第五話 昼食
SF部の人間みんなを驚愕させた試合から3日が経った。
あれから一翔は部室には顔を出さず、まだ慣れない高校生活を満喫していた。
「おばちゃん! 醤油ラーメンおくれ! 大盛りね!!」
「あいよぉ! あんたは元気だねぇ………はいよ、醤油ラーメン大盛り!!」
午前の授業が終わり、天峰学園にある食堂のカウンターで昼食の受け取ると、どこかに空いた席が無いかと食堂内を歩き始める。
「おーい! そこのラーメン持ったゴリマッチョ!!! こっちの席空いてるぜ!!」
一翔の後ろから男の声が聞こえる、恐らく自分のことを言っているのだと思った一翔は振り返る。その先には大手で手を振って、もう片方の手で誰も座っていない隣の席の椅子を指差す男が一人。
「……誰だお前?」
「あ、ちょ、おまえ!? クラスメイトの顔くらい覚えとけよ……まぁいいや、とにかく座れよ」
誰かは知らないが、早く昼食にありつきたいし、何より早く席に座ってラーメンを食べないと麺が伸びてしまう。一翔は男に言われるがままにその隣の空いた席に座り、机にラーメンを置く。
「俺はお前と同じ1年4組の沢井大和。身長169センチ、体重66キロ、3サイズは―――」
「野郎の3サイズなんて興味ねぇっつの!」
「ははっ! そりゃそうだ、どうせなら女の3サイズが知りてぇよな! けど、男の3サイズにも興味があったら聞いて来いよ? 教えてやっからさ! はははっ!」
気持ちの悪いことを笑いながら宣う大和という男。早くラーメンを食べるためとはいえ、誘いに乗るのは早まってしまったかと一翔は口をひくつかせる。
「実はお前と話がしたくってよ。こうして席を開けて待ってたわけよ」
「だったら昼休みじゃなくても、もっと前の休み時間に話しかければよかったじゃねぇかよ」
「昼休みの方が休み時間長くてじっくり話せるだろ? それに……」
「それに、なんだよ?」
「い、いや! なんでもねぇ!」
少し慌てた様子で大和は答えるが、一翔は気にしない事にしてラーメンを口に運ぶ。
「でさ、お前の魂刃……異能が使えないのにSF部に行って、しかもそこで試合やって二年生に勝ったってのはマジ?」
大和の一言に一翔は一瞬驚く、自分の他に一年であの部室に居たのは我妻結瑚だけのはずだ。一翔はそのまま手を止めずにラーメンを啜っていく。
「まぁそうだけど……なんで知ってんだ?」
「うわ! マジかよ! いやさ、お前の事を話してる小さくてカワイイ女の子がいてさ。どうにも気になって本当かどうか聞いてみたって訳」
「小さい女……あぁ我妻か」
「そう! 一年二組の我妻結瑚! 女友達に話してたんだよ、すんげぇゴリゴリの筋肉男が異能が無いのに勝っちまったって」
「そんなこと触れ回ってやがんのかあのチビ……」
困ってる様な言い方をするが、やはり噂をされるのは悪い気はしないのか、少し照れくさそうに一翔は頬をかく。
「だーれがチビだ!!?」
大和と一翔の中に割って入る女の声。
「ん? おぉ、我妻……か……」
二人の後ろで結瑚が不機嫌な顔をしながら昼食のトレイを持って一翔を睨んでいた。どうやら二人の会話を聞いていて、一翔のチビという発言にムカついた様だ。
一翔は結瑚の顔を見て一つ気づいた事がある。一翔は席に座っていて、結瑚は立っているのにも関わらず、二人をの視線は同じ高さだった。
「……ぷっ!」
「おい、今なんで笑った!?」
「いや、だってよ……ほんとにチビなんだもの……ぶはっ!」
「にゃにをぉ!!? 君が無駄にでかいんですぅ!! 身長いくつだよ!!?」
「187センチだけど」
「なんで私より50センチ以上高いのさぁ!!? 不公平だぁ!!!」
「まぁまぁまぁ、気にしないでよお嬢ちゃん。よろしければ俺の隣の席どうぞ!!」
