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絶滅危惧種少女群  作者: 色派にほ
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第1章 蛯名いずほ ②

「さっき平っちが来る前にも話してたんだけど、今時そーゆー恋人いない歴=年齢って人増えてるの。そりゃあ、生き方が自由になって選択肢が増えたこともあるよ。でも、絶食系の人が増えすぎじゃないかって思うの」

 はるちゃん曰く、恋愛をすることに無関心になっていることは、生物学上いかがなものかという主張らしい。

 確かに、恋愛に対して、特に性に関してネガティブになりすぎているように感じる。恋して、愛して、イチャイチャして、そりゃ場所は考えろって話だけど、なんだろう、過剰に拒否してしまったらそれが悪いことだって、なんとなくそんな空気感になっていたような気がする。

 これは私が小学生高学年の頃の話だけど、当時ラブレターを送るのが流行っていた。その中には気持ちがこもっているものから、からかいのものまで、様々。しかし、これが流行りすぎたせいで傷つき教師に泣いて訴えた子が現れた。そして急遽、学年全員が集まった中、学年主任の50代のおばちゃん先生が最初にこう言い放った。

「あなたたちは恋をまだ知らないんだから恋愛ごっこはやめなさい」

 それはラブレターをやめなさいってことだったんだろうけど、当時クラスの男の子に淡い恋を抱いていた私には、この感情が恋愛ではなく、「ごっこ」という偽物でしかなかったのかという意味にしか受け止められなかった。

 この何気ない教師の言葉は中学校に上がっても私を縛り付けることになる。

 周囲の友達が徐々に好きな人ができて付き合いだしてってしている中、私にはその恋愛ごっこから抜け出せないでいた。もうこの頃には好きってなんだろう、感情を知ろうと必死だった。

 だってその恋愛ごっこの頃から、声を聞くたび心臓が高鳴って、顔を見るだけで赤面して火傷しそうなくらいに頰が熱くなってしまう人が変わらないんだもの。これが恋じゃないとするならば、これがごっこだとするならば、私はいつ恋ができるのだろう。

 好きという感情を知れるのだろう。

 そんなことを考えていたら中学時代が終わっていた。そしてその彼とも高校は一緒だったけどクラスはバラバラだった。

「恋ってさ、人間が繁殖するために自分の脳を騙すことらしいよ。いわゆる理性を失うってやつ。まあ理性を持っているから人間関係ややこしくなるんだけどね」

 生物の実験で顕微鏡を使って微生物を観察中に、同じ班だったクラス委員だった松前さんがつぶやいた。

「どういう意味?」

「好きには抗えないってこと。もうさ、脳が好きって騙してるの客観的にみてわかっているのに感情がコントロールできないの、制御不可能。もう壊れたロボットみたい。滑稽だよね」

「いいじゃん、好きって感情があるだけで幸せなことだよ」

「でも好きになってはいけない人に恋してしまったら?」

「ん?」

 松前さんはメガネの奥にあるつぶらな瞳で一点に熱い眼差しを向ける。その先には薬指の光る無精髭の生物教師の姿があった。

「え?まさか」

「脳が騙した対象が悪かった。本当に」

 でもなんでそんなプライベートなことを、とりわけ仲がいいわけでもないクラスメイトの私に打ち明けたのだろうか。そう聞くと彼女は人差し指を分厚い唇にあてる。

「マーキング」

 彼女がなぜ私の質問にこう答えたのか、その意味も聞いた当時はわからなかったのだが、この一年後、高校を卒業してからこの会話の真相を知ることとなった。

 松前さんとその教師は卒業してすぐに結婚したのだ。驚いたことに、このニュースを知ったクラスメイト全員が、彼女が教師に結ばれない恋をしている事実を彼女本人から打ち明けられていたらしい。噂では、その中に教師の家庭を破滅へと追いやる協力者もいたとかなんとか。それは道徳的にどうなのだろうかと思うが、彼女のマーキングという周囲から外堀を埋めて好きな人を手に入れられたことはすごいことだなと思った。私には到底できないわ。

 そういえば、彼女は人差し指を唇にあてたまま、最後にこう言っていた。

「恋はね、遺伝子の戦争なの。好き!ってただ脳が騙しているわけじゃないの。脳が騙して全身の細胞が遺伝子が好きな人を求め出すの」

 彼女の言葉は、小学生時代から私を縛っていた言葉を壊して、私のからだにまとわりついた。


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