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白嘘

 朝倉香は一般的に言って美少女である。頭上の烏さえも嫉妬するような黒髪のロングヘアに包まれて一際輝く美しい顔立ち。そして清らかなる心も兼ね備えた彼女は、まさに美少女という言葉にふさわしい存在だった。いや、逆に美少女以外の言葉が見当たらない。街頭調査をしたならば、おそらく相当捻じ曲がった感性の持ち主以外なら美少女というだろう。

 そんな彼女も普段は誰とも変わらない普通の生活を送っていた。とは言っても、人気者だった彼女は周りの人よりも多少は嬉々たる人生を送っていたのかもしれない。それもこれもどれもあの日までは。


 香はいつものように学校に行き、いつものように学校生活を楽しんだ。この日少し違っていたことといえば、ある一人の友達から『告白』されたことくらいだ。しかもその人からは以前にも『告白』されており、その時は断っている。その友達というのが、つまり葉山楓だった。

 彼女は一度目の『告白』の時よりも困惑してしまった。というのも、彼女は賢明で容姿端麗であったため、あらゆる男子から『告白』を受けたことがある。そのため彼からの一度目は別段驚くこともなく、他の男子と同じようにあまり傷を与えないように「そういうの慣れていないから」という決まり文句で断った。本当は誰よりも慣れているだろ、と言いたいところだが。しかし、二度も彼女に挑戦してきたのは楓が初めてだったのだ。

 そのため香は楓から受けたまっすぐな気持ちに、少しまごついてしまった。と同時にとても嬉しかった。二回も『告白』をしてくれるほど私のことを好きなんだ、そう思った。

 彼女に告白を申し出てくる男子生徒は、尽く見た目だけで判断して、彼女の本当の中身なんて見てくれやしない。だから、一回で断念する。

 けど彼は違った。本当の彼女を見据えていた。本当にそうなのかどうかは彼自身にしかわからないが、彼女にはそんな風に見えた。少なくともそう思わせるだけの何かを感じた。

 この時初めて人を好きになった。そして彼女は人生で初めて『告白』に対して保留を呈した。

 その場で彼の手を取るのも良かったのだが、念のために保留したのだ。返事をする機会が今後もう無いかもしれないなんてことも考えずに。



 その次の日、楓は受験生らしくいつものように朝早く来て朝学習を始めた。この日は大粒の雨が降っていて正直朝学習はやめようという考えもよぎったが、香も朝学習をするはずだから、という軽い理由で自分を納得させて学校へ向かった。


 苦手意識の高い数学に手をつけていた楓は、尿意を感じたので自席を立ち、トイレへ行く。

 この階のトイレは楓の所属する一組からは最も遠く、途中で他の組の前を通ることを強いらている。そのため楓は気になるあの子の姿も確認することも兼ねていた。

 チラリと彼女の教室を覗くがそこに彼女の姿は無かった。

 そういう日もあるのかな、なんて思いながら小便を済ませる。

 鏡を見て彼は呟いた。

「雨のせいで髪がうねってるし」

 こういうことになるから雨は嫌いだ、彼は改めてそう思った。

 髪型を気にするのは自己満足のためではないだろう。少し髪を整えてからトイレを出て、再びあの教室を覗く。やはりいない。

 彼はなんだか妙な胸騒ぎを感じたが、勉強に集中するよう努めた。

 が、数学が手につかない。その日の朝はほとんど何も進まず朝礼のチャイムが鳴ってしまった。


 朝礼では先生からの要らないお話がいつもあるのだが、この日のお話は少しわけが違っていた。

 担任の先生は少し間を置いた後口を開いた。

「もしかしたら知っている人もいるかもしれないが。昨日の放課後、うちの学校の一生徒が車に轢かれるという不慮の事故があった…………」

 瞬間、まるで南極にいるかのような寒気が楓の体を襲った。

 先生はこう続けた。

「原因は運転手の居眠り運転らしい」

 なにがなんだかわからない。楓が必死に理解しようとしていると、彼は最後呟くように告げた。

「容態は………ぼそぼそ」

 それは聞こえるか聞こえないか際どいほど微かな声だった。

 でも、一番前の席の楓には聞こえていることに違いない。


 朝礼後、彼は先生の元に行って尋ねた。勿論、その生徒というのが朝倉香のことなのかどうかを。楓は願った。違っていてくれ、と。

 しかし現実というものは実に残酷だった。

 先生はほんの少し頭を縦に振った。

 楓は無理矢理にでも先生から彼女のいる病院や部屋番号などの情報を聞き出した。

「今日僕学校休みます」

 その言葉だけを残して重たい足を懸命に動かす。背中から彼を止める声が聞こえて来たが、彼の気持ちはそんなもので止められるほどやわではない。

 鞄も持たず全力疾走で昇降口まで駆けた。廊下は走るな?この時の彼に言っても無駄だろう。

 靴を適当に履き、昇降口から飛び出す。

 先生から聞いた情報を信じ、向かうは市内の総合病院。外は土砂降りで、制服もせっかく整えた髪もびしょ濡れ状態。

 靴紐がほどけ脱げそうなスニーカーを恨んだのはこの時が初めてだっただろう。おかげで道中、転びそうにもなった。


 急いでいた楓には病棟の自動ドアすら遅く感じる。勿論エレベーターさえも。そんな状態の彼でも僅かな理性は残っていたらしい。病棟内はさすがの彼も走らなかった。速歩きが走るに入らないのであればの話だが。

 931という数字探し。

 見つけた。そこには〈朝倉香〉という文字。分かってはいたが彼は再び落胆した。


 病室の扉の取っ手を掴み横にスライドさせる。十センチくらい開いたときだっただろうか、中から遠慮なしの泣き声と嗚咽が聞こえた。大人の声だった。彼女の両親だ。

 そう、そこにはもう彼の入る余地など無かったのだ。悔しかったけど彼には扉を閉めることしかできなかった。


 彼はその間病棟9階のデイルームにて貧乏ゆすりをして待っていた。それから数時間、彼女の両親が部屋から出てくるのが見えた。

 楓はこの時を待っていたと言わんばかりに、両親に駆け寄って言った。

「娘さんの友達です。面会に来ました」

「……あの子、事故の後すぐにここに運ばれて処置してもらったの。手術には成功したのよ。でも、でも………」

 でも?楓にはその後に続く言葉が何なのかはよくわからなかった。


 まだ泣の止まない両親は無言の了承を彼に受け渡し、夫が妻の手を引いて先導した。やがて彼らの背中は姿を消し、楓はその病室へと足を踏み入れた。

 少し進むとすぐに香の顔が見えた。

 大きくも小さくもないベッドの側まで寄り、彼はベッドの上に横になっている彼女の変わらぬ美しい表情をじっと見つめた。その時彼の頬に伝う幾筋もの雫は髪から滴った雨水だろうか。


 彼女の体の各所には管が繋がれている。けれど、彼女は息をしているし鼓動もしっかり聞こえる。彼女は寝ているだけだ。それを知っただけで、楓は脱力感を覚えた。

 起こすといけないとも思い、その日はすぐに抜き足差し足忍び足で病室から退出した。




 今では毎日欠かさず放課後に彼女のお見舞いのため、ここに訪れることが習慣となった。

ありがとうございました

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