1.休みの前日に
「ああ、我々の声は届いていた!」
「女神は我々を見捨てなかった!」
「早く大地に力を!」
…なんなのいったい。
私は、自分を労う為に、今、まさにアイスを食べようとしていたはず。
「あの」
「「おおっ! 言葉が通じるようだ!」」
「…」
…まだ二文字しか発してないんですが。
薄暗く顔は見えないけれど複数の男、オッサン達がキャッキャ騒いでいるのが聞こえる。
私は、ワンルームに一人暮らし。
オッサンと、しかも複数となんて暮らしている覚えはない。
* * *
今日は出勤前から遅番とミーティングがあるから遅いと諦めていた。
案の定11時頃に我が家に到着し、玄関で靴を脱ぎ捨て部屋の電気をつければ、飾り気もない小さな部屋が現れる。
「でも、ほっとするんだよね」
ここは私の城だ。
どんなに小さかろうが、自分で頑張って稼いだお金で借りているのだから。
肩にかけていたトートバッグとコンビニの小さな袋を床に投げるように放り出した。
「流石に疲れたな~。でも座ったら、もう立てない」
働けばお金は手に入るけど、疲れもセットだ。そして帰宅して汗を流すまでが難関だ。
座りたい誘惑をなんとか振り切りバスルームへ直行した。
「やっぱり先にシャワー正解。生き返るわ」
1番面倒くさい事は終わったし、汗を流したせいか少し気分がよくなった。そのまま小さな冷蔵庫へ。
「袋の千切り野菜ミックスしか買わなかったな。何か冷凍庫あるかな?」
ご飯を作る気力なんて残っているはずもなく、冷凍庫の引き出しを開けて物色してみた。
「あっ、肉発見! これでいいや」
お買い得で買った大量のひき肉を炒め甘辛く味をつけ小分けに冷凍しておいた最後の残りを引っぱり出した。
「うん。量も丁度いい」
ついでに冷凍ご飯をレンジで温め、どんぶりにご飯、鶏そぼろをのせ最後に紅しょうがを添えて出来上がり。
あとはコンビニで買ったサラダでオッケーだ。
「食べた~」
満腹になった私は、床に座り伸びをしながらソファーに頭を乗せた。
「もうこんな時間かぁ」
キッチンに置いてある時計を逆さまに見て溜息がでた。もうすぐ日付が変わる。
「休みの前日が1番テンション上がるのにな」
なんとも損をした気分になる。
「よし、せっかくの休みだ! 気分を変えよ」
私は、低くなりそうなテンションを払拭する為に、いそいそと冷凍庫から安売りの日に買った高級アイスを取り出し食器棚から小さなスプーンをとるとクッションに寄りかかった。
「一週間ぶりのアイス~♪」
鼻歌を歌いながらお値段のわりにはとても小さいカップの蓋を開け中のフィルムを剥がすも、すぐに後悔した。
「あ~ご飯食べ終わる頃に出しておけばよかった!」
銀色の小さなスプーンをアイスにつきたてれば、まだ硬い。
「でも待てない」
週に一度の贅沢だ。
ゆっくり少しでも長く味わいたい。
かといって溶けすぎると美味しくない。
「いっただっきまーす」
なんとか無理やりすくい食べようと口を開いたら、オジサン達がやたら騒ぐ暗い場所にいたのだ。
「ぶへっくし!」
我ながら豪快なくしゃみが出た。と同時に肩に何かが掛けられた。
「大丈夫ですか?」
ん? 若い男性の声だ。そして薄明かりのなか見下ろせば自分の格好はお風呂上がりだったのでキャミと短パン姿で左手にアイス右手にはスプーンって!
