第四章 盲目の姫君 第二話
トランセリアの閣僚に二人の情報が伝わったのは、アイリーンとシンが出奔してから数日後の事だった。御前会議の席上、宰相ユーストによって報告を受けたアルフリートは、一瞬だけ(イグナートにそんな王族が居たっけ?)と、きょとんとした表情を見せた。珍しく反応の鈍い国王に、ユーストはちらりと視線を向けて説明を追加しようと口を開きかけるが、わずかに早くアルフリートが言葉を発した。
「ああ、思い出した。確か離宮から出してもらえない目の見えない王女が居るって……。第三夫人の娘だっけ、いくつ?」
もう少し言葉を選べばすっかり忘れていた事もばれずに済んだだろうにと、宰相は内心ため息を付きながら報告を補足する。
「アイリーン・イグナーティア王女、十八歳です。第三夫人フローリア様の御息女ですが、恐らく王位継承権は与えられていないものと思われます。フローリア様が侍女上がりの平民であり、アイリーン様を産み落としてすぐに亡くなられている事。お産れになったアイリーン様が盲目であった事が主な理由でしょう。宮廷にもほとんど姿を現わす事は無く、存在自体も公にはされていないようですが、噂話としては興味深い物なのでしょう、宮廷に近い者は皆知っているという事でございます」
「ふーん、駆け落ちねぇ。……なんで?」
またもや国王として品位の欠片も無い台詞を口にするアルフリートに、ユーストははっきりと冷ややかな視線を浴びせ、テーブルの下ではシルヴァが婚約者の脛に蹴りを入れる。
「アイリーン様にプロタリアの貴族との縁談が持ち上がったのがその理由でしょう。暫定情報ですが、お相手はリンデン侯爵、四十三歳、既に伯爵令嬢の奥方がいらっしゃいまして、お子様も三人居られるようです。明らかに政略結婚ですが、仮にも国王直系の王女を差し出す相手としてはいささか役者不足に思われます。恐らく……」
「こないだのリグノリアの失策を取り返そうって腹か。やれやれ、しょうがねぇなぁ…」
シルヴァを横目でなだめつつ、アルフリートは言った。静かに一礼してユーストが着席する。この時点で、閣僚のほとんどは事態を静観する考えを持っていた。アルフリート自身もそう思い、言葉を続けた。
「この件に関しては国内に入りでもしない限り、手の出しようが無いな。念の為国境警備隊と関所に通達を。亡命の意志があった場合に備え、引続き情報収集。……こんな所だろう」
「陛下、よろしいですか」
シルヴァが発言を求めた。何か言い忘れたかと思い、アルフリートは彼女を促す。
「イグナート方面の警備隊を増強して、自由国境地帯の街道を捜索してはいかがでしょう。確実に二人には追っ手が掛かっていると思われますし、先手を打つべきではないかと存じ上げます」
「え?でも…」
「陛下」
戸惑うアルフリートに、外務長官の副官リサが手を上げて告げる。
「アイリーン様に王位継承権が無く、お二人とも成人であれば、本人の意志が優先出来ます。外交上も保護が可能かと存じます」
「え?え?」
「陛下」
続いて宰相副官のディアナが言う。
「情報ではリグノリアを南回りに東進した可能性が高いようです。現在追跡中ですが、恐らく我が国に向っているものと思われます。捜索のルートはかなり絞り込めます」
「え?あ?……そ、そう」
「陛下」
「はははい?」
さらに内務庁唯一の女性局長、福祉局のミランダ局長が立ち上がり告げる。
「王女殿下が盲目という事でございましたら、王宮からの見舞金の対象になります。手続きを進めてもよろしゅうございますか?」
「陛下」
間髪置かずシルヴァの副官セリカが手を上げる。
「戦研からの報告では、イグナートの各騎士団は今の所動きを見せておりません。街道への部隊展開に問題は無いと存じ上げます」
