第七話 お買い物
「あ、あんたがゆっこが言ってた異能無し男だったんだ……」
「おう、村上一翔だ。よろしく」
「あ、いや……改めて、私は心山陽葵。よろしく」
陽葵は軽く頭を下げた後に顔を上げる。ナンパ男2人に絡まれていた時に寄せていた眉間のシワは鳴りを潜め、彼女の素顔が一翔の視界に映る。最初から美人だとは分かっていたが、素顔になるとますます凛々しく、クールな印象の美人だと一翔は感じた。
「それで、なんでひぃちゃんは邨上君と一緒に居たの? 二人とも初対面なのに」
陽葵の顔を覗き込むように結瑚は見上げる。
「あぁ、ナンパされてたんだけどさ。しつこくて嫌気がさしてた所にこの人が助けてくれたって訳」
「あー、成程。そりゃこんなゴツイ男に邪魔されたらナンパも逃げるよねー」
快活な笑みを見せながら結瑚は一翔の胸をトントンと叩く。それに続くように、大和も茶化したように笑いながら一翔の肩に腕をかける。
「やるねぇ大将。ナンパから助けるなんてギャルゲのテンプレみたいなことしてさー……フラグは立てられた?」
「バカッ! そんなつもりじゃねぇよ!!」
大和の冗談に、つい一翔はムキになって答える。別
「はいはい。お決まりの返しが来たところだし、みんな集まったんだから行こうぜ!」
「そうだね! 今日は思いっきり楽しもう!! ほら、行こ行こひぃちゃん!!」
「あ、ちょ、ゆっこ!」
大和の言葉に乗る結瑚は陽葵の腕を引っ張りながら街に向けて歩き出す。そんな結瑚に陽葵は困った顔をしながらついて行く。
「ほら。俺らも行こうぜ、邨上」
「あぁ」
大和に頷きながら、二人は結瑚の陽葵の後を追いかけ。たくさんの人が入り混じる華谷の街に繰り出した。
華谷の街には飲食店、ブティック、雑貨店、その他にも無数の街が所狭しと存在する。その中にある一つの店、〈格闘技ショップ アスマ屋〉の中に4人は入った。
「おおー! おっきい店だね!!」
玄関を抜けた4人に映る光景に、結瑚が驚きの声をあげる。
「流石は華谷にあるお店。品揃えばっちりだね!」
ボクシングや空手を始め、中国武術等のありとあらゆる格闘技用品が店内の棚に並べられていた。
玄関前でいつまでも立ち尽くしているのは他のお客さんの迷惑になるので、4人は店の中を練り歩き始める。
「それで、ゆっこと邨上は何を買うんだ?」
大和の問いに結瑚は答えない。目をキラキラと輝かせて、店の棚にある物を見渡すのに夢中で大和の声は耳に入っていないようだった。無視をされて苦笑いを浮かべる大和を不憫に思いつつ、一翔が口を開く。
「俺はオープンフィンガーグローブだな。今使ってる奴がボロボロになってきたから新しいのが欲しくてよ。後は……ウェイトリストも欲しいな」
「へぇ……でもそれ、普通の格闘技用品じゃね? SF用品は?」
「俺はいらねぇ」
「は?」
「SFは魂刃を使って戦うスポーツだ。けど、魂刃を使って人を傷つけるのは基本的に禁止されてる。だから練習の時は魂刃の形状の種類に合わせた練習用武器を使うんだが……俺の魂刃は手甲型だからいらねぇんだ」
大和は棚に置かれた商品を見渡す。一翔の言う通り、棚にはゴム製の短刀や木刀、槍先がゴムでできた槍等の物ばかりが棚に置かれていた。
「成程、得物が五体のお前にとっちゃこんなものはいらない訳ね」
「そういうこと。ところで……俺と我妻はともかく、心山はこんな店に来て退屈じゃないか?」
4人の中で1番後ろを歩いている陽葵に一翔は顔を向ける。大和は結瑚と一緒にお出かけする事自体が目的だと分かっていたからまだいい。けれど、格闘技用品店なんて女の子の陽葵が来ても面白くないんじゃないかと一翔は思った。