「もったいない!」
暗くても、いまにもスプーンから落下しそうになっていたバニラアイスがぼんやりと見えた瞬間、慌てて口にいれた。
──ああ。なんて濃厚なんだろう。
お高いだけあって口の中に残る後味も最高だ。
「う~ん! 美味!」
「プハッ」
私が口の中に広がる甘さに思わずにやけた時、今度は吹き出したような声がした。邪魔しないでよと尻餅をついたまま見上げてみれば。
「なんか違うなぁ」
「副団長失礼ですよ」
「ヴィンだってそう思ったでしょ? 手、離すの早すぎだよ。まあ大丈夫そうだけど」
吹き出したのは、金髪で多分青い瞳の制服の人だ。失礼だと言ったのは、薄い茶色の髪の人。
悪い悪いと言いながらもまだ笑っている金髪の人が片手を出してきた。
「ようこそ女神の化身」
声といい暗がりでも分かる。「この人イケメン」と私の脳は、この異常な状況よりもイケメンセンサーが優先された。
「その格好、とてもいいけど風邪ひいちゃうから移動しようか」
イケメン低音ボイス、金髪お兄さんに言われて私は、手に持っているアイスに気がついた。ああっ!
「溶けちゃう!」
力をいれすぎていたせいでカップの周りが溶けてきている! 私の叫びにチャラい、いやイケメンお兄さんがカップを覗きこみ。
「凍らせばいいの? はい、出来たよ」
お兄さんが手をアイスにかざせば、瞬時に固まった。
いや硬すぎです。
スプーンで表面を軽く叩けば音がした。
凄いけど…。
もう少し溶かしてと言おうと顔を上げようとしたら身体が浮いた。
「ぎゃ!」
「とりあえずお偉い様方が興奮して話にならなさそうだから、移動しようか」
私は横抱きにされ抗議する間もなく連れていかれた。
もちろんアイスは落とさないようにしっかり持ち直した。
「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます」
地下室から執務室のような部屋に運ばれお茶を飲む私。
イケメンみずから淹れたお茶を受け取りふうふうしながら飲んでみれば、香りでそうだとは思ったけれど紅茶だ。しかも美味しいじゃないか。
食後の胃に優しく染み渡る気さえする。
カップもまたいい。量を重視のアイボリー色のどっしりとしたマグカップで飾りもなくシンプルだ。紅茶は、色、香りを楽しむから浅いティーカップが正しいはず。でも今の私にはお上品に飲むティーカップよりコレが合う。
マグカップを両手で包むように持てば手に伝わる温かさでほっこりする。
さっきはアイスに気をとられていたから分からなかったけど、この格好では寒かったんだとぼんやりと周りを見渡しているうにち肩にというより身体に巻いている物に、今更ながら気がついた。
私は側に立っていた青年、マントを貸してくれた茶色い髪の人に話しかけた。
「これ返しますね」
「えっ!いいですよ」
立ち上がりぐるぐる巻きになっているマントをほどこうと前を広げたら。
「そのままでいて下さい!」
青年が慌てだしマントを外す手を止められた。
なんでだろう?
「慣れてないからそのままそれ使ってやって。ヴィン、いい店そろそろ教えようか?」
「副団長!!」
「冗談だって」
なんだか楽しそうな掛け合いが目の前で繰り広げられている。
二人を見て思う。
凄くいい!
制服姿も超がつくほどカッコイイのだ。
二人は騎士というやつかな。それに彼らの体格からすると、きっと制服の下には綺麗な筋肉がついているに違いない。
さっきは薄暗い部屋だったからか、あまり周りをというか、とにかくおじさん達のテンションの高さに圧倒され見えていなかった。
ああ、是非映像におさめたい。
写真でもいいから撮らさせてもらおうか。
なんならその腰にある剣を抜いて…。
「随分落ち着いているね」
正面に座っている金髪お兄さんが感心したとでもいうように話しかけてきた。
そうでしょうとも。私だって予備知識なしじゃあこんなに落ち着いていない。
「あのですね。私事ですが最近もの凄くストレス、苛立ちと疲れを感じていまして」
「それと今の状況関係あるの?」
「おおありですよ」
私は、丁寧に説明をすることにした。
でもその前に金髪お兄さんにお願いした。
「このアイス、少し溶かしてくれません?」
食べるのが先だ。