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その後、彼の姿を見た者は誰も居なかった。

作者: 玄海之幸

「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますわ。ウチ、子供は沢山欲しいわぁ。だけん早よ作ろうね。アナタ」

 見るとゾクリと震えるような美貌を笑顔で輝かせながら、コイツはオレにそう言った。

 惑わされるな、コイツは人間ではない。どんなに美少女のように見えても、だ。

 なんで、こんな事になってしまったのか……。

 ちょっと、こういう事になった流れを思い返してみる。


「やったぞ、ついに見つけた!」

 山の中を歩き続ける事、早三日。オレはとうとう目的のモノを見つけた。

 完全な人型の根を持ち、引き抜く時におぞましい悲鳴をあげ、その声を聞いたものは例外なく死んでしまうと言われる。

 呪術において最高の材料とされる、呪草マンドラゴラ。

 近年、王都で幻の草として価格が高騰している。その値段は同じ体積の金を上回ると聞く。

 しかし欲に目が眩み、その姿を追い求め山に入っていったが。誰一人として二度と帰ってくることは無いという曰く付きでもあった。

 オレも一攫千金を夢見て山に入った一人だ。だが、とうとう見つけたのだ。

「でけぇ」

 見つけたマンドラゴラの草は相当な大きさだった。地上に出ている部分だけでも一抱えはある。

 この分だと、根っこの大きさは相当なモノである事に間違いは無かった。もしかすると人間と変わらないくらいの大きさがあるかもしれない。

 荷物を降ろし、スコップを使って慎重に掘り出していく。

 これがオレの秘策だった。引き抜けば悲鳴をあげると言われているが、オレはある筋から丁寧に掘り出せば悲鳴をあげる事は無いという情報を得たのだ。

 少し掘ると、根っこがその姿を現していく。

 まず人の頭のようなコブが出てきた。まるで彫刻のような整った目鼻がある事に畏怖を覚えると共に、本物であるという興奮も沸き起こる。

 慎重に、ゆっくり、確実に。

 土を掘り払い、かき出し。頭の次に細い首が現れ、そして胸部付近まで掘り下げた。

 現れたのは、稀代の名工が削りだしたかのような女性の姿。

「まるで生きてるみたいだ……」

 顕わになった根っこの表面の土を手で払っていると、その胸の部分に触れた。

 まるで人間の女性のような独特の柔らかな手触りに驚愕する。

 その時だ、根っこの頭部に亀裂が走り、その亀裂がぱっくりと開く。

 亀裂の奥から覗いたのは、澄んだ新緑の瞳。その目がオレを見つめ、そして胸を触っている手を辿る。

「キャァァァァァァ!!」

 森を切り裂くような悲鳴と同時にオレの頬に衝撃が走った。

 そして殴り飛ばされたようにその勢いで後ろに倒れる。悲鳴を聞いた事で死を覚悟したが、頬の痛みがまだ生きている事を教えてくれる。

「一体なにが……」

 起き上がったオレが見たものは地面から自力で這い出るマンドラゴラの姿だった。

 地面から這い出てきながら手をふるふると振っている様子を見ると、どうやら平手で殴られたらしいと理解する。

 オレがまだ生きている事にも驚いたが、その少女の姿をした根っこにも驚かされた。

 植物のハズなのに表情豊かに喋り、動く。ついでに芸術品のようだった顔立ちに加え、その肢体も均整のとれた美しいモノだったからだ。

 要するに無駄に美人なのだ。根っこのクセに。

「兄さん、いきなり何すんねん! 寝とる乙女を掘り出した挙句に胸を触るやなんて。極刑や。いや、死刑や」

 妙な訛りでまくし立てるマンドラゴラ。

 なんだか解らないが人語が通じるらしい。オレは頬を抑えながら言い返す。

「根っこの分際で、胸もクソもあるか! まぁいい。自分で出て来てくれたなら話が早い。さっそく都に持って帰って……いや連れて行ってやる! オレの未来への礎になってもらおう」

 それを聞いたマンドラゴラが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにモジモジし始めた。

「嫌やわぁ。そんな会った直後にお持ち帰り発言やなんて。む胸も触られてしもうたし……。いきなりこんなアグレッシブなアプローチされるとか思うてなかったわぁ……。しゃぁないなぁ……ウチ、兄さんに貰われてあげるわ」

 そう言って何を勘違いしたのか、そして一体どういう理屈なのか、地面に膝をつき上品に礼をしてくる呪いの根っこ。

「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますわ。あっ子供は沢山欲しいわぁ。だけん早よ作ろうね。アナタ」