「………いや分かってるか…」
「陛下」
「えええっ?シンシア?」
執務室付きの侍女シンシアまでもが発言するのかと、アルフリートは驚いて振り返る。
「あ、いえ。陛下のコーヒーが冷めてしまっておりますので。いかがでございましょう、もう一杯?」
お盆を胸ににっこりと微笑んで告げるシンシアをたっぷり五秒は見つめ、テーブルに向き直って会議室に居る女性閣僚の視線が全て自分に集中している事に気付き、残る男達が一斉に目を逸らしたのを確認し、アルフリートは両手を上げて言った。
「………降参。分かったよ、みんな味方したいんだね?」
腰を浮かせ、前のめりに身を乗り出して国王を見つめる女性陣が、一様にうんうんと頷く。
「えーと、月番の将軍は……シュバルカ」
「はい陛下」
笑いを含んだ声で答える筆頭将軍。
「自由国境地帯のパトロールを強化して。増員も許可する。ただし、可能な限り目立たぬように。最近街道の治安が悪いようだから、あくまでもそれを名目に。今は表立ってイグナートを刺激したく無い。二人に関しては常に受け身で頼む。リサ、ディアナ、それとセリカ。発見に備えて情報収集を、報告はユーストに。ミランダ、手続きは入国してからでも十分に間に合うから。シンシア、コーヒー下さい。………これでいい?」
最期の一言はシルヴァに向って言ったのだが、会議室に綺麗な女声の唱和が響いた。
「御意にございます陛下」
「………かなわねぇなぁウチの女性陣には」
アルフリートの呟きに、出番の無かった男性閣僚の小さなため息が重なった。
トランセリアでは政略結婚という物がほとんど行われていなかった。貴族が居らず、名家や豪商と呼べる家柄も少なく、結び付ける家系そのものが無いからだ。外国の貴族との婚姻も数える程で、それらも例えばアンドリューの様に、芝居になるような大恋愛の末に結ばれていた。女性の自立心も旺盛で、過去を振り返ってみても、無理強いの結婚話が人々の記憶にあまり残っていない程であった。不幸な生い立ちの盲目の王女を、中年の侯爵の第二夫人として差し出すといったイグナート国王の所行に、女性陣が猛反発するのも頷ける所だと言えよう。
アイリーンとシンの噂は瞬く間に王宮に知れ渡り、日々女性達の話題に上る。アルフリートは王宮外に漏らさぬようにと、異例の箝口令を言い渡す羽目になった。入手した情報は隠さない事がトランセリアの基本的な方針であったが、この件に関しては公開を押さえていた。二人はまだ入国もしておらず、本人達の意志を確認した訳でも無い。言ってみればプライベートな内容を、市民に知らせるのもおかしな話だと思われた。人々の生活に影響する事件でも無く、むざむざイグナートの手助けをしてやる事も無いだろうという結論になった。
トランセリア国境を目指し、雨の中を進む二人。妊娠中のアイリーンを気遣い、馬をゆっくりと走らせた為に、国を出てから十日程が経っていた。その間二度宿を使っただけで、他は野宿をして過ごした。シンとアイリーンは二人共に容姿の特徴がはっきりし過ぎていた。人目のある本街道を旅したり、頻繁に宿に泊まったりすれば、たちまち追っ手に足取りを辿られてしまうだろう。人気の無い旧街道を行く危険は承知していたが、野盗や山賊よりも、国からの追っ手を二人は怖れた。
国境の近いリグノリアは、イグナートの侵略から国力を回復するのに手一杯であり、街道の警備に兵を割く余裕は無く、治安は随分と悪化していた。トランセリア領内に入ってしまえば国境警備隊がおり、安全は保証される。リグノリアの同盟国となったトランセリアは、イグナート公国と事実上の国交断絶状態にあり、追っ手もそう動きは取れなくなるだろう。とにかく国境を通過してしまえばなんとかなる。二人はそれだけを考え、はやる気持ちを抑え、手綱を握りしめた。
