ドラゴン襲来は夜空の彼方に
緊急事態発生。その言葉が正しく当て嵌まる今のこのルミナス街の状況について簡単に説明すると、何でも今このルミナス街に向けドラゴンが飛んできているらしい。
「ドラゴンかぁ…初めて見るから少しワクワクすんなぁ…」
「バンキス、あんた何そんな呑気な事言ってんの!?ドラゴンよドラゴン!?それもレッドドラゴンなのよ!?」
マルシャはあわあわとした口振りでは言った。その様子からは本気でビビってる感じが見てとれる。
「何だよマルシャ~、ビビってんのか?」
「は、はぁ!?ビビってないし?全然震えないし!?余裕だし!?」
「無理すんなよな」
「うるさい黙れ馬鹿!」
「あははははマルシャちゃんこわ~い?」
「キィーー!!」
と、そんな馬鹿な言い争いをしている俺たちではあるが、今現在はと言うと来たるレッドドラゴンの襲来から逃れる為宿屋を後にしようとしている真っ最中なのであった。
「二人とも、今は口喧嘩している時ではありませんよ?今すぐ逃げないと私達みんな火達磨になってしまいます!」
キリッとした口調でそう進言したのはルクス、よく寝てスッキリしたのかツヤツヤとした顔色を浮かべていた。うん、可愛いな全く。それ故にお前の素性を知って残念だよ俺は…
「時にルクス、お前の中にいるというその大精霊の…何だっけ?」
「大精霊サンダリアン、私はサンちゃんと呼んでいます」
大精霊を”ちゃん”付けかよ!?
「ま、まぁいいや…で、そのサンダリアンでレッドドラゴンを撃退できないのか?」
「はっきり申しますと、無理です。というのもですけど、サンちゃん単体であれば余裕な筈でしょうが、サンちゃんの媒体であるこの私が先に死んでしまうと思います。私…まだ死にたくないんです!!」
「お、おう…」
成る程、生きたい気持ちは強く伝わりました。
「じゃあ何か、レッドドラゴンってのは滅茶苦茶に強い化け物ということか?」
「そうですね。そもそもドラゴンとはこの世界に於いて生命体の頂点に君臨する存在、暴君種と呼ばれるものです。精霊の次に神話性の高い生物でしょう…しかも、それがレッドドラゴンとなればもっとヤバイです。別名を炎龍、その息は紅蓮を纏い、一息で大きな国を壊滅させる程だとか。でも確か今現在生きてるレッドドラゴンとは魔王軍に仕えるのが最後の一体と言われてるみたいですが…」
「…要するに、これは魔王軍の侵略がいよいよこの大地にも迫り来つつあると?」
「と、私はそう思っています」
そりゃあヤバイ。今すぐ逃げよう、そうしよう。
「マルシャ、荷物を纏めたら直ぐに旅立つぞ?いいな?」
「……いや、ちょっと待った」
「何だよ?」
「今、魔王軍の侵略、確かにそう言ったわよね?」
「ああ言ったとも。それが何か?」
「いや聞いて、私達、これから魔王を倒そうっていう冒険者でしょ?それなのにその下っ端で、もしかしたらペット感覚なのかもしれないレッドドラゴンに尻尾を振って逃げるだなんておかしな話だと思わない?」
「いや思わない。なぁルクス?」
「はい、バンキス様の言う通りです。今の私達では瞬殺されます。死にます!私死にたくありません!」
「何よ二人して!?大丈夫よ!?これでも私は竜狩りの異名を持つ伝説の勇者ハイトリック=エストバーニ様の子孫なんだからね!?」
「いやいやいや何それ!?ハイトリック=エストバーニ様万能過ぎんだろ!?てかマルシャ今お前絶対話盛ったよなぁ!?なぁなぁなぁ!?」
「盛ってない!」
「嘘つけ!」
「二人とも!今はそんな言い争いをしてる場合じゃ私は死にたくありません!」
でだ、結局俺たちはルミナス街に残ることとなった。原因の発端はマルシャ、奴が全ての元凶である。
「あんた達は避難してなさい!私はこの街に残って闘うと決めた数少ない冒険者達と力を合わせてレッドドラゴンを退治するから!」
と、闘う気満々な様子。すっかりと日の沈んだ夜空の下、灯りひとつ灯っていないのは街のみんなは既に避難した後だからであり、それ故に星がよく見える。
このルミナス街に残った冒険者と言ってもだが、人数にして40名そこそこ。どいつもこいつも貧弱そうな装備に、勢いだけは立派な死に急ぐ底辺冒険者諸君である。
「皆の者!このルミナス街の為に頑張ろうぞ!?」
「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」
冒険者諸君の代表らしきおっさんが叫んで、それに続いて他の冒険者が続いて叫んだ。その中にはもちろんマルシャも混じっていて、俺とルクスはと言うと冒険者の集団から離れた場所から二人ぽつんとは佇んでいた。
予想だにもしていなかった展開。これはある意味マルシャから逃れるチャンス、好機である。何せこのままいけばマルシャは間違いなく死ぬだろうし、死ねばパーティもクソもない。解散だ解散。マルシャには申し訳ないが、そもそも逃げようと言う俺たちの言葉を聞かなかったのはマルシャ自身だ、別に俺たちは何も悪くない。違うか?