 と、ここまでが今のオレの現状だ。

 思い返してみたが、つくづく理不尽というかオレの常識を超越していた。

「まずは誓いのキスとか欲しいなぁ……な、ええやろ?」

 そして目を閉じて口付けを求める素振りをしてくる。なんなんだコイツは……。

「いやキスとかしねぇし」

 うっとうしいので、一歩下がりながら拒絶する。

「そう言わんで。こんな美少女を放っとく手はないやろ? キスだけやないで? 兄さんの雄しべでウチを女にしてぇや」

「植物の分際で男も女も無いだろうが! 大体、どういう生態してんだ! 植物らしく花広げて受粉してろ!!」

 下がった分だけ迫ってくる謎植物を押し返しつつ言い放つが、全く動じる気配が無い。

「ウチ、雌株やもん! 植物にも性別はあるんやで?」

「じゃぁ雄株を探せって、あぁクソ! こんな言い合いしてる場合じゃねぇや。とにかくオマエはこれから干物にして売り払う。オレの為に死ね!」

 その言葉を聞いた根っこがこの世の終わりを見たような顔をしてオレに掴みかかってきた。

「嫌や。嫌や。干物なんてあんまりやんか! 二十年やで? ウチここで二十年かけて育って、オスが通るのず~~っと待ってたんや。ウチ頑張って尽くすけん。側に置いてや。絶対いい妻になるけん!」

 胸倉を掴んで力いっぱいガクガク揺さぶるマンドラゴラを引き剥がす。

「やかましい! 呪いの根っこの嫁なんか要らん! 呪うなら、自分の市場価値を恨むんだな! ま、そのおかげでオレの人生は一発逆転だ!」

 そう言って、根っこ少女に縄をかけて縛り上げる。

「あんッ。ちょ、痛いわぁ。もっと優しくしてぇな……」

「文句を言うな。黙って縛られろ」

「あ……でもこの食い込みが、なんかクセになりそうなんやけど……」

 もじもじしながら頬を染めて上目遣いにそう言ってくる根っこ。どうやらそういう性癖らしい。植物のハズ……だよなぁ? これ?

「知らんわい! じゃあ干して乾燥するまで縛っとこう」

「うぅ。これでウチの根っこ人生も終わりなんやね。ねぇ最後にお願い聞いて欲しいんやけど?」

 煩い根っこに軽く溜息を吐く。

「あぁ、なんだよ?」

「せめてウチのファーストキス。貰ってくれんやろか? まだキスもした事無いのに干物にされるなんてあんまりやん?」

 たく、仕方がねぇなぁ。

 マンドラゴラの細いアゴを乱暴に掴み、唇同士を触れてやる。愛情もなにも無い形だけの口づけ。

「どうだ? これで満足したか?」

 どこか恍惚とした表情を浮かべていた根っこ少女が、怪しくニヤリと笑った。

「ウチに口で触れたな」

 その言葉は今までと雰囲気が違った。

 直後に頭痛がして世界が回りだす。

「な……なんだこれ」

「ウチの呪いが何に使われるかもう少し調べとくんやったな。主に呪殺。そしてもう一つの用途は惚れ薬や」

 熱を帯びて行く脳ミソにその言葉が届く頃。

 このマンドラゴラの少女が、オレには愛おしくてたまらなくなっていた。



 先日狩猟した猪に妻との愛の結晶である受精種子を埋め込む。

 肉に埋め込まれた種はあっという間に根を張り、芽吹き、成長する。

 芽が手の平くらいに育ったところで、根っこの部分が自力で這い出してきた。

「あー? おっ父?」

 まだ幼い、可愛らしい娘をみて微笑む。妻も嬉しそうに、愛おしそうに娘を見ていた。

「それじゃ、行って来る」

 あれから山の奥に建てた小屋にオレは住んでいる。

「今日も美味しい獲物期待しとるでぇ。頑張ってやー」

 愛する妻の口付けを受けて猟に出る。

「ほら。お父ちゃんにいってらっしゃいって言うんやで」

「おっ父~いちぇえらっさ~」

 妻と娘の声を背中に受けてオレは家を出た。

 今オレは満たされている。家を持ち。妻を持ち。そして娘まで得た。この幸せを、オレは守っていかなければならない。

 その決意をもって、獲物を探しに山に行く。

 オレの愛する家族の為に。

 

 



 おわり

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