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秘密の内緒の隠し事

 水族館には休みの日だけあってそこそこ多くの家族やカップルが来場していた。

「結構人いるね」

「そうだね。ここ色々な生き物がいて人気らしいからね」


 楓はパンフレットを見ながらルートの確認をする。楓がわかってないと誘導する人がいなくなるからだ。


 ルートは一つになっていて、方向音痴の楓にも優しい作りとなっていた。


 昔『巨大迷路!』とかいう、実際に人間が巨大な迷路の中に入って、攻略していくというイベントが家の近くの大きな広場でやっていた。それに楓は友達と参加した。友達はみんなバラバラのところからの出発となったのだが、どうなったかは察しの通りだ。

 迷路は色々な道が繋がっていたため、楓はぐるぐる同じ道を回っていたのだ。それにも気づかず、友達が先にゴールしている中楓だけが迷いに迷い、結局友達に先に帰られたというトラウマがあるのだ。


 さすがに水族館で迷う人なんてそうそういないとは思うが。


「じゃあ行こうか」

「うん!」


 入り口と書いてあるところから中へ入ると、最初はサンゴやナマコやヒトデなどのあまり動かない生き物のコーナーだった。

 どうやら触れるものもいるらしい。


「うわっ、ナマコ気持ちわるぃ」

 楓はナマコの触り心地が好きになれなかった一方で、香は気に入っているようだ。

「すごい、良いね、この感じ」

「そうかなぁ。僕は苦手だよ」

「人には好き嫌いあるからね。仕方ない」

 こんなことを言わせてしまった楓は、少し申し訳なくなった。


「次行こっか」

 香がもう十分触ったと、次のコーナーに誘う。楓が車椅子を動かして進んだ。




 その後、色々なところを回り、クラゲ類のコーナーに来た。

「ベニクラゲってすごよね」

「透明だし綺麗だよね」

 香の言葉に楓があたり前のことを返すと、

「そこじゃなくて。ベニクラゲって不老不死じゃん。老いたら細胞が新しくなって、それが何回も繰り返されて何回も新しい人生が送れる。ずるいね。今の科学の力で人間もそんな風になれたら良いのにね」

「人間が不老不死なんて夢のような話だ。でも、ずっと生き続けるのも大変だと思うよ」

 もしかしたら本当に不老不死が実現するかもしれない。今の科学なら。今まで不可能を可能にして来たように。


「今の私には羨ましすぎる。生まれ変わったらベニクラゲになりたい」

「僕は生まれ変わったらもう一度人間になって、もう一度君と巡り会いたいな」

 楓は無意識に言った言葉だったが、自分が何を言ったのか気がつき、顔を赤く染めた。


「ふふっ、それは嬉しいね」

 香は弱々しい笑顔を、水槽に映る楓に向けた。

 その笑顔に隠された悲しみも知らず、楓は車椅子を動かした。

 ゆっくりと一つひとつの生き物に目を通していると、どうやら一番の注目らしいジンベイザメが泳いでいる水槽まで来た。


 ジンベイザメは一匹でさえ大きくて迫力があるのに、ここには三匹のジンベイザメが一つの水槽で泳いでいる。窮屈ではないだろうかと思うほどだ。


「うっわー、でっかいなぁ」

 楓の口からはつい詠嘆の言葉が漏れていた。

 誰もが初見はこの言葉が出てくることだろう。

「でっかーい」

 香からも似たような感想が聞かれた。


「こんなにでかかったら窮屈じゃないのかなぁ?」

「香はずっと病室にいて窮屈だと思ってた?」

 突然の質問に少し狼狽してしまった香だが、

「少し窮屈だったかな。それが?」

 と答えると、楓はクスッと笑って

「多分このジンベイザメたちも君と同じような思いなんじゃない?」

 香の方はゲラゲラ笑い、

「それはものすごくわかりやすい例えだね」

 と言って、嬉しそうにしていた。


 すると、職員の人と思しき男性が水槽上から中に入り、泳ぎ始めた。

 そしてジンベイザメと戯れる。

「あの人ジンベイザメに食べられたりしちゃわないのかなぁ」

 香は頭が良いのに天然だからか、たまにおかしなことを口走る。

 そんなところも楓は好きだった。

「そんなことあったら今頃ここの職員全員いなくなっていると思うよ」

「確かに、やっぱり天才だね楓君は。私は秀才だけど」

「それ自分で言っちゃうんだね。あと僕が天才なんじゃなくて君が天然なだけだと思うよ」

「まあ、否定はしない」

「「はははっ!」」

 二人で笑い合う。



「よし、じゃあ次行こうか」

 楓が再び車椅子を押して進むとそこにはもう水槽はなかった。

 そこは売店というかお土産やさんがあった。

 特に何も買う気は無かったのだが、香の顔ははっきりとわかるくらい「不老不死」と書かれたキーホルダーに向いている。

 心の中で分かり易すぎ、と叫びながら楓はそのキーホルダーを手に取り、レジに持っていった。

 約300円ほどのそれを買い終わり、香の元に戻ると、香は彼に言った。

「楓君キーホルダーとか買うんだね。あんまり付けるイメージとか無かったけど」

「僕のじゃないさ。君のだよ」

 楓は少し、ほんの少しカッコつけながら手に持つそれを香に差し出す。

「えっ、私?」

「香これ欲しがってたでしょ」

「なんでわかったの?私のことは全部お見通しってか」

 嬉しそうにニコニコしながら、か弱い掌で大事にしっかりと握る。

「まぁ、そういうことにしとくよ」

 それにしてもなんで香はそんなに生きることに執着しているのだろうか、と楓は思った。奇跡的な奇跡によって生きることができたというのに。


 二人は出口という字と矢印に従って簡易ルートから出た。


 どうもモヤモヤする。楓の心はすっきりしていなかった。前述したことに関してだ。

 どうにかして内心の雲をはらおうと、

「香ってさ、なんでまるで死ぬかのように生きることに執着するの?」

「えっ、……。そう?逆になんでそう思うの?」

「だって香最近少し変な気がする。よく説明できないけど、自分の命をまるで嘆いているみたい」

 自分でも何を言っているのか、どこからそう思ったのかはわからない。でも何か気持ち悪い。

「人間は必ず死ぬんだよ。生にすがるのは当たり前のことじゃないかな」

 楓は納得していなかった。だけど、このまま質問を続けるのも何か違う気がした。

「なるほどね。僕がおかしかったのかな。ごめん、なんか困らせちゃって」

 香は黙っていた。彼女の方こそ、申し訳ないような哀しそうな顔をしている。


 香は彼と彼女の間に流れる悪い空気を一掃するように、

「アイスクリーム食べたい!」

 と、元気一杯に言った。どこからどう見ても空元気にしか見えなかった。

 それでも楓は、

「おっ、良いね。僕も食べたい」

 楓は車椅子を前進させたが、なんだか重たい。いや違う、重たいのは楓の心。


 店の前まで来て、

「ソフトクリーム二つください」

「お二つですね」

 店員は機械から出るスフトクリームをぐるぐるととぐろを巻いて彼らに差し出した。

 楓は二つぶんのお代を出して、近くのベンチに座り、その隣に香の座っている車椅子を止めた。


「やっぱりなんだかんだバニラが一番美味しいよね」

 香は美味しそうにぺろぺろとソフトクリームを食べている。

「そうだね。変に味なんてつけなくて良いんだよ」

 美味しい。とても美味しい。濃厚で深い味がする。


 それでも楓はこの前友達と食べたアイスの方が美味しいような気がしてしまった。

ありがとうございました

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