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宿屋の外にて、ガイルを連れ出した俺とは開口一番にもこう言ってやった。
「分かった、お互い一度冷静になろう、な?」
迫真に迫る勢いとはこのことだろうか、俺は結構マジなテンションで言ってみたりしていた。
そんな俺の誠実さが伝わったか否かはガイルの表情を見れば一目瞭然である。
「うむ、分かってくれたのならいいんだぞい!?」
と、人を小馬鹿にしたような、そんな表情を浮かべているのである。ああ、ダメだこいつ、早く何とかしないと…
「おいおい、お前ほんと分かってんだろうなぁ?」
「分かっているとも!お互いの秘密は決して明かさない、口に出さない、言わば休戦協定というやつぞい?」
「それが出来ていたのならわざわざこうして呼び出したりしないからな?」
「それはお互い様ぞい!」
「元はと言えばお前がきっかけだろうが!?」
「それは…つ、ついウッカリだから仕方ないじゃないか!?ぞい!」
おいおい!ついウッカリで済まされる程俺のグングニルは軽くないぞ!?
俺の頭痛が何時ぞやのときみたいに痛みを帯び始めていた。その頭痛の病巣に巣食うのはこのガイルで、このままだとガイルとはいつかマジでポロッと俺の禁忌についてをバラしてしまいそうなのである。
いやな、俺はガイルの素性と秘密を墓場までエスコートする自信があるんだ。だから冗談は吐いても度が過ぎない程度にはセーブしてるつもりなんだが?
でもこいつは多分違う。このガイルという女は明らかな天然であり、頭空っぽで夢詰め込める状態なのである!夢を詰め込む前にまず知識と配慮心を放り込めと激しく抗議したい!
つまりだ、ガイルとはこのままではついつい俺の秘密をウッカリ漏らしかねない。ただでさえこんな状況、今では街中が決して存在してはならない『竜墜の投擲者』とやらを探すことに躍起になっているのだ。そんな中で俺の正体がバレてみろ?俺が神として崇められる日が来るやもしれん!そんな事は絶対にあってはならない!絶対にだ!
「ガイル、俺の力についてはその偉業を間近に見たお前がよく理解してるだろ?」
「ええ、ええ、もちろんですよ!バンキス殿はあのレッドドラゴンを一撃にて撃ち落とす程の実力者!まさに『竜墜の投擲者』とはバンキス殿にこそ相応しいと思いますぞい!」
「だろ?そうだよなぁ?だからだよ、そんな力はいつかこの世界に災いを生みかねない!俺の力が世に知られてしまえば、この世界は忽ち俺という人間の奪い合い、もしくは殺し合いに発展するのではないか!?」
「ふむ、それもあり得るやも知れぬぞい…まさかバンキス殿がそこまで世界について考えていたとは…いやはや敬服の念を抱かざるを得ませんねぇ…」
「そう言って頂けると助かる。でだ、お前はそんな世界に対して思慮深い俺の秘密を知っている唯一の存在である…この意味、いくら脳内お花畑のお前でも分かってくれるよな?」
「う…そう言われたら私が全面的に悪いような…そんな気がしてきたような…」
「そこまでは言わない。ただな?世界の命運はお前に掛かっているとだけは言っておこう…」
「いやだから全面的に私を非難しているのは分かったからやめれ…ぞい」
ガイルは項垂れてそう言った。
言い過ぎてるとは思う。だが、こういう分からずにやこれぐらいキツく言っておかないといけないとは俺の第六感が告げているのだから仕方がないだろうに。
「まぁ…元魔王軍であるお前に言っても仕方がないかもしれんがな…」
「ぞいぞいぞーい!?確かに私は元魔王軍ですけど、別に進んで魔王軍に力を貸していたわけではないんだぞい!?あれは言わば、仕方なくと言ったところ!本来であれば、私は争い事など好まない心優しき魔族なんだぞい!?」
あれ、そうなのか?
「そういえばだが、お前がどうして魔王軍を脱走したか詳しく聞いてなかったが…あれ、なんだっけ?確かお兄ちゃんと喧嘩したとか言ったか?」
「そう!そうなのだ!聞いてくれるかバンキス殿!?」
と、食い気味には顔を近づけて来るガイル。ガイルの荒い息が顔へとかかる。そうして眼前にて改めて見たガイルとはやはり可愛いかった。物凄い馬鹿だけど顔だけは一級品のそれだから何とも小っ恥ずかしい気分に苛まれる。
「ち、近いガイル…」
「お、悪い悪い」
多分だが、ガイルとは昔からこんな感じだったのだろう。こいつは自身の何気ない仕草が世のウブな男性諸君をどれだけ翻弄させるのかを全く理解していない。それ故にだ、これまでガイルに悩まされた男性諸君とは幾星霜に広がる星の数程にいたのではないだろうかと考える俺がいた。もしかしたらそのお兄ちゃんとやらもそんなガイルに頭痛を痛めていたのではないだろうかと、そう思うわけですよ。
「こ、こほん、とにかくだ、話を戻そうガイル。では聞かせてくれ。お前の脱走理由についてだが…一体、何があった?」
「そ、そうなのだ!聞いてくれバンキス殿!実はな!?」
うん、実は?
