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三十八

 啓介は懸命に首をあちこちにまわしながら、カラオケ店の地下を逃げ回っていた。精密機器のようなものを片っ端から調べていくのだが、どこにも音の形跡が見つからない。


「ま、待て……」


 後ろから追ってくる男もだいぶ疲れてきた様子で、声に張りがなくなっている。かろうじて小走り程度の速力を保っているものの、そろそろ限界だろう。しかし、それは啓介も同じことだった。逃げ回るのに加え、音の捜索まで行っているのだ。ここまで力を保てていたのもブランド力のおかげだったが、完全にスタミナが切れるまで、もう少ししか猶予がない。

 はあ、はあと荒い息を吐きながら、啓介が次の扉に手をかけたときだった。


「いらっしゃいませ」


 何かに手首をむんずとつかまれ、引きずり倒される。体力の消耗が激しかった啓介は、なすすべもなく床にひっくりかえった。


「確保しました。侵入者を確保しました」

「よ、よくやった……」


 遅れてやってきた男が満面の笑みでうなずく。啓介を取り押さえたのは、いつもカラオケの受付を担当していた――啓介とよく立ち話をした――あの女性だった。


「こ、この人も仲間だったのか?」

「さっき説明しただろう。こいつも私が作ったものだ」


 そうだった、逃げ回っているうちに失念していた。啓介自身も何度かこの女性と話をしているが、特に違和感を感じることはなかったためにすっかり忘れていたのだ。それほどまでに、女性店員は人間らしかった。


「顔だ」


 啓介の表情を一瞥すると、男はいらいらしながら言い放った。


「顔が良いと、それだけでごまかせる。あとは、いくつかのパターンを覚えさせただけだ。これも失敗作だ」


 確かに、目の前でこのようなことを言われても、女性は顔色一つ変えずに黙って啓介を押さえつけている。今まで整った顔立ちだと思っていたのが、少し無機質に見えた。


「そのまま実験室まで運べ。今から行う」

「……何を?」


 無様にも華奢な女性に抱えられながら、啓介は弱々しく尋ねた。


「決まっている……データの書き換えだ」

「書き換え、って言ったら……」

「心配するな。薬を注射するだけだから、安心して逝ける……あの世にな」

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