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 いつかの俺が今の俺を見たのなら、間違いなく「血迷ったな?」と、そう言うことだろう。そんないつかの俺に対し、今の俺はただただ申し訳なさそうに「ああ、全くその通りだよ」と言いたい。


 話を戻そう。


 時計台ーーそれはこのルミナス街の一番高い場所に聳え立つ建物であり、この時計台からルミナス街の様子が一望できた。そんな時計台の頂上に何故かやってきていた俺とは、一人夜風をあたっている真っ最中なのである。うん、むっちゃ寒い。


 そうして寒さに身を縮こませながらにも、時計台から顔をだし空の彼方を覗いてみた。星空に紛れて何かが飛翔しているのが分かる。常人であれば決して目を凝らしても見えないだろう遠い距離の、しかも今はただでさえ視界の悪い夜空であっても俺はその飛翔する存在を視認できていた。


「へぇ、あれがレッドドラゴンかぁ…」


 確かに噂に聞いていた通りばかデカイ。体長は軽く10メートルは越えているだろうか、またその姿はこの世の存在とは思えないほどに神々しくある。そんなレッドドラゴンが翼を広げ飛翔する様はまさに圧巻の一言に尽きる。


 何でもこの世界にはあれを神に近い存在だと畏敬する者も多いみたいだが、それも納得できる形容をしてやがる。


 実際は俺の方が神に近い存在とあるわけだが、仮にこの世界中の皆が俺とレッドドラゴンを見比べたとして、間違いなく雁首揃えてレッドドラゴンを崇めることだろう。それぐらいのスケールが奴にはある。羨ましいなこんちきしょー。


 そんなレッドドラゴン様々がだが、どうやらこれからこのルミナス街を焼き払ってしまうらしい。最初はただ「こんなチンケな街見向きもしないんじゃね?」とどこか余裕めいていた俺でも、実際にその姿を見てしまった手前それはない。


 何故なら俺には分かるのだ。レッドドラゴンから伝わる並々ならぬ殺意、敵意ーー総じて威圧感。そんな威圧感とはこのルミナス街へと向けられていることがビンビンに伝わってきやがるのだ。今更否定せざるを得ないよ、レッドドラゴンは間違いなく皆を焼き殺す。


 皆とは今まさに地上にて蟻みたいに固まる奴らーー勇猛なる冒険者諸君である。彼らには未だ飛翔してきているレッドドラゴンの姿が見えていないようで、皆で士気を高め合っては来たるレッドドラゴンの襲撃に備えていた。


そんな彼らを見た誰かは英雄と呼ぶかも知れないが、俺からすればただの愚鈍なる馬鹿者達にしか見えていない。此度の彼らについては快挙か愚行かを議論する余地もない。間違いなく彼らは愚行を起そうとしているのだ。俺にはそれが手に取るように分かる。


 あれの姿を見て一体何人の冒険者が逃げ出すか見ものであるーー出来るならそれまではこの時計台にて悠々自適なままに過ごしていたいところだが、


「はぁ、全く。あいつらときたら…」


 俺の遠い視界先で、冒険者達の前衛に立つ二人の少女が映る。


 一人はマルシャ=クレーヌと言って、かの終末戦争に於いて武功の限りを尽くしたとされる伝説の勇者ハイトリック=エストバーニその人の子孫とされているらしい。俺からすれば、言っちゃあただの見栄っ張りな美少女。そんなマルシャとは冒険者の先陣を切るつもりなようで、それはつまり一番初めにこんがり肉となることの表明他ならない。シェフ、レッドドラゴンの焼き加減では一瞬にして丸焦げとなることだろう。それで一人。


 もう一人もまた美少女、名はルクス=シャムニール、何でもサンダリアン(通称サンちゃん)とかいう超絶に凄い大精霊様と契約を交わした可愛い奴。こいつもまたマルシャ同様には冒険者の先頭に立つ。多分相当怖がって事だろうことが遠く離れたこの場所からでもわかるようで、目を凝らさなくても小刻みに震えていることがよく分かる。


 それで二人、俺の仲間だった者達だ。どう、中々イかれたメンバー達だろ?


