13
話し合いの末、旅立ちは明日の早朝に決まった。今日は各々自由時間ということで、今の俺はと言うと興味本意から自分で葬ったレッドドラゴンの死骸を拝みに行こうという最中である。
「で、何でついてくるんだ?」
「ふん、あんたがこの隙に逃げ出さないか監視してるの!言っちゃあ保護者よ保護者!」
「何だそれ!俺は餓鬼か!?」
「似て非なる者でしょうが!?」
酷い言われようだ。このマルシャという女にはもう少し人に対する(てか俺に対する)思いやりを持って欲しいものだ。
そうしてレッドドラゴンの死骸を見ようとして、既に俺と同じような考えを持った人々で一杯な様子。これじゃあ近寄れたもんじゃない。
「くそ、冒険者としてレッドドラゴンがどんなにヤバイものなのか純粋に気になってるだけなのに…これじゃあ姿も見えないじゃねーか」
「ふーん、あんたにしては良い心掛けね?少しは冒険者としての自覚があると見ていいのかしら?」
「ああ存分にそんな風に俺を見てくれて構わないぞ?それよりもマルシャ、お前の力でどうにかしてこの人混みを潜り抜ける手段はないものか?」
「そうねぇ…あるっちゃあるけど、そんなに見たいの?ただのバカでかい空飛ぶトカゲよ?」
「いやいやいや、そんなトカゲに滅ぼされそうになった人間の言う台詞かそれ?」
「いやいやいやいや、実際あんな状態でなくても私なら余裕でレッドドラゴン倒してたから?マジよ?」
「どうだか…」
「キィー!その目がむかつく!いいわ!だったらその証拠に私の力のほんの小さな部分を見せてあげるから、それ見せたらちゃんと『マルシャ様、先程は失礼なことを口走ってしまってすみませんでした』と反省するのよ!?わかった!?」
「分からない。分かりたくもない」
「もういい!あったまきた!!」
と、いきなりマルシャが俺の襟首を掴んだ。
「お、おい暴力はダメだ!?暴力反対!!誰かー!誰か助けて!」
「五月蝿い!振り落されるんじゃないわよ!?」
「え!?」
どういう意味だと尋ねようとした俺を無視して、次の瞬間、マルシャの体が浮いた。それはつまり、襟首を掴まれた俺の体もマルシャ同様には浮いたということである。
「な、ななな何が始まるんです!?」
「飛ぶのよ!私クラスになると飛行魔法ぐらい余裕で扱えるんだからね!?」
だそうだ。どうやら嘘じゃないらしく、俺は生まれて初めての空の旅という奴を体験していた。まじ怖い!
「マ、マルシャ様!?俺が悪うございました!この通り謝ります!!ですのでどうかおろして下さい!!おなしゃす!!」
「もう遅いっての!大丈夫よ、今は重力が慣れないだろうけど時期に平気になるからって…ばか、あんた何泣いてんの!?」
「うぅ…空ヤバイ…ヤバイよ…」
怖かった。空を飛ぶというのがこんなに怖いとは知らなかった。俺は誓う。今後二度と空は飛ばないと神に誓う!
