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彼女は儚き命を嘆く

 今日は日曜日。約束の日曜日。


 ブーブー

 午前中、家の中でゴロゴロしていると、スマホが楓のポケットの中で震えた。

 ポケットから出して確認してみると、香からのラインだった。

「……なんだろ」

 内容を確認する。


『昨日から病室が931から444に移動したからくれぐれも間違えないようにね〜』

 だそうだ。

 これは間違えたら恥ずかしい。しっかり記憶しておこうと彼は思った。



 一応出かけた先で何か食べるかもしれないので、消化の早いうどんを早めにずるっと食べる。

 まだある程度の時間が残されているので、いつものショルダーバッグに財布やイヤホンを入れ鞄の準備は済んだ。

 それから洗面所に行き、鏡に映る自分を見て服装と髪型チェック。

 そこまでできて初めて準備万端整ったと言える。


 鞄を肩に提げ、玄関で真新しいブーツを履き、

「いってきまーす」

 扉を開いていざ、出陣!

 今日の天候は幸い快晴であったため、いつだったかのように髪型が崩れることはないだろう。


 それなのに楓の顔は曇りがかっていた。

 と言うのも、今日がデートへの初陣となる楓は少々緊張していたのだ。

 当たり前のことだ。初デードじゃなくても緊張する人は多いだろう。

 好きな人と二人きりでお出かけ。そんな夢のようなこと、緊張しない人がいないわけがない。

 おそらく香だって今緊張しているはずだ。


 しかし彼の心には少々の緊張だけがあるわけではなかった。

 少々どころではない大部分を占める、喜び。

 もしかしたら緊張も喜び故のものかもしれないが。

 病院まで、道道心臓が走った後のように素早く体に鼓動を響かせていた。普段は聞こえない、というか意識しない鼓動も今は鮮明に聞こえる。心臓が肋骨を突き破って前に出てきそうな勢いだ。

 こんなに動いていたらヘモグロビンも疲れるだろう。ヘモグロビンに意識があったらだが。


 それなのに病院が近づいてくればくるほどより心臓が早く強く脈打つ。



 数十分してあの病院に無事到着した。


 病棟の中はやはり静かで、コツコツと足音ばかりが反響する。

 楓も足音を鳴らしながらエレベーターの前まで来る。

 以前の楓からしたらエレベーターすらもストレッサーだったが、今の彼には心にも時間にも余裕があったためか、なんとも思わない。

 逆にいつまでも待ってやる、といった心持ちでいた。

 こんなこと言ったらなんだが、正直心にも時間にも余裕を持たないでほしいと母親は言うだろう。勉強面で。


 下に降りてきた、エレベーターの9のボタンを押そうとしたところで思い出した。

「っ、あぶな。間違えかけた」

 彼は危うく931号室に向かおうとしていた。

 すっかり忘れていたようだ。

 9のボタン軽く触れていた指を4のボタンまで移動させて、力強く押した。


 エレベーターはだんだん加速していく。

 してすぐに、今度は逆向きに加速したため体がふわっとした。あまり目を向けていなかったが、楓はこの感覚が好きだった。


 エレベーターを出てから、スマホで忘れかけていた部屋番号を確認。

 444号室、それが彼女の新病室である。

 楓は部屋の位置を探すのに少し時間がかかってしまった。これから慣れればいいさ。


 入り口付近に書いてある名前を念のため確認すると、そこには知らない名前がいくつかあった。確かに朝倉香と言う名前もあったのだが。


「たちばな ふうか?せと かずひさ?」

 ……なるほど三人部屋らしい。


 早速中に入ると、三つのベッドのうち二つはカーテンがしてあり、もう一つはカーテンが開いていた。そのカーテンをしていない一人こそ朝倉香本人だった。どうやら彼を待ってあえて開けといたようだ。


