基礎魔法 前編
夜も明け、まだ朝の日が昇り始めたころにマヤは目が覚めた。
「ん、ん~。」
寝起き直後で固まっていた体を軽く体をストレッチでほぐす。マヤの1日の始まりはいつもここから始まる。そしていつものように窓を開け朝の空気を部屋に入れ、体全体で朝の訪れを感じるのがマヤのやり方だ。
ここまでは今までと何も変わらない。ここに住み始めてから毎日行っていることだ。だが、今日からは違う。いつもならマヤしか住んでいないはずのこの部屋のベッドはマヤが起きた時点でもぬけの殻になる。しかし、そのベッドにはまだ人影が残っていた。そう、祐二である。マヤはその祐二が寝ている姿を見てようやく一緒に暮らし始めたという実感を持つことが出来た。
「私ホントにユージさんと暮らすことになったんですね・・・。」
そう口に出すことによって鼓動が一つ大きくなる。次第にそれは頬を赤くしていった。しかし、すぐに素に戻る。
「何で、初対面の人と暮らす気になったのでしょう・・・。」
確かにマヤは人肌に飢えてはいたが、初対面の人と一緒に暮らすほど馬鹿ではない。むしろ同年代の子と比べると格段に頭が回る子だ。
でも、不思議とユージさんは最初から悪い人ではない気がしたんですよね・・・。
「何だか、年の離れたお兄さんが出来たみたいです。」
そう言いながら、マヤは寝ているユージの顔を覗く。ずっと見ていたい気もしたが、そういうわけにもいかず、ユージを起こしにかかる。
「ユージさん、起きてください朝ですよ。」
体を揺さぶって起こすがなかなか起きない。
「こうなったら・・・。えいなのです!」
マヤはユージの体の上にダイブした。
「オフっ!」
案の定ユージを起こすことにマヤは成功したが、マヤのダイブがみぞおちに入ったらしくベッドの上でうずくまっている。
「ま、マヤ起こしてくれたんだろうけど、今度からはもう少し優しく起こしてもらっていいか?」
みぞのあたりを押さえながら少女にお願いする姿はとてもシュールだった。
「ごめんなさいなのです・・・。もうしないのです・・・。」
反省しているみたいで顔を下げしょんぼりさせて落ち込んでいる。
こんな顔されとこっちが困ってしまうな・・・。
「わかったならいいんよ。それに俺を起こそうとしてくれてたんだろ?」
そう言いながら俺はマヤの頭を一度撫でてやる。
「じゃあ、ご飯にしようか。今朝は何食べようかな?」
「はい!今朝はパンとスープ、あと簡単なサラダにするつもりです。」
「よし、わかった。」
「あ、あのユージさん。お願いがあるんですけど・・・。」
マヤはもじもじしながら上目づかいでお願いしてきた。
「ん?なんだ?」
「あ、朝の準備・・・。手伝ってくれませんか?」
不安そうにこっちを見ながら俺の答えを待っている。
マヤ・・・。
突然マヤを抱きしめたい衝動に駆られた。何しろ12歳の少女がやっと人を頼る。いや、家族を頼ることを覚えたのだ。それは当たり前のことかもしれない。だが、それが当り前じゃない子もいる。頼りたくても頼ることの出来る家族がいない子もいる。そんな子が俺を、家族を求めてくれたことに対して俺はとても心を打たれたのだ。
マヤ・・・。お前ちゃんと昨日のこと覚えててくれたんだな・・・。
「もちろんいいぜ!俺たちは家族だからな!」
マヤはそれを聞いて不安な顔が嘘のように明るい笑顔になる。
「ありがとなのです!」
「じゃあ、早速作るか!」
「はいなのです!」
朝食も終え、マヤは学園長室に行ってしまい、俺も一緒に部屋を出てそのまま教室に行った。今日は昨日と違い制服を身に着けているので祐二にとっては今日が新学期の気分でならなかった。
準部してくれたマヤにお礼言わないとな。
ガラガラー
「流石にこの時間だと誰もいな・・・。ん?」
誰もいないと思っていた教室には一人だけだが確かに人がいた。女の子だ。その子は席の一番後ろの隅に座って本を読んでいる。
こんな時間からいるなんて真面目だな。しかし、何ともまぁ綺麗だな・・・。
祐二にはそれ以外の言葉が浮かんでこなかった。切れの良い目つき、整った顔、スレンダーな体つき、余分なお肉とは無縁なその細い腕もそうだが、何より目を引くのは髪である。銀髪。朝の光が反射しマヤの金髪とは別の輝きを持っていた。
祐二はその女の子に興味を持ち話しかけてみることにした。
「ずいぶん、早いんだな?昨日は見なかった顔だが休んでたのか?」
そう言いながら近づいていくと彼女はやっとこちらに気づいたようで本から顔を上げた。
「あなた誰?」
ぼーっとしたような目で首をかしげて聞いてきた。
「俺か?俺は昨日からこのクラスになった里見祐二だ。そういうお前は?昨日は見てないと思ったが。」
「私はセラよ。それは気にしなくていいわ。いつも授業に出てないから。」
「え、なんで?」
「習うことがないからよ。」
「俗にいう天才ってやつか?」
「そうね。」
なんというか・・・。反応薄いな!しゃべり方もそうだが表情に変化が乏しすぎる・・・。
「そういえば、何て言ったかな?あ、そうだそうだマルコだ。あいつも天才なんだろ?あいつは授業にはでてたぜ?」
リリスと喧嘩になったのはわざわざいうことではないので言わないが。
「そういえば、いたわねそんな人。」
「え!?それは流石に酷くないか!?」
あいつホントに天才なのかな・・・。これだけ雑に扱われてると疑い始めるぞ・・・。
「彼は確かにそこそこ出来るかもしれないけど所詮そこそこ止まりよ。天才と呼ばれるほどでもない。」
