四十
男が何かを操作しているのをぼんやり見ながら、啓介は全てをあきらめた。結局のところ、ここに音はいなかったんだ。あちこち探したものの、どこにも見つからなかった。すでに音の「データ」は処分された後だったのかもしれない。音なんて少女は、この世には肉体だけではなく精神的にも消え去っているのかもしれない。
隣室での用意が終わったのか、啓介が拘束されている部屋に入ってくると男は心底嬉しそうに彼に笑いかけた。
「なんて顔してるんだ……もう死んでるみたいじゃないか」
嬉々とした様子で、仰向けの啓介の頭上で円盤状の機材を調整する。女性店員の横に置かれた大きな機器からアームが伸び、その先端が啓介の頭の上にぶらさがっているのだ。
「死ぬ、のか?」
「ああ、確実にな」
少し、声が震えた。この頭上の機械が、俺を殺すんだ。準備ができ次第すぐにでも。短い人生だった、と啓介はどこか他人事のように自分の生き方を振り返った。「死」がいまいち実感できない。でも、死ぬのは怖い、嫌だ。まだ平山さん家の掃除も完璧じゃなかったし、夏休み中なんだ。宿題だってちっとも手をつけていない。それに、もうすぐクラス会だって――。
不思議と、立川の顔が思い出された。あれほどうっとうしく思っていたのに、いざ別れるとなれば未練でもわくのか。父母、姉、学校の奴ら。結局俺はこの世界で、なにもできなかった。
「痛みはない。私は残酷ではないから、そこだけは配慮しているよ。安心してくれ」
男が微笑んだ。
痛みがないなら、音のところにすんなり行けるな。死の世界に。
思考力が麻痺しているみたいだった。相変わらず無表情の女性店員と、嬉しさをおさえきれない男をかわるがわる眺め、啓介はぼんやり考えた。