 彼女は楓の姿を認めると、ニコッと綺麗な歯を見せて彼を呼ぶ。

 ほっとして楓の顔も自然と和らぐ。

 香の元へ近づき、やはりベッドのそばに置いてある椅子へ腰を下ろした。


「病室間違えかけちゃってさ、ごめん待った?」

「いや、全然。早すぎるくらいだよ」

 確かに本来予定していたよりも少し早い到着であった。家を出るのがそもそも早かったおかげだ。


「最近リハビリは良い感じ?」

「一人で立てるようにはなったけど、少しだけ」

「大変そうだね。まあ、少しずつ直していけば良いよ」

「……うん」

 香は不安な表情を見せる。

 楓は気を遣って話を変えることにした。

「なんで今頃病室変えたの?」

「前まではあまり私が元気じゃなかったから一人部屋にしてもらってたんだけど、もう元気になってきたからお母さんが三人部屋でも良いでしょってことで」

「なるほどね」

 それから程なくして、

「じゃあ約束通り、水族館行く?」

「うん、行こう!」


 彼女は車椅子に体を任せ、それを楓が押して行く、と言う形で病室の外に出た。

 ここから水族館まではあまり遠くはない。楓は歩いて行くことにしていた。


「そういえば、勝手に外に出て良いの?」

「担当医からおっけーもらったから大丈夫。昨日もお父さんとお母さんと外に出たし」

 楓は、どこにいったんだろうか、と思ったが自分が家族の話に突っ込こんでも良いものかと思い、

「そうなんだよかった」

とだけ返した。

 


 その言葉を聞いた時、ちょうど病棟の外に出るところだった。


 自動ドアが開くと、涼しい風が頬をかすめる。

 彼女の黒髪もサラサラとなびき、日光を浴びることで、より美しさを増している。


 この病院は水族館に近いことから分かるように、住宅街ではなく自然に囲まれている。

 故に外は色鮮やかな自然で溢れかえっている。


 彼らは自然を感じながら、水族館へ向かった。

 道中色々な話をした。

「そういえばさぁ、私と同じ病室に橘さんいたでしょ?」

「いたね。それが?」

「あの子私たちと同じくらいの歳なのに、重症心不全なんだって。あの子とあの子の親の話が聞こえちゃったの」

「重症心不全って重症ってついてるくらいだし結構やばいんじゃない?」

「そう、実際やばいのよ。カーテン閉まっていたからわからなかったと思うけど、橘さん機械で心臓を動かしてどうにか生きている状況なの。かわいそうでかわいそうで……。助けてあげたくなっちゃう」

 彼女は優しい、楓の父親のように。父に似たその点も、彼が彼女を好きになった要素に違いない。


「でも、世界中にはそんな感じで苦しんでる人はたくさんいるんだよ。悔しいけど彼女はその中の一人なだけ。君もまたその中の一人。それが現実じゃないかな」

 楓は冷たいことを言ってしまった。でもそれが現実。

「違うよ楓君。私が世界中の苦しんでいる人たちの中の一人だからこそ、彼女を助けたくなるの」

 楓にとって強烈なパンチだった。彼女の言葉を聞いて、自分はなんて無神経なんだと気がついた。

「君はすごいね」



 夏だけあって外は蝉の大合唱が響いている。うるさいけれど、香は嫌いではない。

「楓君、なんで蝉はあんなに鳴くんだろうね。鳴いているんじゃなくて嘆いているのかな?自分や仲間が短命なことを」

「面白い答えだけど、本当にそうなのかな?蝉は自分たちが短命ってことを知っているのかな?」

「どういうこと?」

「蝉はすぐに死んじゃうから人間とかその他の生き物が長命かどうかもわかっていない、つまり自分たちの命の長さと相対するものがないから自分たちが短命だということもわかっていない気がする」

 楓の発想は実に豊かで、香を何度も楽しませる。

「でも人間はどの生き物が人間より長命だとかわかってるじゃんか」

「それは人間が特別なだけ。人間の総合能力はどの生き物をも勝るからね」

「じゃあなんで蝉はそんなに淡く儚い命なの?」

「うーん、早く親の元へ行きたいから?」

 これは実際楓が思っていることでもあった。時々楓は父親の元へ行きたくなる。でも踏み止まれるのはきっと香のおかげなのだろう。

「楓君らしい答えだね。でも私は蝉が短命なのはそういう運命だからだと思うの。そういう運命だから早く死ぬ。運命には誰も逆らえない。例え人類の能力が生き物一だとしても」




 運命とはこの世の理に等しい。故に誰かが替えるなんて不可能なことだ。

 彼女自身それは充分にわかっている。

 わかっている。


 けれど彼女は抗い続ける。強く生き続ける。約束したように。

ありがとうございました

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