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六十七
しまった、言わないほうが良かったか。
音が不審に思ったように首をかしげるのを見て、啓介は後悔した。おそらく、最後に啓介に会った時から記憶がとんでしまっているのだろう。だから音は、カラオケのあの店長の企みも、自分が何をされていたのかも何も知らない。
「え、いや、あの、さ……。大規模な停電が起こってさ、しばらく復旧しなかったんだよね、だから、大丈夫だったかな、ってさ……」
わざわざ彼女にあの時の出来事を伝えることはない。啓介は苦しい言い訳をひねり出した。
「何も覚えてない……んだよな?」
「うん」
うなずいた音に曖昧な笑いを返すと、啓介は頭をかいた。
「そもそもここ、前まで会ってたカラオケ屋とは別の所だし、何か音の身にあったのかな……て思って」
「あ、ほんとだ」
音は初めて気づいたかのようにぐるりと部屋を見回した。
「どうしちゃったんだろう。いつもと違う部屋だ……」
「それにさ、さっきVIPルームに出てきただろ? どこにでも行けるのか?」
「あ……」
音は声をもらすと、あごに右手を添えた。何か考え込んでいるような表情だ。