こんな夢を観た「忘れ物を取りに行かされる」
嫌ぁな雰囲気で目が醒めた。この感じ、どこか覚えがある。なんだったっけかなぁ。
ベッドの中でしばらく考えているうち、だんだんと思い出してきた。もしや、と枕もとの目覚ましを見れば、もう9時をとっくに回っている。
「あっ、しまった。学校、完全に遅刻だっ!」
わたしは転げるようにベッドを飛び下り、大慌てで着替えを済ます。全速力で、中学校まで走った。
しんと静まり返った廊下を忍び足で進み、教室の後ろの戸をそっと開ける……。
「こらあっ、むぅにぃっ!」たちまち、ガンタの罵声が飛んで来た。
「す、すいません。遅刻しましたっ」わたしは縮み上がる。
「そんなこたぁわかってるっ。まったく、お前という奴は。なんでこう、いつもいつも、いつもいつも、遅刻ばっかりしてるんだぁっ!」
「ガンタ」というのは、担任の岩田幸子先生だ。先月、結婚したばかりで、今頃は旦那さんと甘~い生活を送っているはずなのに、かえって「男らしさ」に磨きがかかる。
それにしても、そんな繰り返し言われるほど、わたしは遅刻をしてたかなぁ。
「目覚まし時計が調子悪かったみたいで、寝過ごしてしまいました」一応、言い訳をしてみる。
「中学ぐらいにもなれば、目覚ましなんぞに頼らなくても、ぱっと起きろ、ぱっと」やっぱり、通用しなかった。
「はい、以後、気をつけます」わたしはぺこりと頭を下げる。
席に着こうとしたが、わたしの机はどこにもなかった。後ろから3番目、窓際から2列目だけ、ぽっかりと空いたままだ。
ああ、またガンタに怒られちゃう。
「先生、あのぅ」おずおずと申し出る。
振り返ったガンタの眉間には、深い縦縞が刻まれていた。
「なんだっ?」
「えっと、その。机を家に忘れてきてしまいました……」やっとのことで絞り出す。
「ばっかもんっ!」朝から2度目の雷が落ちた。「遅刻をした上に、忘れ物だと? さっさと、取りに行って来いっ!」
弾かれたように、わたしは教室を飛び出した。家路を駆けながら、(あーあ、よりにもよって、一番大事なものを置いてきてしまうとは)と自分を呪う。
途中、机を頭に載せた母と出っ食わす。
「あらあら、今、あんたの机を届けに行こうとしてたのよ」頭上でバランスを取りながら母が言った。
「あ~、助かるっ。ガンタ、じゃなかった。岩田先生に、思いっきり怒られちゃった」
わたしは母から机を受け取ると、自分の頭の上に、どっこいしょと載せる。
「今日の夕食は酢豚にするから」母は手を振って、引き返していく。
「うん、パイナップルもちゃんと入れてね」わたしも、急いで学校へと向かう。
頭の上ではスチール製の勉強机がぐらぐらと揺れている。そのたびに、引き出しに入ったままの教科書やノートが飛び出しそうになった。
時々立ち止まっては、それらを奥へと押し込み、また歩きだす。
それにしても、毎朝の通学は大変だ。大人達は、「中学生っていいよな。気楽に学校へ通って、1日をのんきに過ごすだけで済むんだから」などと言うけれど。




