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異能に挑む剛腕拳士  作者: 英国紳士
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第四話 初戦 其の弐

「手加減はしないよ、後輩ッ!!」


 釜野が天通牙と呼ぶレイピアを右手に握り、一翔に向かって走る。それに対して一翔はファイティングポーズを構え、小気味よいステップを刻んで迎え撃つ姿勢を整える。

 自分の武器が届く距離まで近づいたところで、走った勢いを乗せたまま釜野は一翔に目掛けて天通牙の突きを繰り出す。

 真っすぐに向かってくる刃、一翔は横に飛んで躱すが―――


「チッ!!」


 一翔の予想よりも素早い突き、避けきれずに頬を掠め、真っ赤な血が流れ出る。油断していたわけではないが、まさかここまで鋭く速い攻撃をしてくるとは思っていなかった。


「まだまだいくよっ!!」


 一翔の動揺なんてお構いなしに繰り出される突き。一翔はそれを避けようとするが、腕や腹を掠め続けて上半身が段々赤く染めあげられていく。




「うわぁ……! 一方的だよ……!」


 鬼瓦の隣で試合を見ていた結瑚が思わず言葉を漏らす。釜野の突きを凌ぐので手一杯な一翔は攻撃する暇がなく、釜野は防御に全く気をやっていなかった。


「……リーチの差だな」

「え?」


 釜野が突然の呟きに結瑚は顔を向ける。


「釜野の魂刃はレイピア、それに対してあの新入生の魂刃は手甲だ。釜野は腕の長さに刃の長さをプラスして攻撃できるが、手甲が武器では腕の長さ分しかリーチが無い。当然、釜野の距離で戦っていたら、リーチが短いあの新入生は攻撃が届かない訳だ」

「そっか、だから反撃を恐れずに先輩は攻撃を……」

「釜野の攻撃を躱しきれてないのいないのもあるが、あのリーチ差をどうにかしなければ新入生に勝ち目はないな」


 鬼瓦はつまらなさそうな口調で説明する。初めはあの自信満々な一翔の言葉に期待をしてどんな戦いを見せてくれるのか楽しみだったが、飛んだ肩透かしだった。




「おいおい、あれだけのビッグマウスをかましておいてそのザマかい!?」


 釜野は攻撃を止めて、余裕の表情で一翔を挑発する。しかし、彼の予想に反して一翔は口に笑みを見せて言葉を返した。


「いや、正直驚きましたよ。思ってたよりも速い突きで……けど、もう次からは俺の体に当てさせませんよ」

「減らず口を……だったら避けてみろッ!!」


 再び釜野が突きを繰り出す………しかし、一翔はさっきの宣言通りに掠らせもせず突きを避けた。


「マグレで避けられたか、だが次は―――」


 舌打ちをしながら突き出した腕を戻す釜野。そしてそれと同時に―――

 一翔が前に踏み込み、釜野との距離を詰めた。


 釜野の顔が歪む。この展開を全く予想できていなかったのか、一瞬動きが止まってしまった。一翔はその一瞬を見逃さない。下半身から噴き出る勢い、勢いは余すことなく拳に乗せ―――真っすぐ、釜野の顔面に叩き込んだ。


 ガッという音と共に鈍い感触が一翔の右拳に伝わった直後、釜野が後ろに勢いよく倒れる。

ステージ外からは驚きの声が上がり、部室がざわつき始めた。




「ウソ、当てちゃったよ!! 邨上君、あのリーチ差を埋めて先輩に一撃を当てちゃった!!」

「ほぉ……次の突きが来るまでのほんの僅かな隙、腕を引き戻す瞬間を狙ったか」


 結瑚は目を見開き、口をパクパクと動かしていた。その隣にいる鬼瓦は感心したように顎を手で撫でている。




「さて、止めぇッ!!」


 釜野が倒れている今がチャンス。畳みかけない手は無かった。

 一翔が腕を振りかぶり、倒れている釜野に向けて拳を打ち落とす。しかし、ギリギリのところで釜野が倒れた体を転がして避け、拳は地面に打ちつけられる。釜野はすぐさま体を起こして立ち上がり、一翔との距離を大きく空ける。


「クソ、この僕としたことが油断した!!」


 釜野は悔しそうに倒れている間に鼻から垂れ流れた鼻血を左腕で拭う。その顔を見て一翔はしてやったりと口から笑みをこぼす。さっきまでの流れとは真逆になってしまった。


「先輩の攻撃、確かに思っていたよりも速かったんで学習しきる前に結構掠っちゃいましたよ」

「何!?」

「タイミングですよ。さっきまでは先輩が攻撃を出すタイミングをずっと見て、覚えることに集中してたんすよ」

「そうか……見てから避けたんじゃ避けきれないから、タイミングを学習して素早い回避をしたのか」


 釜野が歯を食いしばる。一翔は攻撃を凌ぐだけで精一杯と勘違いし、実際は自分の動きを観察されていたのだと見抜けなかった。「愚かな事この上ない」と小さな声で、自分で自分を侮蔑する。


