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「とりあえず、まず冒険資金を貯めないか?」
それは俺からの提案である。
夕食時、この街一番の広さを誇る酒場にやってきた俺たち冒険者御一行とは酒を酌み交わしながら今後の事についてを話し合っていた。そんな折にも発した俺の発言にマルシャは大層驚いた様子だ。マルシャの酒ジョッキを飲む手を止まっていた。
「あんた急にどうしたの?まるで冒険者らしいこと言っちゃってさ?」
「いや冒険者だからだろうが」
「うん分かってるけどさ、あんたの事だからてっきりしばらくはのんびりしようだとか、そんな事を思っていたんだけど?」
「ああ、是非ともそうしたかったさ。でも現実問題そうも言ってられないだろう?」
と、俺は黙々と皿に積まれた肉を頬張るルクスを流し見て、
「おいルクス、お前やたらと可愛らしいブレスレットしてるじゃないか?」
「む?ああこれです!?よくぞ気付いてくれましたねバンキス様!そうなんです!これ、さっき露天商で一目惚れして買ってみたんですよ!どうです、似合いますか!?」
「うん、すっごく似合ってると思うぞ?」
というのはもちろん嘘だ。ルクスの腕に巻かれたそのブレスレットを見て、「おいおい何だそのいかにも胡散臭そうなブレスレットは!?」と不審がる奴はいても、褒める奴とはまずいないだろう。そんなブレスレットをだ、ルクスは一目惚れして購入したのだという。その変わりない狂った美的感覚はやはりと言って突き抜けている。
「で、その髪飾りは?」
「買いました!」
「そのポーチも?」
「はい!」
「他には?」
「バ、バンキス様…そんなに私のコレクションが見たいのですか!?いや私は別にいいんですけど…絶対譲りませんよ?」
「いいからはよ見せんしゃい」
「そ、そこまで言うなら…ではご覧ください!これが本日の戦利品の品々です!」
と声を弾ませルクス、バックからずらずらと戦利品を取り出した。これが一つや二つならまだ許せたと思う(許したくはないが)。が、それがテーブル一杯となると話は別だ。しかもそれらが全て異様な形状をした珍妙なる品々であり、要はガラクタばかりだった。
憂鬱な気分になる。今後の冒険ライフに於いて毛ほどの役にも立たないものだと分かれば尚更に…ああ、憂鬱だ。
「で、一体今日いくら使ったのか…聞いていいか?」
「分かりません!」
「ほう、じゃあ聞き方を変えようか。今お前が食っている肉の代金ぐらいはあるんだよな?」
「その事なんですがバンキス様…実はお願いが…」
「却下だ」
「ま、まだ何も言ってないじゃないですか!?」
「いい。言わなくていい。聞いたってどうせろくな事にならないだろうとは俺の第六感が告げている」
「そんな事ありませんよ!?まず聞いて下さい!話はそれからでも、」
「じゃあ当ててみようか?」
「…どうぞ?」
「金を貸せ、とか言い出すつもりだったんだろ?」
「な!?バ、バンキス様!私を見くびり過ぎですよ!?そんな不躾なお願いをこの私がするわけないじゃですか!?」
ほう、言ったな?
「では聞こうじゃないか?」
「ええ、いいでしょう…バンキス様、言わばこれは交渉というやつですよ?」
と、ルクスはニヒルな笑みを浮かべてはバックへと手を突っ込む。そしてバックから一つの人形を取り出した。また異様なフォルムをした汚らしい人形をだ。
「ふぅ、まさかこの私がこれを手離してしまう日がこようとは…」
「いや、手離したくないならそのまま持ってていいぞ…」
「いいんです!言わなくても分かるでしょうバンキス様!?貴方様にならこの人形ちゃんがどれだけの価値があるかを…確かに手離してしまうのは些か躊躇ってしまいますが、次の所有者がバンキス様であるなら何の問題もありません!」
「待て、待て待て待てちょい待て!なに勝手に話を進めている!?じゃあ何か!?お前はその人形を今晩の晩飯の引き換えにしようとか考えてるんじゃないだろうな!?」
「そのつもりですが?」
うん、やっぱアホだこの子。可愛い顏したアホだよほんと。
「…ルクスよ、取り敢えず今日の飯代は俺が立て替えといてやる。だからその人形は大事にとっておけ…その方がお互いに幸せだろうよ…」
「バ、バンキス様…貴方様は神ですか!?」
ルクスは人形を嬉しそうには抱き締めた。余程手離したくはなかったのだろうか?
