サイコパス的な男、勇者に断罪される〜魔王討伐の旅が終わったら用済みになりました〜
「勇者の名において、狂人ルーカス・ギラファを断罪するっ!」
一緒に旅をして偉業を成し遂げた青年が僕に向けてそう宣言する。後ろには同じく旅を共にした仲間の少女たち。そして僕の周りを囲むのはこの国の精鋭たる騎士達。
よくわからない……
そして勇者であるその青年は、閃光のごとく僕へ一気に肉薄すると聖剣を振りかざす。
「召喚」
そして見えない何かに阻まれる。
「ちっ!」
勇者の舌打ち、そしてようやくまとまる僕の思考。
「……なるほど、そういうことか」
「何を言って……」
安心して欲しい。ようやく君の意図を察したのだから。
「召喚!」
「召喚」
とても貴重な転移魔法のアーティファクトを使用して遥か上空に脱出した僕は竜の皮膜を使った落下傘で減速する。眼下に見えるは砂埃をもうもうとたてる土山。そこには大陸有数の栄えた都であると周辺諸国に名を知られた王都は跡形もなかった。
転移魔法のアーティファクトは王家でも宝物殿にしまってあるような代物だ。王家も、王都に集まっていた貴族も全滅だろう。巻き込まれた王都の住人たちには申し訳ないと思うが大義のためなので許してもらいたい。
すると離れたところに転移の反応があった。誰が転移してきたのかはだいたい察しがついている。
そこには膝をついている青年がいた。我らが勇者様ケンジ・サイトゥだ。異世界より召喚された彼は何を考えているかよく分からないし、すぐに切れるし斬りつけてくる奴だが勇者なのだ。きっと僕には分からない深い考えで動いているのだろう。ただ、僕の名前を何度もサイコパスという似ても似つかない名前に間違えるのはどういった理由か気になるが……
さて、勇者様が膝をついているのは大義のためとはいえ関係のない民草を巻き込んだことにことに心を痛めているのだろう。
しかしながら解せないのは仲間である少女が一人しかいないことである。あらかじめ準備していたのであれば問題なく全員離脱できるだけの時間はあったはずだが……。あれか、仲間にも貴族の息がかかっていたのか。王家出身で教会に属している聖女ララティーナは当然だし、女騎士も実家は貴族、盗賊の娘は元犯罪者だ平気で裏切るだろう。しかし奴隷の娘は勇者を裏切るとは思えないのだが、それに今一緒にいる賢者マリエンヌ・ルルゥは貴族として誇りを持っていたはずだ。用済みの今、項垂れる前に斬り捨てられているはずだろう。分からない。
感傷に浸っているところに水を差すのは気が引けるが勇者様に聞くしかないだろう。
「勇者様、ご命令通り罪深き王族、貴族供は一掃しました。たくさんの罪無き民が巻き込まれましたが大義のためには必要な犠牲でした。どうかご自分を責めないでください。しかしながら、どうしてお仲間が足りないのでしょうか? 転移に十分な時間は────」
ケンジ様は最初こそ惚けた顔をしていたが、僕が話しているうちに状況を理解したのか小刻みに震えだした。
何か不足の事態が起こったのか、それを聞こうとした僕の言葉を遮り彼は叫んだ。
「ふざけるなぁああああああああっ!!!!!」
一瞬回避が遅れていれば、僕の首と胴は泣き別れていただろう。先ほどまで僕の首があった場所を聖剣が薙いでいた。
「お前は、お前はなんなんだよっ! お前のせいで、お前のせいでっ! ラティナはっ、ラティナは……」
そして突然泣き出した。
「フィルも、アリアもクリスもみんなみんな死んだ。冒険者ギルドのルーナさんも、王都の酒場リンちゃんだって、みんなみんな死んだ。なのに、なのにっ! 何でお前がのうのうと生きてるんだっ! おかしいだろっ! お前みたいなイカれたサイコパス野郎は勇者である俺に大人しく断罪されるのが普通だろうがっ!! 俺は勇者なんだぞっ、俺は、俺は勇者なんだぁぁあああああああ!!!!」
そう叫んだっきり彼は項垂れてしまった。
どうやら勇者様は仲間を失った衝撃で気が触れてしまったようだ。仕方ない、気は進まないが賢者殿に聞くとしよう。僕は賢者殿に嫌われている自覚があるから不安だが、勇者様がこうなってしまった以上は妥協しよう。そう、思ったのだが……?