「正直、君の実力を見誤ってた様だ。口先だけじゃないことを認めよう」


 釜野の顔が再び引き締まる。それを見て一翔もファイティングポーズを取り直す。


「こっちも同じっすよ。先輩の突きを甘く見てたせいでこんだけ血ぃ流してんすから。でも、こっからは違うぜ」

「あぁ……ここからは本気でいかせてもらう!!」


 釜野が突きの構えをとる。しかし、一翔にはどうあがいても突きを届かせらない程にまで距離が開いていた。それにも関わらず釜野は腕を伸ばして突きを出す。


「―――っ!?」


 脇腹に走る違和感、じわりじわりとそれは痛みに変わる。何事かと痛む場所を確認する手、ピチャリとなにか液体らしきものが脇腹から流れ出ていた。一翔は視線を下げ、それが何なのかを目で確かめる。

 遠い距離から突きを出しても当たらない……はずだった。それなのに、一翔の左脇腹に釜野の刃が突き刺さり、血を流していた。


「剣が、伸びやがった……!!?」


 脇腹からあふれ出る痛みに一翔がうめき声をあげる。

 釜野のは近づいていない。釜野の手に握られるレイピアの魂刃、天通牙が刀身を伸ばし、遠く離れた一翔に刃を届かせていた。


「これが天通牙の異能、《伸縮》だよ」


 釜野の声と共に天通牙は刀身を縮め、一翔の体から引き抜かれる。

 一翔の脇腹に風穴が開き、そこからさっきまでとは比べ物にならない勢いで血が噴き出す。


「ッ……伸び縮みする剣……か」


 傷穴を手で押さえ、一翔が苦しそうに目を細めて呟く。


「そう。僕の天通牙は刀身の長さを変えられる。シンプルで派手さはないが遠距離と近距離、どちらでも戦うことが出来るのさ……こんな風にねッ!!」


 再び釜野が突きを繰り出す。それと同時に天通牙の刃は伸びて遠く離れた一翔に向かって飛んでいく。一翔は避けようと体に力を入れようとするが、傷穴から走る痛みが途端に強くなる。


「くそった・・・れッ!!!」


一翔は歯を食いしばる。痛みの悲鳴をあげる体、それを無視して無理やりにでも突き動かし、かろうじて釜野の突きを回避する。


「そのケガでまだ避けるか……だがっ!!」


 釜野が突きの為に伸ばした腕を引き戻す。それと同時に天通牙の刀身も縮み、釜野の腕が戻し終わるころには元のレイピアくらいの長さにまで戻っていた。

 釜野は一翔に狙いを定めて2度、3度……次々に突きを繰り出す。その度に天通牙の刀身も伸び縮みを繰り返した。

 容赦なく次々と襲う刃、その刃を何とか避け続ける。一翔は釜野の突きを凌いでこそいるが、最初の時と同様、釜野が一方的に一翔に攻める展開になってしまった。


「どうしたどうしたぁ!! 僕も異能を見せたんだ! 君も異能を使ったらどうだい!?」

「だから、異能はないって何度も言ってんだろが……ッ!!」




 防戦一方の一翔の姿を見る鬼瓦は目を細め、ポケットから煙草を出して火を点けずに口に銜える。落ち着いた様子の鬼瓦とは正反対に結瑚はあたふたと同様の様子を見せていた。


「ここまで追いつめられてまだ異能を見せないってことは、あの新入生は本当に異能を持ってないんだな……」

「それも驚きですけど! 釜野先輩、遠くに離れてるのに突きを届かせる間隔が全然変わってないですよ!」

「釜野の天通牙の伸縮スピードは速い。どれだけ遠くに居る相手だろうと、釜野が腕を伸ばしきると同時に剣先が相手に届く」

「だとしたら止めた方がいいですよ!! 異能の無い人が異能のある人に立ち向かうなんてほとんど自殺ですよ!!」

「まぁ、私もそう思うが……見てみろ、あいつの顔」

「え?」


 結瑚は一翔の顔に目を向ける。雨のように絶え間なく襲う釜野の突きを躱すために激しく動く一翔の表情はよく見えないが、目を凝らして集中する。


「あ……ッ!?」


 結瑚が驚きの声をあげる。何とか目でとらえることが出来た一翔の表情は……笑っていた。




 一翔の胸の奥から、熱い衝動が沸き上がっていた。

 流れる血と、熱さと痛みがこみ上げる脇腹の傷。それに加えて遠く離れた場所から一方的に攻撃してくる相手、間違いなく状況は劣勢だ。

 一翔は思う。分かっていたことだ、と。

 《無能》の自分が異能に挑めばこうなる事くらい分かっていたことだ。今まで何度も言われてきたのだから。それでも、挑むと決めたのだ。

 脳裏に蘇る記憶。自分を《無能》というあだ名を付け、SFをやりたがっている自分を笑う人間達。そういう人間に対していつもこの言葉を返してきた―――


「《無能》だからこそ……お前らの異能に挑むんだよッ!!!」


 まるで一翔の叫びを踏みにじろうとする様に、一翔の頭に目掛けて釜野の長い刃が真っすぐ向かってくる。




「危ないッ!!」


 結瑚はたまらず目をつむる。もし釜野の突きが当たれば一翔の命が危ない。結局異能に対しては無力、《無能》の一翔が無残に頭を貫かれるのを見るのは結瑚には耐えられなかった。