そして、俺は空中で盛大にゲロッていた。
マルシャとの僅か数分にも満たない空中旅行を終えて俺はレッドドラゴンの背の上に乗っていた。
「なんかバンキス…ごめんね」
俺の情けすぎる姿にいたく哀れんでかマルシャがそう言って頭を下げた。俺はレッドドラゴンの背でグッタリと横たわる。まじ苦しかった。
「いや、気にするなマルシャ…お前は何も悪くない。悪くないから…どうか二度と俺を掴んで飛ばないで下さい」
「わ、分かったから!ほら、気をしっかり!?あんたが見たがってたレッドドラゴンのその背中に乗せて上げたのに、これじゃあ骨折り損の草臥れナントカでしょうが!?」
うん、そうか俺のためだったのか。結果から言おう、それは余計なお世話だった。確かにお願いしたのは俺だが、今後は何をするのかは事前に告知してくれ。まじ頼むから。
さて、そんな悲劇的過程はさて置き俺達とはレッドドラゴンの上にやってきた。ゴツゴツとした足元にはレッドドラゴンの強固なる竜鱗がびっしり生えていて、何でもこの竜鱗とはかの世界最高硬度を誇るアダマンタイトと匹敵するレベルの強度であるらしい。その為か地上では幾人かの者達がレッドドラゴンの竜鱗を剥がそうと試行錯誤を繰り返しているみたいだ。もちろん無駄なようである。
「にしても凄いな…こんな空飛ぶ要塞みたいな奴が生き物だなんて信じ難いぜ。マルシャ、お前はこれを相手にしようとしてたんだぞ?」
「ふ、ふん!こんなトカゲ私の剣でイチコロなんだけど!?」
と、マルシャが剣を抜いて思いっきりレッドドラゴンの鱗に突き立てようとしたところ、ボキッ、と変な音がした。そのすぐ後、マルシャの絶叫が辺り一帯木霊する。
「わ、私の剣がぁあああああああああ!!」
どうやら自慢のシルバー製の剣も竜鱗の前では歯も立たなかったみたいだ。そりゃそうだとは可哀想だから言わないでおいてやる。
「マルシャ?街に着いたらまた新しい剣買おう、な?少しお金貸してやるから?」
「うっ、うっ…お師匠様から頂いた剣がぁあああ…」
しばらくはマルシャを慰めていた。そうしてようやく泣き止んだマルシャと二人、俺たちは寝っ転がり雄大な空を眺める。未だ地上では人々がガヤガヤと騒ぎあっているみたいだが、ここだけはえらく穏やかである。
と、そんな時だった。
「バンキス?」
マルシャが俺の名を呼んだ。俺は視線を空からマルシャへ、そうして首を傾けては、
「ん?何だ?」
「いやさ、あんたっていつも能天気だけどさ、昔からそんなんなの?」
「失礼な。俺だってたまには真剣なこと考えるっての」
「ふーん、じゃあそれってどんな事?」
「別にお前に話すようなことでもない」
「何よ、減るもんじゃないんだし教えてくれたっていいじゃない」
「……笑わないか?」
「それは了承しかねる」
マルシャは当然の如く言った。ほんと失礼な奴だ。
「あっそ、じゃあ言わない」
「嘘嘘嘘!冗談だからね!?マジよ!?」
「お前のマジはマジじゃないと俺は知っている」
「もう!勿体ぶらないでよ!絶対に笑わないから!ねっ!?」
はぁ、何が「ねっ!?」だ全く。そんな物乞いしそうな目をしやがって…
「しょうがねぇなぁ…」
「やった!バンキス大好き!」
「馬鹿。柄にもない事はやめろ。吐き気が蒸し返す」
「は、はぁ!?」
「嘘、冗談だよ。じゃあ話すから、心して聞け。そして笑うな。良いな?」
「ふ、ふん、だからそうするって言ってるじゃない…」
と、この時はふて腐れたようにするマルシャも、俺が自身の考えについてを語り始めた瞬間にも黙って耳を傾けていた。普段のマルシャじゃないような落ち着きぶりに驚きはしたが、まぁいいかとは俺は語り続けた。
俺の考えーーそれは自身のこれからについてや、今の世界のあり方についての疑問である。俺の夢とは幻の大地グランデリアにたどり着きそこで一生の全てを過ごしたいということだが、それってのはただ単に俺の堕落心から来るものでもないと今だからこそ語る。
というのもだ、実を言うと俺の故郷である村は一月前にも壊滅した。壊滅のきっかけは魔物の襲撃が原因で、最近この大陸にも増えつつある魔物の余波を運悪くも貰ってしまったのである。俺のその時一人村近くの森の中でボンヤリしていたから、実際に村でどんな悲惨な事が巻き起こったのかは知らずじまいだ。
