾がふんわり広がった青緑色のドレス。肩は出ていないけれど胸元は大胆に開いているが、レースが沢山縁取られているので、露出は少なくみえる。


そして髪は結い上げられ、ドレスについているリボンと同じ色、鈍いゴールドのリボンが結ばれていて首のネックレスとピアスは、いかにもアンティークな、赤い宝石。


「この歳でこんな格好をする事になるとは」

「そんな。とてもお似合いですわ」

「ヨシダ様ヴィン様が」


これはどういう事か聞かないと。

いきなり放り出され、ひんむかれ疲れたし。


「ヴィンさん!」

「綺麗ですね。とても似合ってます」


近づいてきたヴィンさんに文句の1つでも言おうとしたのに。


「少し」

「えっ?」


ヴィンさんの手は私のネックレスへと触れどうやら少し動いてしまったようで、なおしてくれた。

その際手が肌に微かに触れ去っていった。


──何、この乙女シーン。

砂糖、今砂糖が山盛り降ってきた!


「いつも、それのが自然でいいと思います」


私は、女性は、足首をだすなとかこちらのルールが面倒でいつも学生の時に着ていたジャージで来ていた。


それが駄目だと?

苛立ちを察知したのかヴィンさんは慌て出した。


「あっ、いつもの服装についてじゃなくて、姿勢です!」

「姿勢…」

「はい。ヨシダ様は、いつも背を曲げてますよね。俺は、背筋を伸ばせばいいのにと思っていたんです」

「…多分癖だから」


私は、身長が176センチある。そして自分のスタイルは悪くないほうだ。過去の言葉を思い出す。


『なんだ。後ろからだとスゲーいいのに』

『いや、そもそもデカイだろ』


顔は地味。でも後ろからは、スタイルいい。自慢しているわけではなく、悩みだった。


モデルのような二重で可愛い顔ならよかった。一重で唇もうすくふっくらなんてほど遠い。無意識に背は丸くなっていった。


「鏡みてみましたか?」

「みました」

「どうですか?」

「…わるくない…です」


鏡の中にいる私は、目を隠すくらいの前髪が横に流され、瞳はアイラインをしてくれた人の腕がいいのか一重なのにくっきりしているし、薄いコンプレックスの唇もリップではなく赤まではいかないけれど強めの色をのせられ輪郭がはっきりとしていて違和感はない。


「以前より血色もよくってよかった。ちゃんと寝れてますか?最初、綺麗なのに顔色が悪くて、しかもあんな格好で驚きました」

「…初対面の日、目を逸らしましたよね?」


私は今でも執務室での事を覚えているんだから。


「すみません。覚えてないです」


なんだよ。

まあそんなもんよね。


「もーいいで…」

「ただ、綺麗な化身だなと」


まだ言うか。


「いいよ、もう」

「よくないです! 避けたい嫌な人にあの姿はみせない!」


あの姿って、たまに整体のお礼に催促して猫になってもらっているのが?


「変わる時、無防備な状態なんです」


それと私のコンプレックスとどう関係あるのかな。気を許している、特別だとか?

ぐるぐる頭の中で言葉が回るけど。

彼をみていて考えるのを止めた。


「うん。なんかありがとう。あと手」

「あっ! すみません!」


ヴィンさんは、私と視線を合わせる為に少しかがみ、いつの間にか両手を痛いくらい握られていたのだ。


手を握ったのは無意識だったのか、ザッと効果音をつけたいくらいの動きで後退した。


その焦りっぷりに思わず笑いそうになる。ちなみに側にいた侍女さんは笑いたくて、でも勤務中で笑えないのか顔を横に向け耐えていた。いや、面白いもん。わかるよ。


そして、なんかバカらしくなってきた。


「この世界の人は身長が高いからコンプレックスの背は気にならなくなってはきているから、まずそこからにしようかな」

「ヨシダ様」

「そうだ。今から名前で、よしこと呼んでもらえますか?」

「ヨシコ様」

「はい。名前がよしこなんで」


吉田 よしこ

私は自分の名前も大嫌いだ。

小学生の時はいじられ過ぎて中学に行くころには、それが何か? 迷惑かけてます?という感じになった。



慣れてるけど、やっぱり嫌なので、こっちでは自己紹介は、吉田と名乗った。


「考えたら、こっちじゃ関係ないし」


多分こちらの人達は、違和感を感じないし、そもそも名字でさえ不思議な響きと言っているくらいだから。


「残り時間わずかだと思いますが、騎士さん筋肉観察のあと、一瞬でもいいので変身お願いしますね」

「えっ! またですか?」

「だって、ヴィンさんのにゃん語とモフリは最高の癒しなんです」

「いや、でも」

「まーまー時間ないから外にまず出ましょうよ」

「いや、押さないで下さい!」


ヴィンさんの背中をグイグイ押しながら、もう堪えるのを止めた侍女さんとメイドさんのクスクス声に送られ、私達は、また外へと向かった。


後にジャージ、素っぴん姿からドレスアップし、見違えた彼女を見た訓練中の騎士達から可愛いとの噂がたちまち広がり、よしこに奇跡のモテ期が到来。


また整体やストレッチの方法を伝授し始め、騎士だけでなく一般市民の健康にも貢献していく事になるとは、この時の彼女はまだ知るよしもなかった。


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