ヒーローは生きたいと願う
父は家を出て彼の勤める市内の消防署に車で向かった。車で約30分。遠くも近くもない微妙な距離。
車の中では今日も音楽を聴きながら気楽に運転していた。下手くそな口笛を吹きながら。
消防署内でも彼は実に能天気に過ごしていた。
訓練や筋トレはするものの正直出動する機会が少ないため、あまり切羽詰まった状況になることなんて滅多にない。
「今日も何もないといいですがねぇ」
「あったとしても小規模火災でしょう」
「はっはっは、そんなこと言ってたら急に呼ばれたりするんですよ」
「今日に限ってそんなことありますかね?」
暇があるとこんな会話をしたりしている。
「じゃ、ちょっと俺トイレ行って来ますわ」
そう言って仲間の一人がトイレに行く。それを見送る春之には、なぜか彼が何処かに行ってしまう気がしてならなかった。
「ちょっと眠くなって来たな」
目がしょぼしょぼする。机に突っ伏し、目を閉じる。
そんな時、春之を起こしたのは人間ではなく、消防署内の電話だった。
とっさに気がついた、できる上司が電話に出る。
「はい、あ、はい……わかりました。今すぐ向かいます」
ガチャ
署内の視線が一様にその人へ集まっている。
「至急着替えて××町に向かう。マンション一階で火災が発生したようだ。規模はよくわからないが、とにかく急ぐように」
「「はい!」」
皆は一斉に、着替えにはいる。
「やっと来たよ。俺らの仕事」
春之の同僚はなぜか嬉しそうにそう言ってきた。
「ほんと、何日ぶりだか」
そう言いながら、まだ少し眠たい目をこすり、春之も着替る。
周りに遅れないよう流れについて行く。
一人ひとり消防車に乗り込み、火災現場に向かった。
今回はやけに多くの消防車が出動している気がするのは気のせいだろうか。
そんな違和感もあったが今はマンションまで急ぐことに専念しようと思い、勢いよく消防車を発進させた。
目的地に近づくにつれて空気が薄汚なくなっていく。
しかもまだ少し遠いのに圧倒的存在感を放つ炎。これはいつもとは話が違うとやっと気づいた。
春之は炎の立ち上る現場の前に駐車し、急いで降りた。メラメラ燃える火は周りの住宅街まで燃えうつり、もはや大規模火災と言って良いほどの勢いを持っている。
重たいホースを三人がかりで出し、準備を進める。
その時大勢の人が既に避難を完了する中、残る住人の中に泣き叫ぶ母親がいた。一向に現場から離れようとしない。
不審に思った春之はそばまでより
「早く逃げてください。それともどうかされました?」
性格上あまり強くは言えない春之らしい言葉に、女性は
「助けてください……まだ、まだ娘が……家の中に。まだ火が完全には燃え移っていないの。きっと娘は生きているのよ」
どうやらマンションではなく、その側の一軒家にまだ人が残っているようだ。
このような展開はドラマとかで見たことはあったがまさか自分が言われる日が来るとは思っていなかった。
しかし、正義感の強い春之がここで断るわけがない。
「わかりました。俺が助けます。絶対に助けます。だからここで待っていてください」
柔らかい笑顔の裏には恐怖が見え隠れしている。正義感が強いからと言って怖くないわけがない。
震える足を見られないように急いで燃え盛る家に突っ込む。
「おい、どこいくんだ!」
背中から同僚の声が聞こえてきたが、一刻を争う状況でそんなのにかまっている暇はない。
二階建ての家。一階は完全に炎が移っていて、通るには困難であることは一目瞭然だった。
「これはやばいな」
顔の皮膚が溶けそうになるくらい熱い。玄関から少し遠くに階段を見つけた後、慎重に二階へと向かう。
その間も少しずつ少しずつ、建物が崩れていく。天井が落ち、壁が崩れ歩くのさえ難しい。
「あっつ!」
消防士の服装は火が移りにくい性質になっているが、それでも春之は体の何箇所かに既に火傷を負っている。