「実はーーー」
と、始まるガイルの真実について。知らなきゃ良かったとは後になくても瞬間的に理解したよ。ああ聞かなければ良かったと、そう激しく後悔したよ。ただそれでも知ってしまった手前、いや知らずともガイルが元魔王軍を名乗った時点で即座に縁と所縁を絶つべきだったんだよ。なのにどうして俺はこんな奴を仲間に誘ってしまったのだろうか?その事についてを一生かけて悔いる必要がある。
「…ガイル、すまん、今の言ったことは聞かなかったことにしてやるから…お前は今すぐ魔王軍へと戻れ。うん、それがいい。そのお兄ちゃん…いや、お兄様も存分にはお前の安否を気にかけていることだろうしな?ガイル、お兄様に心配かけちゃ駄目だぞ?」
「な、何ですかいきなり!?バンキス殿はお兄ちゃんの肩を持つわけですか!?」
「ん?それは違うよガイル。お前は俺という人間を大きく誤解をしている。今俺が言ったことの真意についてをもう一度お馬鹿なお前にもよく分かるように説明してあげよう…つまりだ、俺はお前にこう言いたい…速攻帰れ馬鹿野郎!」
俺は覇気を込めてそう叫んでやった。それは心よりそう思うからであり、別にガイルの事だとかそのお兄ちゃんとやらを気遣っての言葉では決してない。そこだけは誤解せぬよう言及しておこう。
言わば、これは俺のために…強いては、世界平和の為に、なのである。
「どうしてどうして!?バンキス殿!?どうしてそんな酷い事言うの!?私今傷ついた!めっさ心に深い傷を負ってしまったぞい!?」
「知るかアホンダラ!それぐらいで済むならまだマシだわ!では言わせてもらうが一体どの世界に妹を連れ戻すためにレッドドラゴンを送るような破天荒なお兄ちゃんがいるんだ!?」
「いやだから逃げてきたのではないか!?お兄ちゃんは私の事を溺愛し過ぎている!それはそれは取り返しの付かないところまできている程にな!?言ってしまえばシスコン!バンキス殿にもお兄ちゃんのあの激しく歪曲した私へのデレデレっぷりを見せてあげたいぞい!?」
「んなもん見たくないわ!こちとら危うくそのレッドドラゴンに滅ぼされかけた立場だぞ!?お前こそ俺たち下等種族の身にもなれっての!?」
「何を言うバンキス殿!?貴殿はあのレッドドラゴンを見事打ち滅ぼし、結果お兄ちゃんから私を救ってくれたではないか!?」
「結果としては?だがな、お前らの兄妹喧嘩を知っていればそんなこともなかったんだよ…どうしてくれるガイル…俺の平凡なる冒険者ライフを返してくれよ…」
「だ、大丈夫だぞい!?今後からはより一層バンキス殿に秘密についてお口をブロッキングにしておく!絶対だぞい!?」
「ったりめーだ。それは大前提にしてもだよ…やはりこの状況はヤバイ」
そう、かなりヤバイ。やば過ぎて素直に現状を鵜呑みにできないどころか吐き気もとい嘔吐したがっている俺がいるんだからな…
「ガイル、冗談だと言うなら今すぐ白状しろ。今なら許すから、むしろ土下座して許すから…」
「だから、本当だぞい!私のお兄ちゃん…いや、魔王グフタス=ガイガー=ハイブリットはあろうことか私を魔王城へと連れ戻すべくレッドドラゴンをよこしてきたんだぞい!?そんな頭のおかしいお兄ちゃんの元に戻れだなんて…バンキス殿、貴殿さてはかなりの鬼畜!ど鬼畜であるな!?」
「ふん!」
「いた!何で殴るの!?」
「五月蝿い!」
「何でなの!?」
「自分の胸に聞け!」
「……胸?」
と、ガイルは自身の胸元を見る。そして、
「触りたいの?」
そんなことを尋ねてきた。うん、もちろんこの悲しくも愚かしいお馬鹿な少女の頭を叩いてやったとは言うまでもない。