「そ、そうなのか。」
「私からも一つ聞いていいかしら?」
「ん?なんだ?」
「あなた何者なの?」
「だから、さっき言ったろ、里見祐二だって。」
「名前のことじゃない。もっと根本的なものよ。あなたは何?」
その瞬間俺の心臓が掴まれたかのように体が大きく揺らいだ。たった少し話しただけでここの人間とは違うと見抜かれてしまったことがとてつもない動揺を生んだのだ。俺は理解した。
あぁ、この子は確かに天才だ。
「何で気付いたんだ?」
「魔力の質が普通の人と全然違う。」
「魔力が見えるのか?」
「ううん、魔力の流れを感じてるの。」
「へー、そんなこともできるようになるのか?」
「これは、私だけの生まれつき。」
「ほほう。」
俺はなるほどと頷く。
「で、あなたは何?」
「あぁ、そうだったな俺は使い魔なんだ。リリスって知ってるか?そいつに召喚されたんだ。」
「そう。」
そう言ってまたセラは本に顔を落とす。
なんというか、とことん無表情キャラだな・・・。
そのあとは、俺たちは話すこともなく、俺は席についてリリス達が登校してくるのを座ってまった。
しばらくすると教室もにぎやかになってきた。セラは気付いたらいなくなっていた。
「おはよう、ユージ。」
リリスもようやく来て挨拶をし俺の横に腰を掛ける。
「あぁ、おはようリリス。ずいぶんと遅かったな。」
「私、朝は弱いのよ。」
「あぁ、道理で。」
祐二はほっぺを引っ張っても中々起きないリリスの姿を思い出していた。
「何よその知ったような口調は。」
「いや、何でもない。」
あ、危なかった・・・。こんな事考えてたのがばれたら何されるかわかんないからな。
そのあとも軽口をたたいていると、ミラ先生が入ってきてホームルームが始まった。
「では、連絡事項は以上です。それでは早速授業に移りましょうか。」
そういうと、皆が教科書やら何やらを出し始めた。俺も慌てて鞄に手をかける。マヤが優秀だったおかげで制服だけでなく教科書などといった勉強道具もしっかりと昨日のうちに用意することが出来たのだ。
「では、昨日の続きからいきますね。と、言っても昨日は教科書を読むだけだったので復習が終わったら実技をしましょうか。」
ミラ先生がそういうと教室から歓声が上がった。昨日の授業がよっぽどストレスになっていて早く実技をしたかったらしい。しかし、実技をするのが嬉しいのは何もみんなだけではなく、祐二もそのうちの一人だった。何しろ初めての魔法なので魔法を使うのが楽しみでならなかった。
「じゃあ、リリスさん復習頼めるかしら?」
「はい。わかりました。」
先生に指名され椅子から立ち上がったリリスは昨日の授業のおさらいをし始めた。
「私たちが今受けている基礎魔法の授業では主に自然界に根差した基本的な5つの魔法を習います。その5つとは、火、水、土、風、光です。この基礎魔法は難易度によって5つのくらいに分けられます。」
「そうね、じゃあその難易度についても教えてもらいましょうか。」
「まず、難易度はスペリングと詠唱に依存します。スペリングは魔力を指に込めて文字を書くことです。次に詠唱ですがこれは単純に魔法を出すための呪文です。ちなみに第1階梯の魔法は小さな火を出す程度の火力です。第5階梯までいくとこの大陸でも何人も使えない大魔法になります。」
「はい、よくできました。分かりやすかったですよ。付け加えると熟練者になってくるとスペリングと詠唱を破棄して魔法を使うことができます。」
ふむふむ、なるほどな。昨日は教室中がぎすぎすしてて頭に入らなかったが今日のリリスの説明で理解できたぞ!
他の皆は当たり前の事すぎてほとんど聞き流していた。祐二は気付かなかったがこれはミラ先生の配慮だったのだ。
「では、みなさん実際に簡単な魔法を使ってみましょうか。じゃあ、炎の第1階梯をしてみましょう。スペルリングと詠唱は教科書を見てくださいね。では隣同士で順番にやってみましょう。」
そう言うと皆が各自二人一組になってスペリングと詠唱をやり始めた。
俺も慌てて隣のリリスに話しかける。
「おい、リリス一緒にやろうぜ。」
「いいわよ。じゃあ、どっちからする?」
「そうだな・・・。」
俺はしばらく考えた後に結論を出した。
「リリスからやってくれよ。俺はまだやり方がよく分からないから。」
「わ、わかったわ・・・。」
そういえばこいつ落ちこぼれって言われてるくらい魔法の才能ないんだよな・・・。
今さらになって悪いことした気分になってきたぞ・・・。
「じゃ、じゃあ、いくわよ?」
「あ、あぁ。」
リリスはその場で深呼吸しスペリングと詠唱を始め出す。
「業火の炎に加護を受けし精霊たちよそなたらの力を貸しておくれ。」
スペリングしている指と詠唱していた口が同時に終わりを迎える。
そして高らかに叫んだ。
「ファイヤボール!!」
ポンッ・・・。
ん?・・・。
えーと確か火の玉を出す魔法だったよね?だけどこれはどう見ても・・・。マッチの火と変わらない気が・・・。
「あのリリスさん?」
「何も言わないで・・・。」
「はい・・・。」
これが落ちこぼれの由縁か・・・。確かにこれは酷い・・・。
リリスの奴ホントに落ちこぼれだったんだな・・・。
忙しくて2日ぶりの投稿になってしまいました。
ここの話は魔法の最初の掴みなので前編、後編でいきたいと思います。
面白いとおもった方はブクマしてくれると嬉しいです(^^)/