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元気でいてくれたなら

 この世の生き物はみんな平等に不幸である。ここに生まれた時点でそれは決まっている。物事には決まって始まりと終わりがある。それは命も同じことである。全生命最後には最大の不幸()が待っているのだ。

 故に全員が不幸と言えるのではないだろうか。


 ……誰も運命には逆らえない。



 ----



 この道も今回で何度目だろうか。葉山楓(はやまかえで)は病院へと続く道に沿って、迷いなく足を進めていた。

 彼は今年受験生だというのに家にも帰らず制服姿で病院へ向かっていた。受験生ならば学校が終わるやいなや一目散に家に向かうか、学校に残って放課後学習とやらに励むのが普通ではないだろうか。

 しかし彼の心中には大学受験に対する焦りなどほとんどなかった。あったとしても米粒ほどだろう。

 それには明確な理由があった。彼は今から自分の好きな子に会いに行くからなのだ。

 誰だって好きな子と会う時は勉強とかその他のことなんてこれっぽっちも考えないだろう。



 右手に籠を持ちながら歩いていた楓は彼女との出会いを振り返ってみる。


 二年と少し前の入学式の三日後、楓は初めて彼女の存在を認めた。所属している教室が異なっていたため、ほとんど接点がなかった二人はそれから何日もの間他人でいた。

 いつだっただろうか。楓の心には彼女への関心が微かに芽生え始めた。しかし彼女と話すことすら困難であった。というのは楓が人見知りで他人と話すことが苦手だから、という理由だけではなかった。彼女は学年で一、二を争うほどの頭脳と容姿の持ち主だったのだ。

 それから楓は友達に自分が彼女を好きだということがバレてからは、開き直って彼らからの助け舟を要求した。

 彼らのおかげで彼女と初の会話もできたし、友達、いや親友と呼べるくらいの存在にはなった。

 その頃には既に楓の気持ちは彼女にしか向けられていなかった。

 二年生になってすぐ、友達の後押しもあって楓は彼女に『告白』をした。返事は

「ごめんなさい。私そういうの慣れてなくて……だからごめんなさい」

 であった。

 初めは仕方がないと思った。けど何日経っても彼女への気持ちは、一向に向きを変えることはなかった。

 楓は諦めきれず、再び『告白』をした。

 返事は

「ちょっと考えさせて……」

 保留だった。

 それから少し待ったが全然結果を言い渡されない。当然のことだけれど。そして今に至る。




 数分、いや数十分が経っただろうか。どでかい病院が姿を現し始めてきた。だというのに楓の顔は一般的な、好きな子に会うそれとはまるで違っている。

 救命救急センターの出入口まで来ると自動ドアが開いた。

 瞬間、まさに病院、といったような香りが漂ってきた。楓はその匂いが好きではなかった。理由はあるけれど話すと長くなるため、機会があれば話すことにしよう。


 中は人はいるものの静かであり、人の足音だけが微かに響いている。そして人々からは全体として負のオーラさえ感じる。当たり前といえば当たり前のことなのだが。

 楓は入ってまっすぐ進んだところにあるエレベーター向かうと思いきや、その途中にコンビニエンスストアに入った。

 そして彼女の好きな雑誌である、ジャンプやその他をいくつか購入し颯爽とでてる。彼は知っていた。彼女が少年漫画を好きだということくらいは。


 コンビニエンスストアを出てエレベーターに向かう。ボタンを押すがなかなか降りてこないエレベーターに少しイライラする。これがエレベーターだけに対する苛立ちなら、あまりに大きすぎた。


 チン、という音と同時に開いたドアの中から、点滴をぶら下げたイルリガートル台を転がすパジャマを着たおじさんがゆっくりと出てきた。そして扉の前に所在なく佇んでいた楓に対して静かに恫喝する。

「邪魔だ、どいてくれ」

 普段の楓なら怒りで言い返していたかもしれない。しかしこの時は不思議とそちらに対する怒りを待つ余裕すらなく、むしろ同情してしまうほどであった。この人も苦しんで多大なストレスを感じているのだから仕方のないことだ、と。おじさんは足を引きずるようにしてゆっくりゆっくりと出て行った。


 閉まりかけのエレベーターにぴょんと飛び乗る。十階まであるボタン。そのうちの九と書かれたボタンを点灯させた。

 エレベーターが上に加速して体が余分に重たくなる。この病棟で感じるそれはやはりどこよりも重たいように楓には感じられた。


 チン。

 九階で止まり、扉が開く。

 彼女の部屋番号は931。

 部屋の位置をすっかり覚えてしまっていたので、彼はその番号の部屋の前まで簡単にたどり着く。

 間違えててはまずいと思い、一応名前を確認。

 そこにはしっかりと

 朝倉香(あさくらかおり)

 彼女の名前が書かれていた。

 楓は緊張や不安な面持ちを隠すような作り笑顔でそっと病室の扉を開けた。

ありがとうございました。

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