大和は一翔の座っている席の反対の隣の席をトントンと叩く。
「え、いいの!? ありがと! 君、どっかの誰かとは大違いな優しい男の子だね!!」
「い、いやいや……」
さっきまでの怒りの表情とはうってかわって結瑚は笑顔になる。大和は褒められたのが嬉しいのか照れながら自分の首を触る。
「俺、1年4組の大和色絵。よろしく!!」
「よろしく大和君! 1年2組の我妻結瑚、ゆっこでいいよ!」
「わかったよ、ゆっこ! んじゃ俺は色絵でいいから!」
「うん、色絵君!」
一翔は二人を放ってラーメンを食べ続ける一方、大和と結瑚は二人で楽しそうに笑いながら話して続けた。
「……あぁ、そういう事か」
二人の中に割って入るのが少し躊躇われるような空気を一翔は感じながら、大和の顔を見る。一翔と話してた時とは明らかに違うその雰囲気に一翔はようやく理解した。大和のあの時の慌てぶりの意味を。
「あ、そうだ。ねぇ、ゆっこ? 来週から仮入部期間が始まるけどさ、ゆっこもSF部に入るの?」
「うん、そのつもりだよ」
「そっかそっか。実はさ、この邨上君に誘われて週末にSF用品の店を見に行くんだけど……ゆっこも一緒に行かない?」
「え?」
「は!?」
結瑚は驚いたが、それ以上の驚きの顔を一翔は見せた。
「な、なんで邨上君まで驚いてるの?」
「いや、だって―――」
「そうだぜ邨上くぅん!! 君の方から誘ってきたんじゃないかー!! あれか? 女の子と一緒に行くのが嫌とかそんなんじゃぁないよなぁ? ゆっこも一緒に来てもいいだろ? な?」
突然、大和は一翔に馴れ馴れしく肩を組んで顔を近づける。その顔は笑ってこそいるが、目が「お願い、口裏を合わせて」と必死に懇願していた。
「あ、あぁ……そうだったな。俺は我妻が一緒でもいいけど……」
ついつい、その必死さに根負けして一翔も了承する。その声を聞いて結瑚は上を向いて少し考え込む。
「んー……いいよ。入部する前にいろいろとSF用品見てみたいしね」
「やりぃ! それじゃ、集合時間とか待ち合わせ場所は追って連絡すっからさ、メアド教えてもらっていい?」
「うん、いいよー。それじゃ、せっかくだし私も誰か友達一人連れてくるから」
大和と結瑚はそれぞれメールアドレスを交換した。その場の流れで一翔も大和と結瑚の二人にメールアドレスを教え。そのまま三人は昼食を終えて、それぞれの教室に戻った。
4組の教室に大和と一緒に戻った一翔は大和を睨みつける。
「お前……俺を利用したな?」
「悪い悪い! 勘弁してくれって!」
大和は両手を合わせて頭を下げる。
「最初っから、俺じゃなくて我妻が目当てだったんだな」
「あぁ……昨日、廊下で女子と話してるあの子を見かけたんだよ。そん時にその……一目でぐっと来ちまって」
「で、あいつが俺のことを話してたのを聞いて、俺をダシに使うことを考えたって訳か」
「ご名答。騙したり勝手に利用して悪かった! けどさ、あの子と仲良くなるために協力してくれ! 頼む!」
調子のいい事を言いながら必死に頼み込む大和に、一翔は呆れたように溜息を吐く。自分を利用したというのはいい気分はしないが、その必死さを見てると怒る気にもなれなかった。
「……当日、なんか奢れよ? それで許してやるよ」
一翔の返答を聞いて、大和はキラキラとした笑顔をしながら顔を上げる。
「おうッ! 任せろ親友!! お礼にゆっこが連れてくるっていう女の子とお前がうまくいく様にすっから!」
「まだ知り合って初日だろ、親友呼ばわりすんな! ていうか余計なお世話だ!」
「そう言うなって! 当日は楽しくやろうぜ相棒!! はっはっはっは!!!」
一翔の背中をバンバンと叩きながら笑う大和を見ながら一翔は思う。本当に調子のいい奴だ、と。