こんな夢を観た「雲間を走る月を眺める」
体育館をそのまま100倍に引き伸ばしたような広い部屋のど真ん中に、1組だけ布団を敷いて、わたしは仰向けに寝そべっている。
天井はなく、夜の空がそのまま見渡せた。満月は明るく、部屋の中を隅々まで照らし出す。
時折、黒い雲が疾風のように走る。雲はつかの間、月を覆い隠し、そのたびに部屋は闇に包まれるのだった。
「まるで、世界の再生と破壊のようね」そう、傍らでつぶやく声がする。顔を向けると、いつからいたのか、月それよりも白い顔をした少女が横たわっていた。
「君、誰だっけ? どこかで会った気がするんだけど……思い出せないや」とわたし。
彼女は声も立てずに笑うと、
「忘れられちゃったんだ、わたし」と言った。
わたしはなんだか申し訳ない気持ちになって、もう1度真剣に記憶をたぐってみた。
白いユリの花が、まぶたの奥にちらっと浮かんで消えた。そして、かすかに香りだけが残る。
その香りは、少女の体から発せられているらしかった。ふつう、匂いというものはかぎ続けているとだんだんとわからなくなってくるものだが、いつまでも鼻の奥をくすぐっている。
漠然とした心の中の残像が、次第にはっきりと形を結んでいく。
あれはいつのことだったろう。わたしはとある山に迷い込んだ。雲間から差す月明かりは、梢を透かしてまだら模様を作り、現世とはどこかかけ離れた、妖しい様相を呈していた。
光の筋が地に突き刺さる場所に、白いユリが一輪、月の雫のように花ほころんでいる。風がそよ吹くたびに、音もなく身を揺らす。まるで笑っているかのように。
「君って、あのときのユリなの?」わたしは聞いた。
「あら、やっと思い出してくれた? もちろん、そう。わたしはかつてユリだった」
「あれからずいぶんと経ったね。10年くらいかなぁ?」わたしがそう言うと、少女は首を振った。
「それじゃあ、きかないわ」
「20年?」
「ぜんぜんっ」
「君は覚えてるの? あれが何年前だったか」わたしは降参した。
「覚えてる。でも、過ぎた年を数えても無意味だわ。だって、この宇宙が18回生まれ変わった大昔のことだもの」
「そうか、もうそんなになるんだ……」
空では今、まさに月が雲に飲み込まれていくところだった。広大な部屋は、見る見る暗くなっていく。
わたしたちは黙り込んだ。しんと静まり返った中、聞こえるものといえば、お互いの呼吸の音ばかりだった。
漆黒に包まれる刹那、ふいに思った。
あと何回、この宇宙の再生と破壊に立ち会うのだろうか、と。




