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温かいアイス

 楓が数十分ほど自転車をこいで到着した先には、たくさんの墓が密集した、墓場があった。


 実は今回が楓のここへの初訪問だった。

 静けさだけが彼を迎え入れているようだ。なのに少し緊張する。

 彼は駐車場の一角にある駐輪場に自転車を置いて、先ずはバケツに水を汲みに行く。


 今日の太陽は恥ずかしがり屋さんらしい。

 今にも雨が降りそう。

 そんなことを考えているうちにバケツに十分な水が溜まり、それを持って墓に向かった。



 誰もいない墓場。霊が出そうな雰囲気が漂っている。もしかしたら父親の霊も、とか考えてみたり。


 父の墓は、何百とある墓のちょうど中央付近。


 墓の数以上の涙が、人の死によって生み出されたことになるのか。楓は自分のような人が何人もいると思うと胸が締め付けられるような気がした。


 父の墓の目の前まで来る。

 左には誰の墓もなく空いている。所々にそのような場所が見られる。これからそういったところも埋まっていくのだろう。

 悲しい現実。なぜ人間には「死」が待っているのだろうか。不思議だけど当たり前。

 何にせよ始まりと終わりはつきものである。


 少し水を下にこぼしながら、久しく運動をしていない彼からしたら重たいバケツを持って父の墓までくる。

 最盛期を迎えたまだ若い花は、楓の母がこの前供えたものだろうか。それにしてはついさっき供えたばかりのように美しい。

 汲んできた水を石碑や花立にそっと、水をかけた。


 それが一通り終わってから、

「父さんの言っていたこと、今ならわかるよ」


 葉山春之がかつて楓に語った言葉。

「自分は主食で家族が主菜、友が副菜で恋人がデザートみたいなもんだ。全部揃って初めて楽しい人生って言えるんじゃないのか?」


 今考えれば感慨深い言葉である。

 これほどまでに的を射た表現があるだろうか。


「僕もね、愛する人ができたよ。父さんにとっての母さんみたいな、大事な大事な存在」

 その言葉と共に朝倉香の顔を思い浮かべる。自分にはこの人しかいないのかもしれないとも思う。


「あと父さんには本当に申し訳ないことをしたと思ってる。反抗期だからとは言え、なんで僕はあんな態度取ってたんだろう。あの日も『言ってらっしゃい』すら言えなかった。父さんより僕にバチが当たるはずだったのに」

 天にいるはずの父を見るように空を仰いで言った。


 するとその時、真上を覆う雲がだんだんと薄くなり、とうとう太陽が顔を出し始めた。

 それはまるで楓の今の姿を見ているぞ、と言わんばかりの笑顔のような太陽。

 眩しすぎる。眩し過ぎて直視できない。楓にとって父親のようなヒーローは実に眩し過ぎた。

 自分とはかけ離れた父親。今は姿すらも離れてしまった父親。彼は間違いなく楓の目標であった。



 夏にしては涼しすぎる風が楓の髪をなびかせる。

「きっと父さんが守った女の子は今も元気に暮らしているはずだよ」

 どこの誰なのかは誰にも、いや、亡き父以外誰もわからない。

 だけれど楓はなぜかそう確信していた。



 日が当たってきたためか、石碑やその周りにかけた水は少なくなってきていた。


 楓は軽く手を合わせて再び感謝の言葉を今度は心の中でささやいた。


 もう用は済んだと、彼はバケツを水道のところまで持って帰る。

 たくさんいれた割にあまり使わなかったため、まだ十分重たい。焦らず両手で運び、捨てると、なんだか彼は随分と軽くなった気がした。

 重たかったのはバケツだけではなかったのかと彼は思った。



 それから楓は乗ってきた自転車にまたがって帰路をマイペースに進んだ。

 途中で、暑さのせいかアイスが欲しくなって道中のコンビニに立ち寄った。

 自転車をろくにロックもせず適当に止めてから店内に入ると、中は冷房がかかっていて楓は生き返る。


「おっ、楓じゃん。こんな昼間から何してんのさ?あ、俺?俺はただ今日親がいないから飯を買いに来たんだよ」

 コンビニにに入ってすぐ横の本棚の前で小説を片手に一冊、急に楓に話しかけてきたのは同じ一組の友達だった。

 ちなみに楓との接点を作ってくれた立役者でもある。


「僕はちょこっとアイスでも買おうかなと思っただけだよ。あと君のことなんて聞いてもないし聞こうともしていないぞ」

「お、アイス良いね。俺にも買ってよ」

「自分で買えよな。僕もあんま金持ってないし」

 そう言うと、楓はアイスが置かれている冷凍庫から迷うことなくコーヒー味のパピコを選んでレジへ持って行き、友達を置いていくように店内を出ていった。友達も何かを購入した後楓について出た。


 糖分を欲していた楓は我慢できず、店内を出てすぐに楓はパピコの片方にかぶりついた。


「お前パピコが好きだったんだな」


 ふと気付く。そう言えば何気なく楓がとったが、確かこれは父が生前大好きだった食べ物だ。

 彼曰く

「真夏に愛する人と分けあうのが至高だ。アイスだけに」

 だそうだ。冗談なのか本音なのか少しわかり難いが、恥ずかしさを隠すためにシャレを入れながら言ったのだろう。


 それを思い出すと楓は自然と笑みがこぼれた。

 それに続くように自然と涙もこぼれた。


 楓は涙もろい。最近の彼は少し泣き過ぎているような気がする。

 それでも彼は思う。

 それでいいのだと。

 もし泣きたかったら泣けば良いと。



「お前何泣いてんだよ。何かあったか?」

「何もないよ。強いて言うなら……けじめがついた、のかな?」

「なんのこっちゃ俺にはわからんな。まあ良い。俺のアイスの実やるよ。ピーチ味はうまいぞ」

 楓はそれを受け取り、パクリと口の中へ放り込む。冷たい。

「……うま」

「だろー」



 もし泣きたかったら存分に泣けば良い。

 友にその涙を拭いて貰えば良い。その代わり友が涙を流していたらそれを拭いてやれば良い。

 それができるやつが本当の友達ってもんではないか、と彼は思った。


「俺のパピコも半分あげるよ」

 分けたのは愛する人ではなかったけれど、それでも充分だった。

「サンキュー」



 そう言えば昔楓の父親が彼にパピコを一つ分けてくれたことがあった。

「父さんは相変わらず優しいね」

 楓が言うと。

「違うぞ。お前と母さんにだけは分けてあげるんだよ」

 と父が言った。

 あの言葉は言い換えれば「俺は楓と未有を愛している」と言う意味だったのだ。

 今頃気がついた。

 直接そう言えばよかったのに。彼はそう思った。


 そしてこの時食べたアイスは今食べているアイスと同じ味がした。いつもとはまるで違う味。

 アイスなのにどこか温かさのこもった、甘くて優しすぎる特別な味。


「ありがとね、昔も今も」

「なんの話だ?」

 本当にわかっていないようだった。


「じゃあ僕そろそろ帰るから。じゃあね」

「おう、じゃあな!」


 楓は、間違いなくこの人は僕の最高の友達だと思った。

ありがとうございました

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