少しづつ道が開けてきたようにシンには感じられた。国境が近いのだろうと、アイリーンに声を掛けようとした瞬間、彼女の馬がかん高くいななき、がくりと膝をついた。
「きゃぁっ!」
鞍から振り落とされる寸前のアイリーンの身体を、馬から飛び下りたシンがあやうく抱きとめる。
「姫様っ!」
突然の出来事に驚いたシンの馬が、二人を置き去りに駆け出してしまう。石畳に倒れたアイリーンの馬の前脚に、深々と弓が刺さっている。シンはすかさず彼女を背にかばい、背中に背負った鉄棍を構え、油断なく辺りを見回す。アイリーンも杖を握りしめ、シンに小声でささやいた。
「シン、囲まれています。……十…二十人ぐらいかしら。……ごめんなさい、この雨ではよく分からなくて」
「姫様、離れないで下さい。私の背中に隠れて」
森の中からばらばらと賊が現れる。十数人はいるだろうか。皆手に武器を構え、様々な服装をしている。国からの追っ手では無いようだった。山賊か追い剥ぎの類いだろう。かしらとおぼしき大柄な男が口を開く。
「『姫様』…だとぉ。…なるほどいい身なりをしてやがる。おい、その女と有り金をぜんぶ置いていきな。そうすりゃ命迄は取らねぇ」
そう話し掛けられたシンは返事をせず、男達一人ひとりの武器を冷静に観察していた。
(弓矢は…あいつだけか。他は皆大刀か…後ろに槍が二人いる。森に隠れていなければいいが…)
アイリーンを背中に、じりじりと弓を持つ男のいる側へと位置を変えるシン。アイリーンが小さくつぶやく。
「シン…わたくしの宝石なら差し出しても…」
「しっ!…あいつらの言ってることは嘘っぱちです。金を渡したとたん殺されます」
二人のその会話を耳にしたかしらの男はにやりと笑って言った。
「なんだ分かってるんじゃねぇか。…宝石?そいつぁいい話を教えてくれたな。おい」
かしらはすっと後ろに下がり、手下に合図する。二人を取り囲んだ賊がそれに反応するよりも速く、シンの鉄棍が弓矢を持つ男の頭上に振り下ろされた。ぐしゃりというイヤな音と共に、男の頭蓋骨がくだけ、声も出せずにその身体が崩れ落ちた。
シンは始めから先手を狙っていた。上背のあるシンのリーチと、アイリーンの背丈程もある長い鉄棍の間合いを悟られる前に、弓と槍を潰しておきたかった。事実、弓矢を持つ男はやや後ろに下がっていたにも拘わらず、一撃で仕留める事ができた。賊が一瞬虚を突かれた隙に、近い方の槍を叩き折り、鉄棍の先端で胸を打ち抜く。奇妙な声を上げて後ろに吹き飛ばされる賊。仲間を殺され、頭に血が上ったのか、彼等は一斉にシンに斬り掛かる。ぶん、と唸りを上げて回転した鉄棍が、凄まじい勢いで大刀ごと男達を薙ぎ払った。
わずかな時間で数人を屠ったシンは再びアイリーンを背中にかばい、鉄棍を構える。場慣れした賊達はもう無闇に突っ込んでこようとはしなかった。
「おやぁ…。おい、その姫さんは盲みてぇだぜ」
かしらの男の声に賊はジリジリと囲みの輪をせばめ、アイリーンを狙おうと背後に回り込もうとする。シンはそれを避ける為に右に左に鉄棍を繰り出し、男達を牽制する。普段のアイリーンになら、ここまで気を使う事は無かったろう。だが見知らぬ土地と雨は、彼女の聴力を奪い、いつもの勘を鈍らせた。慣れぬ馬の旅に疲れた身体も思うようには動くまい。まして彼女は身重だった。シンは全ての敵を自分の手で倒すつもりでいた。
