三十
その男は啓介の肩をがっちりつかみ、こんな細い体のどこにあるのか、というほどの力で部屋から連れ出した。画面を叩いていたからだ、怒られる――出入り禁止になるんだろうか。
啓介はのろのろと考えてさほど抵抗もせずにそのまま引きずられていった。店長室にでも連れていかれるのか。親御さんに連絡を、学校に報告を、そして警察に通報を。どうせそんなところだ。万引き犯がつかまるようなシチュエーションをぼんやりと思い浮かべる。
だがそんなのよりも、今は音に何が起こったかを調べて助けないと。苦しそうな音の表情を思い出して、啓介はぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
この男に話しても、大丈夫だろうか。
啓介は自分より背の高い男の顔を放心したように眺めた。目の前だけを見据え、啓介の方には視線をちらりともくれない。そのくせ肩にまわした手の力を緩めようともせず、足早にSTAFF ONLYと書かれた部屋に入り、さらにスタッフ専用のエレベーターを使って最下階まで降りていく。
「さて、何をしていたんだ、あそこで」
客が他に誰もいない場所に来たためか、だしぬけに男が横柄な態度で言った。
啓介は探るように男をちらりと見た。信用のおける人物かどうか――。
「別に、何も」
「いや。見ていたよ。画面を叩いていたな」
男は眼鏡の奥から啓介に冷たい視線を投げかける。その目つきのするどさに身をすくめて、啓介は下を向いた。
「愚かなことだ。何の益も生みはしないのに。あんなことで何かが解決するとでも?」
言いながら啓介をエレベーターから連れ出して、奥まった部屋に向かう。やはり、店長室に連れていくのか。事情聴収。取調べ。とりとめのないことを考えながら、啓介は黙って彼に従った。