「別に……私は気にしないでいいよ。ただゆっこの付き添いで来ただけだし」
「あ、そ、そうか?」
案の定、陽葵は一翔に目を合わせずに無愛想に答える。取り付く島もない彼女の様子に苦笑いを浮かべ、一翔は大和の耳に口を寄せて小さな声で話しかける。
「おい、もしかしたらお前がフラグとか言うから変に警戒されてるんじゃねぇか?」
「えー、そうか? お前が気にしすぎなんじゃねぇの?」
「だったらいいんだけどよ……」
大和と違って女の子と仲良くなるために今日の買い物に来た訳ではないが、誤解を受けたままというのも一翔は嫌だった。
「ねーねー邨上君! ちょっと見て!」
コソコソと内緒話をしている一翔の傍に結瑚が近寄る。その手にはゴムで出来た短刀と小さめのダンベルが握られていた。
「私の魂刃、短刀型だからその練習用にこれと……あと、少し筋トレしようかと思ってダンベル買おうと思うんだけど、どうかな?」
「おぉ、いいんじゃないか? ダンベルは最初は軽めのを使った方がいいからな。お前の体格ならそれくらいでちょうど―――あっ!!」
何かを思い出したように一翔は大声を上げる。それに驚いた大和と結瑚はびくりと肩を震わせた。
「ど、どうしたの急に?」
「いや、一番欲しかった物を忘れてた! ちょっと待っててくれ!」
一翔は慌てた様子で三人から離れる。大和と結瑚は呆然とした様子で、陽葵は無表情のまましばらく待ち続けた。数分後に一翔は戻ってきて、三人に見せびらかすように持ってきた商品を両手で頭の辺りまで持ち上げる。
「これこれ! いやー、これが一番大事なんだよ、これが!」
「「……プロテイン?」」
一翔が手に持っていたのは大きな入れ物に入れられたプロテインだった。
「そうそう! これが効くんだよ! 10の効果の筋トレを100にも1000にも引き上げてくれる魔法のプロテイン!! その名も、アルティメットマッスル!!」
自慢気に解説する一翔に反し、大和と結瑚はどう反応すればいいのか分からないのか困ったように口元をひくつかせていた。
「これさえあれば、どんなガリガリもやし君も一カ月でタフなナイスガイに早変わり!! 貧相な体つきとはこいつでオサラバ!! 見よ、このアルティメットマッスルを使い続けて鍛えたこの筋肉!!」
唐突に服を脱ぎ、上半身裸になった一翔は筋肉を見せつける様にボディビルダーがとるポーズ、フロントダブルバイセップスを行う。盛り上がった力こぶと大胸筋がぴくぴくと震え、白い歯を見せて一翔は笑う。筋肉も合わさってその笑顔には大和と結瑚は暑苦しさすら感じた。
「俺もこのプロテインを使い続けてこの体を手に入れた!! 大和! 男ならこれくらいのガチムチナイスメンになりたいだろう!? お前もこれを買うか!?」
「嫌だ」
短く、しかしはっきりと大和は断る。
「我妻―――」
「絶対に嫌!!!」
一翔が言葉を言い切る前にはっきりと結瑚が答える。結瑚の強い拒絶に一翔は顔を曇らせた。
「な、なんでだよ? 筋肉要らないの?」
「「要らない。っていうかキモいからその笑顔やめて服着ろ」」
「な……っ!? そ、そんな……俺の筋肉が……キモイ……」
自慢の肉体を見てもらい、その感想が「キモい」なんていう侮蔑だったとは一翔は想像してなかった。
二人の素直な感想に一翔はショックを受け、その場にへたり込む。
今の流れを傍観していた陽葵はこの光景が面白くてつい笑いを浮かべてしまうが、彼女の笑顔に三人は気づかなかった。