第六話 待ち合わせ
一翔が天峰学園に入学してからの初の休日、大和達との約束の日。
とある駅の前で自分の横を通り過ぎていく人たちの服装に目をやりつつ、少しソワソワした様子で一翔は大和達を待っていた。
時を遡って昨日、大和から一翔の携帯にメールが届く。
『明日の朝10時、華谷駅前に集合ッ!! おめかしして来いよな!!』
華谷と言えば県内でも若者が良く集まる街として有名だった。そんな所に友達と一緒行くなんて初めての事だった一翔は少し緊張を覚え、約束の日の前夜に自分の部屋でなるべくオシャレな服の組み合わせを吟味して今日に備えていた。
「俺のこの恰好……浮いてないよな?」
緑のジャケット、白のシャツ、黒のデニム、スニーカーの組み合わせ。あまりファッションに関心を持たない一翔にとっては精一杯のオシャレだったが、自分と同じように待ち合わせをしているのだろう若者達と比べて自分の服装がおかしくはないか一翔は気が気じゃなかった。
「あいつら早く来ねぇかな……ていうか、遅ぇな」
一翔はジャケットの袖をまくり、腕に巻いたスポーツウォッチに目をやる。時刻は10時10分を指している。
「完璧に遅刻じゃねぇか! 遅れるなら一言電話するなりメールするなりしろっつの!!」
携帯を確認するも、大和からも結瑚からもメールや電話は来ていない。結瑚もそうだが、勝手に人をダシに使っておいて遅刻をする大和のいい加減さに一翔は眉間にシワを寄せながら愚痴を吐く。
「―――ちょっと、しつこいんだけどッ!?」
人だかりの多い駅前、ザワザワと騒々しく聞こえる通行人たちの声の中に混じった張りのある声が一翔の耳に入る。
「私、待ち合わせしてるのッ! あっち行ってよ!!」
声のする方に一翔は顔を向ける。そこには1人の女の子と、その子に話しかけている2人の男が居た。
「でも君、ずっとそこで立ち尽くしてるじゃーん。約束すっぽかされたんじゃない?」
「そこでずっと突っ立っててもつまんないでしょ? 俺らも約束すっぽかされてさー、同じすっぽかされた者同士で遊ばない?」
いかにも軽薄そうな男2人が女の子を誘っている。古典的な誘い文句を言ってる辺り、ただのナンパだろう。
「マジでしつこい、怒るよ?」
本当に鬱陶しいのか、女の子がしていいような声ではない低い声で相手の子が返す。
肘にまで届く黒いロングヘア、黒のパーカーにスキニーデニムを着た一翔と同年代に見える女子。くすみのないきれいな肌に整った鼻立ち。吊り上がった眼つきは不機嫌さによるものなのか生来のものなのかは分からないが、顔立ちがいい彼女の表情からは迫力の他にある種の魅力も同時に一翔は感じた。
「放っておいてもよさそうだけど、黙って知らんフリこいてるのもなぁ……」
三人の周りに居る人達に一翔は目を向ける。皆が彼女が迷惑に思っているのを分かっているのだろうが、関わりたくないといった様子で見てみぬふりをしていた。
ナンパをする二人組の男。一人は金髪で唇にピアスを付け、もう一人は色黒で白いタンクトップを着て露出させた左肩にはバッファローのタトゥーが見える。
二人とも程ほどに鍛えているのか、筋肉のついた太めの腕が二人に威圧感を持たせていた。それが誰も彼女に助け舟を出せない理由だろう。しかし、一翔から言わせればあんな腕は、小枝程度にしか見えない。
他の人にできないなら仕方がない、あんな光景を放っておくのは気分が悪かった。
「おー、悪い悪い! 待たせたな!」
「え?」
「「あ?」」
一翔が笑顔で三人に近寄る。突然話しかけられて彼女は驚きの表情になり、彼女に纏わりつく二人の男は野郎の声を聞いて不機嫌そうに目を細める。
「あれ、そっちの二人は誰よ? 知り合い?」
「え、あんた誰……あぁ、あんたか。遅いよ、もう!」
一翔とは初対面の彼女は当然の質問をしようとするが、一翔の思惑に気が付いたのか言葉を途中で止めて芝居にノってくる。一翔と彼女の芝居に騙された二人の男が一翔に近づく。
「誰だよ、おまえ?」
「いや、俺のセリフなんだけどそれ。そっちこそ誰よ? 俺はこいつの待ち合わせ相手」
「悪いんだけどお兄ちゃん、この子は俺らと遊ばせてもらうわ。もし逆らったら―――っ!!?」
男二人は一翔の体つきを見て絶句する。自分達の肉体によっぽど自信があったのだろうが、服の上からでも分厚い筋肉に纏われた一翔の体に彼らは狼狽えた。
「あんたらが誰か知らないけどさ、今日はこいつは俺と約束してるんだよ。それでも連れて行くか? あ?」
色黒の方の男に一翔は肩がくっつくほどにまで近づき、睨みつける。背は一翔よりも小さい色黒男は見上げる形で一翔の顔を見る。自分と比べものにならない程の威圧感を発する一翔に色黒男は恐怖し、口をわなわなと震えさせた。
「チッ……行こうぜ」
「お、おい、いいのかよ?」
「いいから、行くぞ!!」
「あ、ちょ……待てよ!!」
色黒男は逃げるように一翔に背を向けてどこかに向けて歩き出す。金髪男もそれについて行き、ある程度離れた所で一翔の方に振り返りながら舌打ちをして、二人は人混みの中に消えていった。
「……ありがと、助かったよ」
二人が消えたのを彼女は確認し、一翔にお礼を言う。
「別にいいよ。礼を言われたくてやったんじゃねぇし、胸糞悪かっただけだから」
「それでも助かったのは事実だし、ちゃんとお礼言わないとさ」
「ん……どういたしまして。それじゃ、俺も待ち合わせがあっからこの辺で―――」
「「お待たせ!!」」
元居た場所でまた大和達を待つ為にと女の子に背を向けようとした時、聞いたことのある男と女の声が同時に聞こえた。
「お待たせ邨上くーん。ごめんなー遅れちゃって……あれ? そちらの子はどちらさん?」
「ごめん、ひぃちゃん! 電車に乗り遅れちゃって……あれ? 邨上君?」
声の主は大和と結瑚の二人だった。結瑚はひぃちゃんと呼ばれた女の子の後ろから、大和は一翔の後ろから二人に向かって歩いてきた。
「ゆっこ! 遅いよ!」
「大和! てめぇ遅刻だぞ!!」
「ごめんごめん!」
「悪かったって! 許してくれ!」
大和と結瑚は二人に手を合わせて謝る。一翔は呆れたように溜息をつき、今度は結瑚に顔を向けた。
「おい我妻、お前も遅刻だぞ!」
「ごめんってば……それより、なんで邨上君はひぃちゃんと一緒に居るのさ?」
「ひぃちゃんって……もしかして、この子か?」
「ねぇゆっこ、もしかしてこの人が……」
ひぃちゃんと呼ばれる彼女と一翔がお互いを見る。そして、結瑚はまずは一翔の問いに答える。
「邨上君、その子は今日の買い物に誘った私の友達。名前は心山陽葵ちゃんだよ。ひぃちゃんって私は呼んでるの。」
次に陽葵の方に顔を向けて彼女の問いに結瑚は答える。
「ひぃちゃん、この人が私が話してた男の子、邨上一翔君だよ」
「「……えぇぇぇぇ!!!?」」
こんな偶然があるのかと二人は同じことを考えて、駅前に二人の驚きの叫びが木霊した。