シンの牽制も限界となり、森を回り込んだ賊がアイリーンに襲い掛かる。仕込み杖を抜き放ち、アイリーンは良く攻撃を防いでいた。鋭い剣先が、時には賊に致命傷を与える事もあった。シンの鉄棍も雨に濡れて滑り、いつもの破壊力に欠けていた。それでも二人は敵を半分以下にまで減らし、賊に明らかな動揺が広がって行くのが見て取れた。シンはアイリーンを気遣い、一瞬彼女を振り返る。それを敵は見逃さなかった。ふいを突かれ、あせって受けた大刀が鉄棍を滑りシンのすねを切り裂く。鮮血が石畳に飛び散り、シンはうめき声を上げた。アイリーンが悲鳴を上げる。
「シン!!どうしたのです!?…シン!!」
「大丈夫です。大した怪我ではありません」
冷静に答えるシンにほっと息をつくアイリーン。だが状況は次第に不利になっていく。シンの使う鉄棍の長大な間合いに慣れた賊達は、二人、三人と連携して攻撃を繰り出し、シンは刃をかわすのが精一杯になっていく。流れ出す血はシンの体力を削り、受けそんじた刀の切っ先が腕や足をかすめる。アイリーンの体力ももう限界が近く、辺りに立ち込める血の匂いが彼女の感覚をさらに奪っていく。
シンは目を付けていた大木を背にアイリーンをかばい、自分一人で賊に対峙した。動ける敵はあと数人。出血で次第に朦朧とする意識の中、繰り出される剣先を跳ね上げ、必死で棒を繰り出す。もういつもの半分の速さも、力も出せなかった。アイリーンは先程から腹部に鈍い痛みを感じ、顔色が真っ青になっている。剣もふるえず、ただシンの背中にしがみつき、死を覚悟したアイリーンの鋭敏な耳に、かすかに馬の蹄の音が届く。アイリーンは叫んだ。
「シン!馬が来ます!…たくさん…十…二十頭以上います!きっと国境警備隊です!」
賊の男達はその声にぎょっとし、一瞬動きが止まる。シンはその隙を見逃さず、一人の刀を跳ね飛ばした。かしらの男は始めはアイリーンの時間稼ぎの嘘だと思った。だが耳を澄ませるとかすかに石畳を蹴る馬の蹄の音が聞こえる。男は舌打ちし、数瞬ためらうが引上げを命じた。警備隊に来られては勝ち目が無い。怪我人を連れ、あっという間に賊は森の中に消えて行った。十人程の死体が転がった石畳の上に、シンの身体が崩れ落ちる。
「シン!…シンっ!………あ…ぐ、……んんーっ」
身体中に刀傷を負い、返り血と自らの出血で真っ赤に染まったシンの身体を抱き締め、アイリーンは下腹部の激痛に耐えていた。シンはアイリーンに向け、震える手をのろのろと伸ばす。
「姫…様…、ご無事で……」
凄惨な現場に駆け付けたトランセリアの国境警備隊に、アイリーンは声を振り絞って叫んだ。
「シンを!…この人を助けて下さい!」
二人は警備隊の馬車に載せられ、詰め所のある小さな集落へと急いだ。シンは兵士の手により大雑把な応急処置を受け、出血はひどかったが命に別状は無いようであった。アイリーンの傷は浅い物であったが、妊娠中の彼女が訴える腹痛には兵士達も成す術が無く、村でお産の経験のある女を探すより他に手立ては無かった。場合によっては首都まで搬送しなければならないだろうと、歳若い隊長は語った。シンは失いそうになる意識を必死で保ち、アイリーンの手を握って離さなかった。アイリーンは蒼白な顔色で苦しい息の下からシンに謝っていた。
「……シン、…ごめんなさい。……わたくし…あなたの足手まといに…なってしまって…。……ごめんなさい…こんなに怪我…させて…」
「私は大丈夫です、…怪我の心配などいりませんから。姫様はとにかく、ご自分の身体の事だけを考えて下さい」
馬車に同乗し、この様子を見ていた国境警備隊の隊長は、落ち着いたら二人の関係を訊ねてみようと考えていた。会話からは高貴な女性と従者のように思われたが、妊娠しているというアイリーンの事を考えれば、夫婦であるとも思えた。シンの容貌もこの辺りではあまり見かけぬものだったし、旧街道を旅していたこともなにか訳ありと思われた。盲目の女性が馬で旅をするというのも異常な事だった。ただ彼は職務上の責任以上に、二人に好意を持っていた。身重の女性をかばい、血まみれになりながらも十人以上の賊を棒一本で倒したシンに、警備隊の騎士達は皆感嘆の念を抱いていた。朴訥な隊長はおそらく駆け落ちをしてきたであろうこの二人に、何か手助けをしてやれないかと考えていた。