「とにかく、俺たちだけでも今から逃げようかルクス」
俺は隣にいるルクスの肩に手を置いて言った。そう言った俺に対して放ったルクスの言葉とは俺の度肝を抜く。
「いえ、私はやはりマルシャ様と共にここに残ります。逃げるならバンキス様一人でどうぞ」
とんでもないことを言い出したと、そう思った。
「ま、待て…お前死にたくないってあれ程言ってたじゃないか?」
「はい。確かに死にたくありませんよ…ですが、マルシャ様が死んでしまえばパーティは解散、パーティが解散ということは私はまた一人、それってつまり実質的に、私はどの道死亡っていう、そういうことだと今悟りました、はい」
いや何故そうなる!?
「おいおい、別にパーティ解散したからって何も死ぬことはないだろ?俺たちは冒険者、冒険者なんてこの世界には腐る程いるぞ?確かにこのルミナス街ではお前はどこのパーティにも入れなかったようだがな、正直もっとデカイ街の、それこそ有名どころのパーティにお前は大歓迎される筈だ。無論お前が精霊使いであることを明かせばの話だが」
「では無理です。私は精霊使いという事実を明かすことはないでしょう」
「何故?」
「約束したからです、サンちゃんと…」
「約束?」
「そう、約束です。サンちゃんは私と契約する時にこう言いました…『この俺様と契約を交わすんだからよぉぉ、その秘密を明かすのは俺の認めた超絶美少女のみに限るんだぞ?ゲヘヘヘ…』と。そんなサンちゃんがマルシャ様を守れと、そう言っています」
「いや待て待てぃ!!何だよそれ!?俺の想像してた大精霊様ってそんな馬鹿っぽい奴なのか!?動機が不純過ぎんだろ!?むしろ最早下衆だよ下衆!!」
「バンキス様、今サンちゃんが『お前だけには言われたくない』と、激しく怒っています」
「それこっちの台詞だからと伝えて置いてくれる?」
「分かりました」
「はぁ、全く…どいつもこいつも…」
「バンキス様」
「ん、何だ?サンちゃんとやらがまた何か言っているのか?」
「いえ、そうではなく…私、バンキス様とマルシャ様に出会えて、本当に感謝しているんです。だから、もしかしたらバンキス様とはこれで最後になるだろうとは思いますので、お礼を言わせて下さい」
「別に、俺は何もやってないけど?」
「そんなことはありません。バンキス様は、私を仲間と呼んでくれました。確かにまだ仲間となって一日しか経っていませんが、私はあの時、凄く嬉しかったんです」
ルクスは感傷めいた口振りで言って、また続けて、
「初めてだったので…そのぅ…仲間と、言って頂けたの…人に必要とされたこと、今までなかったので…はい」
と、ニッコリと微笑む。俺には眩し過ぎる笑顔であった。
「やめてくれ。今からお前らを見捨てて逃げようってのに、そんな馬鹿野郎にそんな暖かい台詞は相応しくない。それにだ、俺はお前が思っているような奴じゃないんだ、とんだクズ野郎なんだよ」
そうさ、何故なら俺は一番自分が可愛い可愛いチキン野郎だからな。だからこうして逃げようとしている。レッドドラゴンなんて瞬殺できる力を持っておきながら逃げようってんだ。これをクズ野郎と言わずして何と言う?
ここで俺がレッドドラゴンを葬れば、間違いなく世界の誰かが異変に気付くだろう。その異変とは俺の力で、かのレッドドラゴンが一瞬で殺されたとあれば魔王だって黙っちゃいないだろう。
そんな異変が俺であると誰かにしろ魔王にしろ悟られた場合、俺の平穏な未来はその時点で終わりを告げる。そんなのマジ勘弁しろ。俺はただ平穏無事でダラけた未来を送りたい、ただそれだけだ。
「ルクス、俺もお前と同じで死にたくないだけなんだ。だから逃げる。逃げたい。女の子二人を残してもだ…こんな情けない俺に感謝などしてくれるな、頼むから」
「却下します」
「…理由は?」
「だって、私そんなどうしようなくデタラメなバンキス様も…好きだからです」
「……お前って奴は…」
ほんと馬鹿なんじゃないの?
「さっきはバンちゃんとの約束がとか言いましたが、本当はただ失いたくないだけなのかもしれません。それはバンキス様と、そしてマルシャ様と共に歩む事になるだろう未来を…そしてこれから先の未来の中に夢や希望を見てしまったから…私はもう、元の一人ぼっちの私には戻りたくないんです」
「その結果、死んだとしてもか?」
「…いや、やっぱり私死にません。今そう決意しました。私、全身全霊をかけてレッドドラゴンを倒します!ここに誓います!だからバンキス様、後でマルシャ様と共に再び戻りますので、どうか待っていて頂けないでしょうか?」
「……冗談か?」
「マジですよ?」
ルクスは笑う。嘘はついていないとその顔で語って。
俺は、
「ではバンキス様、また、」
俺は、
「ま、待てルクス!?」
俺は、
「行くなぁああああああ!」
一体全体どうすりゃいいってんだ!