「もう、お前らのせいで俺の冒険者ライフは早くも破綻だよ…」


 逃げるつもりだった。逃げてまた一から始めようと、そう思っていたんだ。嘘じゃない。ホントさ。信じろ。


 じゃあ何で逃げてないのかって?


 そうだな、気が変わったというべきだろうか。このまま奴らを見捨て逃げたりなんかしたら明日の飯が不味くなりそうだろ?一応ではあるが、一旦は仲間となった奴らなんだ。いくら俺がクズ野郎と言っても少しの情はある…

薄情なことに変わりはないがね?


 大体だ、俺が今からしようとしている事は別に難しいことではない。また彼らのように命を賭けてやるようなことでもない。言ってしまえば、飛んできた虫を払いのける程度の些細な仕草でしかないのだ。


 レッドドラゴンか何だが知らんが、申し訳ないな。お前がこの世界でどれだけ強いかは知らんが俺はもっと強い。てか強いとかいう次元ではない。それを今から実証しようではないか?


「魔力生成…錬成…アクセス…宝物庫…神器…召喚」


 指先に仄かな温もりを感じた、刹那、俺の手に小さな小さな槍がやってきた。サイズで言えばフォーク程度で、見る人によれば槍のオモチャに見えることだろう。だが聞いてくれ、何を隠そうこれこそが魔槍グングニルであり、神の如し俺が誇る最高火力なのだ。


 とは言ってもこれはグングニルを縮小したサイズであり、その威力も通常サイズの10分の1も出ない程に落ちている。


 そんなミニチュア魔槍グングニルであってもだ、この世界に於いてその火力を上回る武器は多分ない。あるってんなら見せて欲しい。そして俺に楯突いてきたのなら10分の2の威力にしてぶっ潰すまでだ。


 さてさて、ムダ話はこれぐらいにしておいて…小さな小さな魔槍グングニルの着弾点をレッドドラゴンへと定める。これ程の距離からレッドドラゴンを射抜けるかは実際のところよく分からん。ある意味実験に近いこの行為について、別に失敗しようがそれを咎める者は誰もいない。


 結果としてレッドドラゴンを抹殺すればいい、ただそれだけ。たったそれっぽっちのことだろ?


「ステンバーイ…」


 投射の構えへと映る。まるで紙飛行機を投げるような動作姿勢である。力はいらない。投げればいい。投げたら勝手にグングニルが着弾対象に向けホーミングしてくれる。何と便利なことか。これで最強なんだから笑っちまう。って、最強って何だっけ?


「ふん、まぁいい。ほらよ!!」


 ビューンッと力なく投射された魔槍グングニルは次の瞬間にも高速の刃となって遥か上空の彼方へと消えていった。その数秒後にも、ズゴンッという破裂音が空間一帯へと響き渡った。それはこのルミナス街にも聞こえてきて、時計台にいる俺の耳にも聞こえてくるのだから街で待機している冒険者諸君にはよく聞こえたことだろう。


 それからしばらくして、レッドドラゴンがユラユラと頼りない低空飛行のままにはルミナス街に姿を露わした。冒険者達には一瞬にして恐怖が伝染して、皆顔を痙攣らせてはそのあまりの巨体に踵を翻し逃げようとして、「おや?」とはその異変に気付き始めていた。


 というのも、低空飛行を続けるレッドドラゴンに最早意識はほぼ無い。限りなく死にかけなのである。見た感じ最後の余力を振り絞っては飛んでいるだけで、それは誰の目から見ても揺るぎない事実であった。


 当たり前だ。何せミニチュアサイズのグングニルを直撃しておいて無事であるわけない。むしろ生きている事に俺は驚きだった。流石はレッドドラゴン、まさか神の鉄槌を受けて尚息があるとはな…認めるよ、お前はこの世界に於いて最上種!生命の頂点には君臨する覇者のそれであると!


