三十四
平山夏音。
啓介が出会った、音とそっくりな容姿の少女。音の名前が春音だというなら、やはり繋がりがあるのか。
「お前……夏音って女の子、知ってるか?」
「カノン?」
男は首をひねった。
「何カノンだ」
「平山……平山夏音」
しばらく男はうつむいて黙り込んでいた。だが、顔を上げると彼は微笑んでみせた。
「知らないな」
啓介には、それが真実か嘘か、見抜くことはできなかった。男をにらみつけても、相変わらず奴は涼しい顔で啓介を見るだけだ。
「アレが、自分で音と名乗っているとはな。私は音なんて名をあの娘の意識構造に組み込んだ覚えはないのだが……。身体が消えて意識だけの存在になっても、生前の家族の記憶を不完全ながら持っていたのかもしれないな」
夏音の話題を忘れたように男は話題を音に戻すと、鼻でふふんと笑った。
意識だけの存在? この男は、音のことを「死んでいる」と言っていた。一体何を言ってるんだ?
「そもそも、あんたは誰だよ。カラオケの店長じゃねえよな」
啓介の言葉に目を丸くしたかと思うと、男は声をあげて笑い出した。心からおかしがっているのではない、どこかひきつったような不愉快な笑い方だ。
「面白いことを言うね、君は。いろいろな事情で表でどうどうと歩ける身分ではなくてね、ここに隠れ住んでいる」
男は、啓介を押さえつけている男性店員を指さした。
「そいつがここの店長さ。それから、受付のスタッフも私が作り上げたものだが」
「作り上げた?」
受付の女性のにこやかな笑顔を啓介は思い出した。あの人が、作られた存在だというのか? 会話を交わしても、何の違和感もなかったのに。
「ああ、昔はそんな駄作しかできなかった。言われた通りに動くだけのロボット。そんなの、どこが欲しがるって言うんだ?」
苦々しげに吐き捨てると、男は力なく首を振る。
「その程度のもの、どうせあと数年するうちにでも誰か他の奴が作り上げてしまうだろう。私が目指すものは、そんなものではない。他の誰にもなしえないこと……感情のある人工知能を作ることだ」