警備隊の調査と、まだ息のあった賊の取り調べとにより、彼等が自由国境地帯を根城にする山賊であることが判明した。戦火の癒えぬリグノリア国境付近は、このところ頻繁にこうした賊が出没していた。彼等はある者は戦で畑を失って食い詰めた農民であったし、イグナートの敗残兵が国に戻らず、そのまま居着いてしまったという者もいた。トランセリアはこうした事態を憂い、国境警備に多くの兵を割き、警備隊のパトロールも国境を越え、日に幾度も行われていた。シュバルカの指示によりその人数も回数も増強されていたが、現場の兵達は詳しい事情はほとんど知らされていなかった。何処にイグナートの追っ手の目があるか分からなかったからだ。彼等に告げられた任務は、街道で騒ぎや悶着が起きぬように見張り、それらを報告する事であった。
シンとアイリーンはある意味運が良かった。山賊は雨で物音がかき消されるのをいいことに、普段は現れぬトランセリアの国境付近まで足を伸ばし、たまたまパトロールに出ていた警備隊が、乗り手を置き去りに国境まで駆けていったシンの馬を見つけたのだった。鞍と荷物を付けたままの馬をいぶかしんだ隊長は部隊を動かし、二人はすんでのところで命を落とさずに済んだ。
小さな集落で、産婆の経験があるという老婆がアイリーンの手当てをかって出てくれた。まだ産み月まではほど遠く、出血のひどさから子供は助からぬだろうと老婆はすまなそうに告げた。慣れぬ馬の旅、追っ手に怯える過度の緊張に加え、山賊相手の立ち回りはアイリーンの身体に大きな負荷をかけた。雨に濡れた事も要因の一つだったろう。熱を出してしまった彼女は、蒼ざめた顔でベッドに横たわり、片時も傍を離れようとしないシンに謝り続ける。アイリーンの見えぬ目から涙が幾筋も流れ落ちた。
「…ああ…シン…赤ちゃんが…。……ごめんなさい、…ごめんなさい。…あなたの子供だったのに、…あなたの……ごめんなさい…わたくしのせいで…こんなことに。……ごめんなさい」
涙で濡れた頬をシンの無骨な手が優しくなぞる。その手にも、腕にも包帯が巻かれ、血が滲んでいた。
「……姫様、…ご自分を責めてはいけません。…子供のことは残念ですが、…二人とも命が助かったのです。その事を神に感謝すべきです。……私はここにおりますから、ずっと傍にいますから。……大丈夫ですから」
大きな手で頬を、髪を撫でられ、アイリーンは少しだけ落ち着きを取り戻し、やがて泣きながら眠りに落ちていった。
丸一日休息を取り、十分な睡眠と食事とを得たシンは、若さもあってかすっかり体力を取り戻し、せっせとアイリーンの看病に励んでいた。警備隊の隊長と親切な村人の計らいで、村で荷物を下ろして首都に戻る馬車に同乗させてくれることとなった。馬車の中に簡単なベッドをしつらえ、いくらかは顔色も良くなったアイリーンを横たえさせる。生き残った馬を村への感謝に置いていくことにし、アイリーンは世話になった老婆に幾度も礼を言った。老婆は二人の手を取り、こう語った。
「辛い事があったけど、子供は神様からの授り物だからね。あんたたちはまだ若いし、これから幾らでも子供を授かるよ。大丈夫だから、元気で頑張りな。子供が出来たらまたこの村にでも寄っておくれね」
素朴な村人の暖かい情に触れ、二人の目が涙で潤む。馬車の窓から小さく手を振るアイリーンの身体を、シンの手がそっと支えていた。半日程で馬車はトランセリアの首都、セリアノートに着く。