ただ村は無残な光景となって広がっていて、目に燃え盛る家屋と鼻につく硝煙の悪臭が残留しているのみであった。
村の皆んながその後どうなったかは分からない。探しても見つかりはしなかった。大方魔物に食われたか連れ攫われてしまったのだろう、その中には唯一の肉親である親父も含まれていた。まぁだから何って話ぐらいには嫌いな親父だったが、実際いなくなるとそれはそれは寂しいもんだった。
「そう、バンキス…あんたも能天気そうに見えて案外悲惨な過去があったのね…何か、辛いことを思い出させてしまったみたいね…ごめん」
「いやいいんだ、もう吹っ切れたし。それに俺みたいな奴はこの世界にごまんといることだろうしよ。俺だけが不幸な目にあってるわけじゃない、そうだろ?」
「…強いのね、あんた」
「だから違うっての。俺は弱い、弱いからこそこうしてまだ生きてんだ」
逃げ癖の強い俺とは悪運からも逃げ切ることに成功したと、そう考えている。だから、
「これからは自由に生きようって、そう決めたんだ」
「…だから、冒険者なわけ?」
「そうだ。冒険者になって旅をする、そして、」
「村の仇である魔物、いや魔王を倒すと…そういうことなのね」
マルシャは俺をまるで気高き英雄様を見るかの如し尊敬の眼差しで覗いていた。まさかマルシャからそんな眼差しを向けられる日が来るとはな…でもよ、マルシャ、お前は勘違いしている。だから、言わせてほしい。
「マルシャ、それは違うぞ。俺は魔王退治なんて考えちゃあいない」
それを、はっきりとした口調で告げてやった。すると、
「ん?何か言った?」
と、予定調和過ぎる反応を返してくれていた。うん、それが正解。
「だから、俺は別に仇を撃とうとかこれっぽっちも考えちゃあいない。今度はちゃんと聞こえたか?」
「え、ええ…でも、そしたら何でまた冒険者なんかに?」
「そりゃあ決まってる。自由に生きるため、この命は何の幸運か失わずに済んだラッキーな命だ。俺はなマルシャ、それを魔王討伐で散らそうとはどうしても思えないんだよ。確かによ、俺みたいな過去を持つ奴の中にはその身を人類の為に捧げようとする奴もいると思うぞ?別にそれが悪いとは思わない。だがな、俺はせっかく生かされた命だからこそ、その命ぐらい自分のために使おうと、そう考えただけ」
「だから、その…幻の大地に、あるかないかも定かではないグランデリアに行きたいと…あんたはそういう訳ね?」
「そうさ。どうだ、馬鹿げているだろ?」
馬鹿にされると思った。または鼻で笑われてしまうだろうもんだと、そう思っていた。だって彼女はマルシャ、伝説の勇者の血を継ぐ気高き冒険者様だからだ。バリバリに魔王討伐を買って出るだろうマルシャにとって、俺の夢など滑稽に聞こえるもんだと、ずっとそう思っていたんだ。だから、驚いてんだ。
「素敵な夢じゃない」
「……え?」
今、こいつ何か言った?
「あんたにしてはよく考えたはね…まさかそんな夢があっただなんてね、これからは少しだけ言葉遣いの気をつけようか検討中よ?」
「お、おいおい、笑わないのか?」
「はぁ?あんた馬鹿?人の夢を笑うとか有り得ないんですけど?」
「意外だ…」
「何よその『お前の口からその言葉を聞けるとは…』的な意味深な呟き声は!?」
「いや実際そうだから、代弁を有難うマルシャ」
「あんたってほんと失礼…」
「お互い様だろ?」
「ふん、馬鹿」
と、マルシャはそんな悪態をついた次の瞬間にも、フッと軽く笑って、
「でもまぁ、あんたらしくていいなって思ったのはホントだからさ、それだけは信じなさいよね?」
そう言って笑うマルシャの笑顔を覗いて、不覚にもドキドキしてしまった俺がいた事は墓場まで持参しよう生涯の秘密である。魔槍グングニル同様には決して誰にも知られないようにはしようと、固く心に決意し誓った。
「なぁ、マルシャ?」
「ん?何よ?」
「お前、笑った方が案外可愛いぞ?」
「……は、はぁ!?」
その時見たマルシャの赤面顔も、俺だけの秘密にしたいとは、そう思った。