最早は何も言うまい。ただ黙って微笑みかけることぐらいしか俺にはできなかった。
ああ、俺ってほんと甘い。どこぞ大精霊様よりよっぽど神様っぽいことしてる自信がある。
そんな大精霊様とは、今まさにルクスの頭に乗っかっており、相変わらずのグロテスクな面をしたペトロちゃん(改)という低級魔物の剥製の体に乗り移ってはこの場にいる。と、次の瞬間、
『ふん、カッコつけおって…いい気になるなよ?』
などと脳内に直接声が聞こえてきた。シカトしようと、そう思った。
「ガイル」
「え?」
突然名前を呼ばれてガイルは驚いていた。
「な、何ぞい?」
「いやな、お前もお前で中々素晴らしいお召し物を着ているからどうしたんだろうなと思ってな」
「こ、これは…」
と、ガイルは顔を赤らめていた。まるでどこぞの乙女のような反応である。
「に、似合う?」
「ああ、可愛いよ。とっても」
そう言ったのは嘘じゃない。というのも俺の向かいに座っているガイルとはいつもの魔鋼式霊術装(服バージョン)ではなく、この街でよく見かける流行服とやらを身に纏っているのだ。
普段のガイルとて見た目だけで言えば一級品。それプラスに女の子チックな服に袖を通したガイルとは可愛いという言葉すら霞む。それ程の美貌がガイルにはある。
故にだ、
「ガイル、もう一度言わせてくれ。超可愛いと思うぞ?」
「…ぞい」
ガイルは恥ずかしそうには俯く。
ああ、何だこの気持ち。可愛い者を見て可愛いと言って、そんな可愛い者が可愛いらしい反応を見せる、そんな可愛い者の様子を俺は微笑ましく見守る。これっていうのはつまり男にとってこの上なく幸せなことだと思うの。
それ故に、聞きたくない。だが俺は聞かなくてはならない。ガイルの着ている可愛いらしい服の所以についてを、聞かねばならない。
「で、その服の総額は?」
「……」
俺の質問にガイルは黙った。ただ、そのすぐ後にも意を決した表情を見せ、その総額についてを語り出す。
空いた口が塞がらなかった。
「す、すまんガイル…俺の聞き間違いかもしれない。だからもう一度ゆっくり話してくれないか?」
「だ、だから!金が足りなかったから色々と売ったのだ!だが安心してくれ!借金だけはしていない、ほんとだぞ!?」
「いやその辺はいいから!そうじゃなくて、お前…魔鋼式霊術装売っちゃったのか!?」
「……ぞい」
なんてこった。
「馬鹿かお前は!?あれかなり価値あるもんじゃないのかよ!?そんな簡単に手離していいものだったのか!?」
「そんなわけないだろう!?私だって悩んださ!でも仕方ないじゃないか!?この服を目の前にしてどうしても欲しくなってしまったのだから仕方がないではないか!?ぞいぞい!」
「んなわけあるか!明日直ぐに買い戻しにいくからな!?絶対だかんな!?」
「な、バンキス殿そんなのあんまりですぞい!」
「五月蝿い!この場の金だってどうせ出せない癖に!」
「う、それは…」
ほらな。そういうこったろうと思ったよ。
「ということでマルシャ、俺たちはこの通り金がない。いや俺たちじゃないな、厳密を言えばこいつらだ」
「ふん!あんた達、少しは金の使い道ってのを考えなさいよね!?」
と、マルシャは偉そうな事を言いながら酒ジョッキの中身をグイッと一気に飲み干した。それが何杯目かは10を越えた辺りで数えるのを辞めた。考えたってどうせマルシャには到底支払えないだろう額であることに変わりはないのだから…
以上が今日一日の出来事だ。悪い意味で凄く濃密した一日だった。果たして明日からどんな悪い事が待っているのだろうか、想像せずとも必ずや訪れるだろう災厄に頭痛は痛みを増すばかりである。
そんな頭痛の種とはもちろんといって俺には災厄の影がゆるりゆるりとは近付いたようであった。ただ俺がその種を知るのは明日以降であり、この時ばかりは苦い酒に溺れようと、ひたすらアンコールに浸かる俺がいた。