 釜野の剣が一翔の頭を貫く嫌な音が聞こえてくると、結瑚は覚悟した。だが―――

 ガギィッ!!と結瑚の想像とは全く違う金属音がステージに鳴り響いた。


「……え?」


 予想外の音に驚き、結瑚は目を開ける。その目に映る一翔の頭には釜野の剣は刺さっていなかった。一翔の頭を狙っていたはずの剣先は、まるで見当違いに一翔の顔の横を突いていた。


「なんで?」


 何が起きたのかを理解できてない結瑚を置き去りにする様に、一翔は雄叫びを上げながら釜野へ向けて走りだす。


「近づけさせるか!」


 釜野は舌打ちをしながら腕を引き戻し、再び一翔の頭に目掛けて剣で突く。伸縮の異能によって刀身は伸び、さっきと同じように一翔の眼前にまで剣先が飛んでいった。


「まただ! 危ない!!」


 さっきは恐らく先輩の手元が狂っただけかもしれないと考えた結瑚は、今度こそ一翔の頭に剣が突き刺さると思った。だが―――

 一翔は、白銀と呼んでいた手甲の魂刃で下から天通牙の刃を下から弾き上げた。


「嘘!? あの速い突きにタイミングを合わせてパーリングしたの!?」


 結瑚は気づいた。さっきの一撃は決して釜野が手元を狂わせたのではないと。今の様に手甲を使って剣先の軌道をずらして一翔は釜野の突きを防いでいたのだ。




「クソッ!」


 釜野は悔しそうに悪態をついて突きを出し続ける。しかし、釜野に向けて真っすぐ走り続ける一翔に、その悉くを両手で弾き、受け流された。


「バカ……な……!!? 僕の……僕の突きを……あっさりと……ッ!!」


 このままでは再び一翔の拳が釜野に届く距離にまで詰められてしまう。一旦、突きを出すのをやめて一翔との距離を開けなおす事も考えたが、それは釜野のプライドが却下した。


「異能を使っていない相手に、そんな逃げの姿勢をとれる訳が―――」


 あっという間に一翔は自分の間合いまで釜野との距離を詰め、走ってきた勢いをそのまま拳に乗せて右ストレートを釜野に叩き込む。


「―――まだだッ!」


 釜野の顔面が一翔の拳の衝撃で歪む。そのあまりにも強い衝撃に耐えきれず、釜野は後ろに2歩下がる。足は震え、崩れそうになるが踏ん張って倒れるのを拒否する。直ぐに反撃の体制を整えようとするが―――


「今度は、俺の番だ」


 反撃の暇なんて、一翔は与えなかった。

 左フック、右ボディストレート、左アッパー、右フック、左ボディフック、ワンツーストレート………一翔は、防御する隙を与えずに一心不乱に釜野に拳を叩き込み続ける。


「―――異能も使えない男に……この、僕が……ッ!!」


 反撃も、防御も、回避もままならない程の連打に打ちのめされながら、失いかけた意識を繋いで呟いた釜野の一言。それに反論するように一翔は言った。


「確かに俺は異能が使えねぇ、けどな………俺にはこの剛腕があるんだよッ!!!」


 かかとを上げた右脚を回転させ、それに連動させるように腰と肩を回し、勢いに乗った一翔の右拳は一直線に打ち出され、釜野の顎を撃ちぬいた。


 ドゴンッ!という打撃音と共に釜野は大きく後ろに吹き飛び力なく倒れ伏せる。釜野はぴくぴくと痙攣し、起き上がる気配はなかった。


 その光景を見た鬼瓦は口をぽっかりと開け、銜えていたタバコは地面に落ちる。それを気にもせず、鬼瓦は一翔に目を奪われる。結瑚を含めた二人の戦いを見ていた者も全て驚きの表情を作り、鬼瓦の様にステージに立つ一翔に目をくぎ付けにされていた。


「俺の……勝ちだッ!!!!」


 息を切らしながら、一翔は勢いよく握った拳を天に向けて突きあげる。


 やってやった。見せてやった。己の力を……《無能》の自分が異能に挑み、そして勝ったことを。


 明らかに疲労とダメージが蓄積しているのにもかかわらず、一翔は満足そうに笑っていた。

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