「よくも、よくもぉおおおおお! 死ねぇっ、狂人っ!」
親の仇でも見るような顔をした彼女は涙を流しながら、魔王の腹心を焼き殺した炎を始めとする無数の魔法を飛ばしてきた。
おいおい、まるでこうなることを知らなかったみたいじゃないか。
うん? 本当に知らないのか?
まさかこれは、嵌められたのか?
賢者殿は勇者様の意図を知らない。
そうか、私はまんまと勇者様に嵌められたのか。
なるほど、勇者様は言葉にして命令をしたわけじゃない。僕に全ての責任を押し付けられるおつもりか。いや、彼は最初からそう言っていたな、断罪すると。たしかに人族の救世主に大義のためとはいえ、同じ人族を虐殺したなどということはあってはならないのだろう。なら仕方ないことなのかもしれないな。
……けど、それに僕が従う義理はもうないよね?
「召喚」
そして僕はもう一つ持っていた転移魔法のアーティファクトで悠々と離脱した。
勇者様なら古龍が相手でもなんとかなるだろう。気が触れてたあれも演技だったんだし。
どうしようかなぁ、竜の餌とか言って確保していた魔族解放しちゃおかなぁ。
とりあえず、
「召喚」
疲れた、今日はもう休もう。召喚した我が家に入る。
「お帰りなさいませ、主人様」
「ただいまぁ」
出迎えてくれるのは僕の唯一の家臣だ。彼女は仕事ぶりはいいが口を開けば、恨み節や復讐復讐しか言わないから普段は家ごと別世界に送っている。
僕は普通の召喚師と違って僕専用の別世界に僕が送りつけたものしか呼び出せない。随分と奇妙な能力だ。まあ精霊界なるものがあるのだ、僕専用の世界があってもいいのだろう。僕自身は行くことができないが。
それにしても彼女は妙に機嫌がいいように思える。何かあったのだろうか?
「今日は随分と機嫌がいいようだが何かあったのかい?」
すると彼女は軽くフフっと笑うと嬉しそうに話し始める。
「先ほど見た風景は王都近郊ではありませんでした。そしていつもの勇者のゴミ供もいません。魔王討伐の旅が終わったのです、王都の邸宅で呼び出されなかったのですからきっとすぐに式典があったのでしょう。そして魔王の脅威が去り、勇者がいる今、主人様は用済み。有る事無い事理由をつけて断罪されるのは確定的ですね。今まで下手に力があったから見逃されてきた主人様ですもの。当然主人様のことだから置き土産してきたんですよね? 古代龍様が一柱消えたと速報がありましたので、ええ。王都はきっと壊滅ですね。ああ、ああ、ようやく、ようやく憎き王族、貴族供に復讐がなりました。生き残ったところで王都には何も残らないっていないでしょうね、そしたらあいつらは終わりだわ! アハハハッアヒッ、アハハハ! 主人様ならいつか必ず成し遂げて下さると信じていました。あちらにいる魔王や魔族は大喜びですね! あ、あのゴミ勇者もきっと酷い目に遭っているはず! 早くミラに知らせなきゃ、父親を瀕死まで追いやっておいて突然口説いてきたあいつは許せないって言ってたし、あとはあとは────」
「待て待て、まずは休ませてくれ! 話しは後でゆっくりとしよう」
なんてマシンガントーク、何を言っているのか少し分からない。こいつは僕のことを一体何だと思っているのだろうか? 僕が家臣に寛容だからいいものを、よそなら無礼打ちだからな!
だが、とりあえず休もう全てはそれからだ。
こうして僕は全て思考放棄して眠りについた。この日、僕のしたことが世界にどんな影響をもたらすのかも知らずに……
流行に遅れて乗って行くスタイル。本当はサイコパス的おっさんにしようと思ってたんだけどなぁ……