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徳島上陸(1)
そうそう、あの頃、神戸中突堤から高速船が徳島港へと走っていたんだっけ。
大学時代に知り合った紘介は、大学を卒業すると共に とっとと田舎に帰ってしまった。
特別、田舎に良い就職口があった訳でもないのに。
それほど、田舎を恋しかった訳でもないのに。
母に泣きつかれたようだ。
タンクローリーの運転歴30年の父親が肝臓ガンの告知を受けたのだと聞いた。
母は、父に内緒にしていることが心苦しく まだ仕事を続けている父が不憫でならない。
大阪にいれば、自分のやりたい仕事もあるだろうに 紘介は、悩み苦しんだあと、田舎に戻った。
櫻子とて、紘介と結婚の約束を交わした訳でもなく 強く大阪に留まって欲しいなど言える筈もなかった。
しかし、櫻子の中では紘介と いつか結婚できるものと信じて疑わなかった。
それから櫻子は、ほぼ毎週末中突堤の乗船口に立っていた。
爽やかな初夏の海風が櫻子の頬を撫でた。
90分も波に揺れれば紘介に逢える。
櫻子は、初めて高速艇へと乗り込んだ。