七十一
呆然として立ち尽くしている啓介に散々自慢してきた後、立川は得意げに言い添えた。
「男なら、自分から行くべきだ」
「……腹立つな、ほんと」
帰宅してから、啓介は鞄を置くとソファにダイブした。肘掛けに顔をうずめるようにして呟く。
「え? なになに? 何かあったの?」
突如姉がキッチンから顔を出した。玄関に靴がなかったから、いないものだと思っていたのに。
「庭からまわってきたんだよ」
頼まれもしないのに解説すると、姉は皿の上にシュークリームをのせてリビングに移動してきた。啓介の足を無理やりどけて、ソファの空いたスペースに腰を下ろす。
「学校で何か聞いたの?」
「何か?」
「何をって……夏音ちゃんの恋愛の話だよ」
啓介はソファから転げ落ちると、すかさず姉の顔色をうかがった。いきなり変な動きをした弟のことなど気にも留めず、彼女はシュークリームにかぶりついているところだ。どこにもおかしなところはない。
「知ってたのか?」
「その様子だと、今日立川くんから直接聞いたんだ?」
ふふんと笑うと、姉はこれみよがしにシュークリームを持ち上げてみせた。
「びっくりだよねー。会ってすぐに付き合い出すなんてねー。あの二人がねー」
テレビに視線を向けた啓介に誘いかけるかのように、姉が重ねて言う。
学校でも家でもうっとうしいのにからまれてばっかりだ。啓介は極力聞き流すよう努めた。
「だからさ、啓介。思わないの? 自分も付き合っちゃおうとか……例えば、あのカラオケの子と」
「はあ?」
聞きなれた言葉が耳に飛び込んできて、啓介は思わず振り向いてしまった。
「大切なのは、気持ちを伝えることなんじゃないの? 人の成功をねたんでばっかりじゃ、何の解決にもならないよ」
シュークリームを食べ終えた姉は、ティッシュで手を丹念に拭いて立ち上がった。手はきれいになったが、髪の一部にクリームがべったりくっついている。教えてやろうか啓介は一瞬逡巡したが、やっぱりやめた。
「どうしていきなりそんな話になるんだよ」
「あれ? あんた、その女の子のことが気になってたんじゃないの? 意中の人でしょ?」
姉は啓介に背を向けてリビングから出て行こうとして、思い直したように笑顔で振り返った。
「あ、そうだ。冷蔵庫に、まだシュークリーム入ってるから。食べておいていいよ」
じゃ、とひらひらと右手を振って出て行った姉を、啓介は脱力感とともに見送った。今日だけで精神的にすごく疲れた気がする。糖分補給でもしないとやってられそうにない。
啓介は彼女の言葉に従って、冷蔵庫からシュークリームの袋を取り出した。
「……あ」
シュークリームを堪能して袋を捨てようとした啓介は、それが五日も前に期限の切れたものであったことに今さら気づいた。