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絶滅危惧種少女群  作者: 色派にほ
3/7

第1章 蛯名いずほ ③

 結局、松前さんの結婚はあまり祝福されるものではなかったらしい。その教師はその年に島の方に転勤になって彼女も付いて行ったと聞く。成績が優秀でいい大学に進学できたのにもったいない。そもそも高校生が大の大人と不純な関係になることも許されないことだし、何しろ妻子のある人間にクラス中を巻き込んで手を出すなど言語道断許されないぞ、と周囲の大人たちは口を揃えて怒りの言葉を口にした。

 大学進学のために地元を出るにあたり、私も両親や担任の先生から、「実家を出るからって羽目を外して松前さんのような恋愛はしないでね」と口うるさく言われた。まるで悪い例のように、松前さん、松前さんと言うのだ。正直うんざりした。

 松前さんは確かに不純だったかもしれない。けれど、好きを貫き通した彼女を、彼女の恋を悪いものだとは思わない。周囲の大人はわかりきったように、正しいものを押し付けて、私たち子供の人生の舵を取ろうとする。だから、この恋愛が正しくて、この恋愛は間違っている、恋愛ごっこだと言われた私は、結局恋愛というものが未だに理解できないまま今日まで至ってしまった。

 というわけで、20歳、あと4ヶ月もすれば21歳になる私が、まだ生まれてこのかた彼氏がいない原因はこんな感じ。きっとこのままいくと、箱入り純粋娘は婚期を逃して、周囲に流されるままお見合いをして決められたルートを辿るように、結婚、出産、子育てをしていくのだろう。いや、まず結婚してくれる相手が現れるかって問題もあるけど。

 私には松前さんのように周囲に反抗できる精神力を持ち合わせていない。いや、ただ私がまだ恋をしていないだけかもしれない。恋は脳が騙して全身の細胞は遺伝子が好きな人を求め出すって言っていた。きっとその恋をしたら私にも周囲に反抗する力が現れるのではないだろうか。

「エビちゃん聞いてる?」

「ん?ごめん、聞いてなかった」

 昔のことに思い出していて、ここが寿司屋で3人がいることを忘れていた。

「もうーだからー、みんなで彼氏つくろうって話!作戦会議!!」

 はるちゃんは目をキラキラさながら最近どうですか?と聞いてくる。ハマ子と平っちの視線もこちらを向いている。

「わたし?」

「そうそうエビちゃんの!恋愛の話になると急に興味ないって無表情になるじゃん。男なんてどうでもいいわ〜思ってそうなエビちゃんの恋話聞きたいな〜」

「平っち、偏見酷くない?」

 確かに恋愛の話になるとよくわからないから人の話を聞くだけになっちゃうけど。そんなに無表情だったかな。

「だ〜から!さあ、教えて!平っちもハマ子も気になるって!」

「え……でも私、多分恋したことないし……」

「なんだ〜」

「面白くないの〜」

 と、はるちゃんと平っちは口を揃えてぶーぶー言う。

「だから私の話は終わりということで他の人の話に」

「待って!」

 ハマ子が私の言葉を遮る。

「ん?どうしたハマ子」

「いま、多分って言ったよね。それって少なからずそうかもしれないことがあったってこと?」

「それは、うーん。多分……」

 そういうと、はるちゃんが目を輝かせながら私の肩を掴む。

「よし、話してみようか。私たちがそれをジャッチするよ!」

「う……うん」

 目を輝かせる3人の期待に添えるような話でもなければ聞いても面白くもない、小学校の教師の言葉から松前さんの話、そして現在に至るまでを話した。

「ふむふむなるほど。確かに、恋は遺伝子の戦争ですか〜どう思いますか、平っち殿!」

「はるちゃん殿、細胞が恋してるとはつまりどういう意味なのでしょうか?」

「はるちゃんも平っちも即興劇やってないで、エビちゃんの話聞いてた?」

 先程からいつも天然ボケ担当のハマちゃんが正当なツッコミを入れる。

「エビちゃんの話の中で一つだけ疑問に残るところあったでしょ?」

 ハマちゃんの言葉に首をかしげる、はるちゃんと平っち。

「だーから、小学生のころから、エビちゃんに声を聞くたび心臓が高鳴って、顔を見るだけで赤面して火傷しそうなくらいに頰が熱くなってしまう人がいたって話!」

「え?それはただの恋愛ごっこで、それは好きじゃないんじゃ」

「それ恋だよ。ゴリゴリの初恋だよ!」

 ズバっとハマ子が言い放った。

「でも、細胞も遺伝子も恋してないし」

「いやいやいやいや、声聞くたびに顔を見るたびに、制御不能になってんじゃん。理性失ってるじゃん」

 衝撃だった。雷に打たれてしびれたような。人生の中で雷に打たれたことなんてないから、この例えで正しいのか分からないけれど、頭から急にビリビリって衝撃が走って全身の鳥肌が立って全身の毛穴から酸素が入ってくる感じ。

 そして全身がこれでもかってくらい熱くなる。自分の頰を触っただけで火傷してるんじゃないかってくらいに手がピリピリしている。インフルエンザで40度近く熱が出た時もこんな感じで熱かったな。

 そうか。私、恋していたんだ。これは恋愛ごっこなんかじゃなかったんだ。初恋だったんだ。

 彼の笑った顔、眠そうな声、走る後ろ姿、隣を通ると微かな石鹸の匂い、綺麗な字が並べられたノート、履いていたスニーカーのブランド、瑠璃色のミサンガ、ペンケースの上に貼られたバレーボールのステッカー、音楽のテストの日に2人揃ってリコーダー忘れて後日再テストのために2人きりで職員会議が終わるのを教室で待った話とか、フォークダンスで手をつないで歩いたこととか。

 一気に走馬灯のように蘇ってくる。目をつぶったら隣にはるちゃんじゃなくて、彼がいるんじゃないかって。

「伊達くん……」

 伊達遊一。私の初恋の名前。


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