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君を思って

 水族館からの帰り道、ひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。

 楓はこの声を聞くと心が癒された。

 香の秘密を知れたからかもしれない。しかし、本当に香と父が関係していたことだけが彼女の秘密なのだろうか。

 この時水族館内で発生した内心の雲は、まだうっすらと残っていた。


 病室に戻ると部屋には入院中の二人以外にも何人かいた。見ると、橘のベッドの周りのカーテンが少し開いている。どうやら娘のお見舞いに来た両親らしい。

 楓と香はできるだけその人たちの邪魔にならないように、静かにベッドのそばに行く。

 香をベッドに乗せると、二人はしばらくの間迷惑がかからないように小声で話した。


 その間橘家の父が、

「大丈夫か?もうすぐだから。もうすぐ順番が回ってくるから、もう少しの辛抱だ」

 すると母は、

「そうだ、元気になったらみんなでまた旅行でもしましょう。退院旅行ってことで」

「そうだね。楽しみにしとくね」

 橘ふうかは笑顔を見せる。

 それを見て母は泣く。不思議な光景だった。


 なんだかいて良い雰囲気ではなかったため、楓は香に言った。

「屋上行かない?」

「そうだね」

 彼女は苦笑いをして答える。

 楓は再び香を彼女専用車椅子に移すと、それを押してエレベーターに向かった。

「でもなんで屋上?部屋の外ならどこでも良いならデイルームでもよかったんじゃない?」

 香が適当な突っ込みを入れる。

「まあそれはあれだよ。馬鹿と煙は高いところが好きって言うだろ?つまりそう言うことだよ」

「なるほど楓君はおバカさんだから高いところに行きたい、と言うことだね?」

「あってるけど、改めて言うことに意味はあるのかい?」

 答えなどわかっているが一応楓は尋ねてみた。

「ないよ」

 クスッと笑う。

 ないと言いながら、その彼女の言い方が既に彼を馬鹿にしていた。

 最近香はよく笑う。その笑顔は宝石のように美しく見える。昔のような美しい姿に戻りつつある証拠だ。

「なら良いや」



 エレベーターで最上階まで上がると、扉が開き、短い廊下が見えた。ここをまっすぐ進むと屋上に出られる。


 迷わず屋上に出る。

「うわぁー、綺麗だね」

 香がため息をついたのも無理はない。そこには空一面に星が出ているのだ。ここは自然豊かなところで、周りにあまり明るいものがないからである。

「あれが北斗七星で、あれが北極星か。あとは……よくわからん」

「私わかるよ。あれが月」

 まさに月を指して香は言った。

「僕を馬鹿にしてるの?それくらい誰だってわかるよ」

「だって楓君はおバカさんじゃん。高いところが好きだし」

 何か香から違和感を感じる。最近の楓に対する態度がおかしい気がする。なんだかあたりがきついような、わざとっぽいような。

 でも彼はそれを彼女なりの愛情表現だとその時には勝手に自分自身を納得させた。


 香が急に悲しそうな顔になった。

「そう言えば、言っていいのかわからなかったから言ってなかったけど、橘さんって余命がもうすぐなんだって。医者から予告された余命はとっくに過ぎてるらしいんだけど、どうにか生きながらえている状態らしいの」

「……」

 楓は何も言えなかった。

 夜の涼しい風に鳥肌を立てた彼は、慈悲することしかできなかったのだ。


 それから静かに時間は過ぎていった。


「寒くなってきたね。戻ろうか」

 楓が切り出して、二人は病室に戻った。


 そこにはもう橘両親はいなかった。

 晩御飯は既にベッドに付属している台に置かれていた。

「僕もそろそろ帰るよ」

 扉に向かおうとする楓に香は声をかけた。

「楓君、もし私が嘘ついたら怒る?」

 香の方を振り返った彼の頭にはまさに、はてなマークが浮かんでいる。

「なになに?どうしたの?」

 彼女は笑顔を作る。まるで何かを隠すように。

「私ってさ、この通り嘘とかついたことないんだよね。だから、もし私が嘘ついたら楓君怒るのかなぁ?っていう純粋な疑問だよ」

「あえてツッコまないけど、君の嘘なら怒らないよ。誰だって嘘はつくし、そうしないといけない時だってある。君が考えてつこうと思った嘘なら僕が干渉することではないんじゃないかな」

「……ありがとう」

 そういった彼女の目には確かに涙が浮かんでいた。

 一体何だったのか楓は聞くに聞けず、「どういたしまして」とだけ言って帰っていった。



 気がつくと楓はリビングルームにいた。

 彼はリビングルームでスマホを片手に寝落ちしたようだ。

 壁にかかったアナログ時計に目をやる。

「8時?」

 右手の甲で目をこする。

「8時か。………8時⁉︎」

 即行で鞄の準備や制服を着る。

 今日は月曜日。もちろん登校日。

 超特急で家を飛び出し、通学路を走る。そこらの自転車よりも速かった。もしかしたら百メートル走の時よりも速かったのではないだろうか。

 そんなこんなで始まった今週も、何事もなく金曜日になっていた。


 やはり楓はこの日も病院へ向かった。

 しかしこの日はいつもと少し、いや、だいぶ違っていた。

 楓自身はこの日もいつも通り適当にノートを見せて、適当に勉強を教えてもらって、適当に二人で過ごすのだろうと勝手に思っていた。本当に勝手に。


 楓が病室に入って香に発せられた一言目。



「楓君……私たち、もう別れよう」

ありがとうございました

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