 そして、レッドドラゴンの意識が完全に消滅した。絶命したレッドドラゴンとはルミナス街の手間で飛翔を止め、地面に真っ逆さまに墜落した。


 何故か既にボロ雑巾となって絶命しているレッドドラゴンを見て唖然とする冒険者諸君。うん、全く素直な反応だよ。しばらくはそうやって驚いていろ。正常な考えが戻ったのなら誰の手柄かを決めることだな。


 何せかのレッドドラゴンを葬ったんだからさ、名実共にお前らは伝説の冒険者となることだろうよ。それは後世に於いても語り継がれる程にな?


 でもまぁ、逃げなかった勇気だけは立派だよ。お前らは偉い、伝説の冒険者の称号を得るだけの素質はあった。今後はその名声をいかに高められるかだが…それは自分たちでどうにでもしてくれ。俺は関係ない。今後一切こんな事ゴメンだからな?


「さて、行くか」


 と、重たい腰を上げマルシャとルクスの元に戻ろうとしたーーその時だった。


「いやぁ凄い!!今のは見事な一撃ぞい!!」


「…はぁ?」


 声を聞いた。野太い声だ。どこぞのオッサンが発声しそうな、そんな声。


「おいおい、先客がいたなんて聞いてねーぞ?」


 俺の目にそいつは映る。そいつは全身を黒塗りの鎧で隠していて、言ってフルプレートとかいう全身鎧野郎だ。そんな鎧野郎が何故だか俺の背後にはいたらしい。全く気づかなかった。


「てか、いつからいた?」


「初めから、貴殿がその珍妙なる槍で遥か上空のレッドドラゴンを射抜く前からいた…ぞい!」


「ほう、そうかそうか…じゃあ全部見られたってわけね…」


 いつかの光景が脳裏を過ぎった。それはマルシャにグングニルの存在を見られてしまった時の光景で、今まさにその時と同様の展開がやってきたというわけだ。ほらな、言わんこっちゃない…


「忘れてくれと言ったら、忘れてくれたりする?」


「無理!」


「だよなぁ…」


 正常な反応をありがとう。あんなものを見せられてなかったことにしてくれるのはマルシャぐらいだろうからな。そう考えれば最初に見られたのがマルシャで良かったと思うべきか?いや、ないなそれ。


「見られちまったのなら仕方ないな…」


 俺はグンニグルを全身鎧野郎に向けて、


「待て待て待て待て!?ぞいぞいぞーい!?」


「ぞいぞい五月蝿いぞい?」


「いやこれは口癖なようなもので…って今はそんな事どうでもよろし!貴殿、まさかこの私を殺そうとしているのか!?」


「御名答。見られたとなっちゃあ生かしてはおけない。というのもだが、お前はマルシャの時とは全然違うようだしな」


 そう、この全身鎧野郎は明らかに俺のグングニルを知覚できていた。しかも常人であれば決してこの場所からは姿形も見えないだろうレッドドラゴンを射抜いたことも理解してやがる。それってのはつまり、この全身鎧野郎が普通じゃないってことだ。


「死ぬ前に白状しろ、お前は何者だ?」


「ま、待つがよろし!?包み隠さず話すからまずその危なっかしいものを下げてくれたまえ!?」


「ダメだ」


「何故!?」


「結果としてお前には死んでもらうから」


「酷いじゃないか!?」


「だよな…俺もそう思う」


「分かってくれるのか!?いやぁ良かったぞい!!だったら…」


「いや、でもやっぱ死んでもらう」


「ぞーい!?」


 災難の次は災難の連続。負の連鎖は続く誰かは言ったが全くその通りだった。そう思わざるを得ないと、そう思った。


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