家が欲しいと彼は思った
「で、結局の所どうするんです?」
「うーん……」
結局、先輩メンバーとの面談の約束を取り付けてリューイは去っていった。
三日後――一月二十三日の正午にお昼でも食べながらと。
おごりと言われては断れない御影である。
「そもそもあのリューイとかいう神信用できるのかね?」
「そこは信頼できると思いますよ。性格とかじゃなく――権能的な意味で」
「権能?」
ある事柄について権利を主張し、行使することのできる能力――だったか。
神が言うとなれば――そりゃあもう凄そうである。
「あの方の権能は『契約』。契約の公平性を司る契約神ですから。労働契約に関して嘘言ったりはしないはずです」
「言えないってこと?」
「言えなくはないでしょう。ただし力が削がれる事は避けられません。正直この一件で冒すリスクかというと……ちょっと」
うん。ないな。
住所不定無職のためにそんなリスクを冒す神とかイヤだわ。
「あと、あの方の神としての力は『契約の履行』ですから。嘘偽りは言わない方が強いです」
「契約の履行……」
「時系列、因果律、物理法則、能力限界……その他諸々を全て無視して契約した事を履行させる能力、ですね。余所の世界の最高神レベルの存在すら縛ることができるとか」
「おおおっ!?」
あの神めっちゃ強いじゃねえか!?
何が野良犬にも勝ったことがねえだよ!!
どこの超能力者だよ!?
「まあ、その分言葉が通じないと何もできないし、相手にある程度の知性がないと何もできないし、そもそも契約に応じてくれないと何もできないとか、制約の多い能力ではあるんですが……」
「あー……」
そうか。そりゃ野良犬には効かねえなあ……。
基本バフ・デバフ系の能力か。
うーん。でもそれって……。
「勇者喚ぶにはかなり便利な能力、だよな」
「ですね。だからこそエルードは終焉世界と言われながらもギリギリでもちこたえていると言われています。リューイ・ディ・エンクが主神でなければとうに滅んでいただろうと」
「やり手だなあ……」
「超のつくやり手ですね」
うぬぬ……あのヘラヘラ随分なエリートじゃねえか。
このいらっときた気持ちをどうしてくれよう。
「まだ神になって300年程度の若い神なんですが……生前からやり手と評判でしたしねえ」
「……え? え? え?」
「ああ、あの方元は人間ですよ。生前はリューイ・ドゥ・ゼンデ・ドゥ・ローン・ドゥ・エスシーバ様と言いました」
「えらい長い!?」
うぬう……まさか生前からエリートっていうか貴族だったりしやがんのか?
ぐぬぬ……。
「ええ、エルードでは格下の存在ほど長い名前を付けるんだそうで。四語民から二語神に昇格したあの方は立身出世の神としても信仰されるんだそうです」
「おおう……」
逆だったぜ。
すまぬ。リューイ。
ううん……異なる世界には異なる常識があるのだなあ。
「しかし、週休二日で日給一万で一年……年収だと250万ぐらい? 生活費向こう持ちとは言え……いくらにもなんないなあ」
少なく見積もって200万ぐらいが残るとして……。
部屋を借りたところで一年は保つまい。
無職再び確定ではどうにもならない。
「もういっそ地方に移住したらどうですか? 仕事の都合って事もないでしょう? 田舎の空き家物件なら二百万あればそこそこのもの狙えると思いますよ?」
「田舎の空き家そんな安いの!?」
「安いです」
くう曰く。
現在日本は空前の家余りである。
そして地方は空前の若者不足である。
それらが合わさった結果とんでもない買い手市場が出現したらしい。
「若者とか来てくれるだけでって所も多いですよ。調べれば掘り出し物が見つかるかも……」
「うぬう……」
「自治体から補助金がでるところもあるらしいですし」
「ぬぬう……」
「――というかですね」
声を一段トーンを落としてくうは言う。
「もし、家とか土地とかの物納でよければ最低限50万までは上乗せできると天照大神様は仰せです」
「えらい細かいことを仰せだな!?」
50万て。
あれか? 現金なら250万だけど住居なら300万まではOKってか?
そういうとくうはそういうことですと頷く。
「やっぱ神々としては現ナマをぽんと渡すよりは物にして渡したいんですよ。その方がありがたみがあるじゃないですか」
「そうかもしれないけど……」
細けえ。
細けえよ天照様。
「それに空き家が一件なくなれば持ち主も不動産屋さんも自治体もうれしいですし。みんな嬉しければもちろん神々も嬉しいですし」
「そんなもんかね……」
「もし、地域の祭祀――お祭りの復興・維持・継承等に積極的に関わるというのなら500万ぐらいまではOKらしいですよ」
「生々しいなあ!!」
あー、つまりあれか。
信仰が金で買えるなら買っちゃえってか。
神様も大変である。
「しかし、家かあ……」
そりゃ御影だって本音を言えば家が欲しい。
具体的には屋根と壁が欲しい。
屋根と壁の価値を知る男、門上御影である。
伊達に凍死しかかったわけではない。
正直。
東京暮らし(?)に疲れていたというのもある。
どこに行っても人人人。ギンギンのネオンの夜の来ない町。
警官だけはどこにでもいるし。
あとどこ行ってもうるさい。
ただ、家をもらっても本当に屋根と壁があるだけだ。
光熱費も払えないし仕事のあてもない。
何より免許のない御影ではほとんど出歩くことは叶わないだろう。
ただ、風雨を凌げるだけ。ただ、それだけ。
ぶっちゃけ、上乗せしていい家もらうよりは食料とか光熱費にして欲しい。
「……いや、働いてくださいよ」
そういうとくうはジト目でにらんできた。冷たい。
「そうは言ってもなあ……田舎で免許なかったら仕事とか無理じゃね?」
「ううん……電動自転車的なものをお付けできるよう交渉してみますが……」
くうも厳しいと思ってるのか自信なさげだ。
それだけ田舎は車社会だ。御影が上京した理由もそこにある。
「それも含めて一年かけて探しながら、でしょうか……?」
「ううん……」
正直言って250万程度では厳しいだろう。
いくら田舎の家が安いといっても徒歩圏内に職場のあるところとなれば流石に高くなってしまってもおかしくない。
就職するか、定住するか、どちらかを選ばないといけない。
といっても普通に考えれば就職なのだろうが――
ただ。
御影は思ってしまったのだ。
ただ、何もない部屋の中でなけなしの食料かじって息絶えるまで過ごす。
それが自分にはお似合いだと。
誰にも認識されず。
誰にも知覚されず。
誰にも愛されず。
ただ、死んだように生きる。
死ぬために――生きる。
それが門上御影という命の終わりにはふさわしいように思ったのだ。
「仕事受けてみるかあ……」
そうつぶやく御影の口元には笑みが浮かんでいた。
死に焦がれるような――儚い笑みだった。
暗い。暗いよ御影……