眼球が熱い。意識が朦朧とする。それでも彼は二階を目指す。
やっとの事で着いた二階。女の子の泣き声が微かに耳に届く。
「おーい、どこにいる!助けにきた!返事をしろ!」
あまり大声を出すことを得意としない彼の精一杯の声だった。
ある部屋から少女の声が聞こえてきた。すぐにその声の方へに向かう。
どうやら娘の部屋のようだ。
そこのドアの取っ手を握るが、猛烈な熱さで手の皮膚がただれてしまった。
でもどうにかして救い出さないと。
彼は無理やりドアに体当たりしてドアを壊して中に入った。
中には驚いた表情をする女の子が一人。
「なんで私なんか助けにきたの?……どうせ私なんかすぐに」
何を言っているのだこの子は。どうして第一に助けを求めないんだ、と春之は思った。
「これが俺の仕事だからだよ」
その少女はスカートをはいた、およそ彼の息子と同い年くらいだった。
部屋の隅に身を寄せているが、そこの床もいつ落ちるのかわからない。危険はすぐそばに潜んでいる。
彼女は当たり前だが、何もはいていなかったので、彼が少し強引にお姫様抱っこをして運ぶ。
「早くいくよ!」
「……」
彼女は春之の手の中で縮こまっている。
階段を危険がないようゆっくり降りる。が、危うく足を滑らせて、転倒寸前。意識が朦朧としているからだろうか。焦った彼はものすごく冷や汗をかいたが、ここではそれもすぐに蒸発してしまう。
「よし、もう少し」
階段の小さな踊り場からもう一度階段を降り始める。
その時、頭上からギシギシと嫌な音がなった。無意識に上を見る。
その瞬間の天井の模様はまるで彼らを見て笑う顔のようだった。
気づけばその顔がだんだん近づき、目の前まで迫っていた。
もう少しなのに。もう後階段三段ほどだったのに。
それでも彼はなけなしの力を振り絞って腕の中に抱えている彼女を前方へ投げた。
「きゃ!」
顔を上げた彼女はたいそう驚いていた。
投げられたことよりも目の前で人が炎の下敷きになっていることにだ。
今度は自分が助けたい。でも彼女にそんな能力はなかった。それでも見捨てることはできず、外を目指すことを躊躇している。
一方春之は崩れてきた天井の下となり体が動かない。おそらく何本か骨が折れている。
「何やってんだよ。早く行けよ!」
「だってあなたを見捨てていくことなんて。なんで私を生かしてあなたが死ぬのよ」
「何言ってんだよ。俺は後から追うから大丈夫だよ」
「助けてくれなくてよかったのに……」
「もっとポジティブにいこうよ。そして自信を持てよな」
それは自分に向けての言葉でもあった。
「……ありがとう……」
「強く生きろよな……」
こくりと頷き涙を拭いて彼女は外に向かった。
上から次々と炎の塊が落ちてくる。
彼の内臓もぐちゃぐちゃの状態に違いない。彼はバカだ。消防士として火を消しにきたのに間違って自分の命の灯火を消してしまうなんて、本当にバカだ。でもバカだからこそヒーローになれるのだ。
「あぁ、ごめんな未有、楓。俺ちゃんと父親できなかったわ。休みの日にもっと遊んであげればよかった。もっと家事手伝えばよかった。もっと宿題教えてあげればよかった」
涙は蒸発して消えて、天に消えていく。
そして彼の魂も天に昇ろうとしている。
「もっと生きたかった。もっとみんなと一緒にいたかった…………。いつまでも待ってるから、できるだけ遅く来るんだぞ。間違えても早く来ることだけはないようにずっと見守っとくよ。ありがとうな、未有、楓…………」
誰も聞いていないその言葉だけを残し意識を失った。
ありがとうございました。
作者のどうでもコーナー\(^o^)/
ただいま眠たすぎてやばい湯浅水深です。
そろそろ文才に限界を感じてきた。同じような言い回しとかしかできないし、語彙力皆無。本当にね、困っちゃう。自分の読んでみてつまらないなぁと思う日々。
だからもう寝て忘れることにします。
さようなら(^-^)/