七
「啓介、おい、起きろよ」
棒のようなもので脇腹を突っつかれた気がして、啓介はゆっくり顔を上げた。ぼんやりする頭を何とか動かし、寝ぼけまなこで隣の生徒の方を見る。
「どうした」
「どうしたって、お前……授業中じゃねえかよ」
立川が驚いた様子を見せながら、小声で啓介に注意した。
「啓介が授業で寝るとこなんて見たことなかったから、一応言っておこうと思ってな」
「あ、どうも」
確かに授業中、机に伏せて寝るなど、ブランドにこだわってきた今まで啓介には考えられなかったことだ。だが彼の信用を失墜させる事件が起きたことで、啓介は開き直ってしまった。人にどう思われてもいいや、どうせ好感度は下がっているんだし。
それだけではない。
カラオケのディスプレイの中で暮らす女の子、音と出会ってから、啓介は体面を重視しなくなった。重視しなくなったというよりも、むしろ他のことに気を取られなくなったといったほうが正しいかもしれない。一日中、それこそベッドにはいってからも音のことを思い出しては、一人にやけていたほどなのだから。
「その……悪かったな、この前は」
立川の一言を聞いて途端に目が覚める。SKYが謝る、というのはなかなかに珍しいことだ。もしかすれば彼なりにいろいろ悩んでいたのかもしれない。一方啓介の方は、カラオケマシン少女との遭遇でそのことを失念していた……とまでは言わずとも、ずっと気に病んでいたわけではなかった。それに音と知り合うきっかけとなったのも、そもそもは立川がSKYぶりを発揮したからではなかったか。
「悪かったのは、俺のほうだよ。ほんと、すまなかった」
教師に気づかれないレベルで頭を下げる啓介に立川は首を振ると、これで元通りだよな、と硬い表情を解いた。啓介も姿勢を戻し、友人に笑いかけたのもつかの間。立川が上体を啓介の方に傾け、そっと囁いた。
「じゃ、これでカラオケ行けるよな、今度は、クラス会で」
立川は、やはり立川だった。返事も待たずに良かったこれでおとも行ける、とひとりごちている彼を絶望の表情で見つめるが、やはり気づかない。あまりにも立川を凝視していたからか、担任でもある英語の教師に目をつけられた。
「音羽くん、立川くんに見とれるのもいいんだけど、八十二ページの文章にも関心を持ってもらいたいですね」
ええっという顔で啓介の方に顔をまわした立川、笑いさざめくクラスメイト。彼には、それ以降の記憶がない。